黒猫館の黒電話

凪司工房

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第二章 「十年ぶりの再会」

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「と、扉が食べるって何だよ」

 友作はちゃかすつもりはなかったのだろうが、いつもの調子で言ってしまってから「あ」と口を押さえていた。

「食べるというのは比喩で、実際は鉄の扉の下に、彼の体が吸い込まれていて、でも、その彼の体からどんどん血が飛んでいて、壁にも血が飛んで、彼は怯えた声で、それでも私に逃げろと言うんです。けど、その彼の伸ばした右腕が千切れて足元に転がってきて、私はほんとなら彼を助けなきゃいけなかったのに、どうしようもなく怖くなって、逃げ出したの。気づいたら、外に出て、叫んでいたわ。そこから先は、黒井君たちが知るように、気を失って……記憶にも蓋がされてしまったの」

 美雪の説明内容を思い描くと、それはやはりどう考えても「食べられて」いた。

「うぅえぇ」

 思わず口を押さえたのは友作だ。

「悪りぃ」

 彼は我慢できなかったのだろう。慌てて部屋を出て行ってしまった。

「ほんと、情けないわねえ」

 女性陣は平気なようで、桐生は苦笑を浮かべて良樹を見ていた。

「でも確か警察の話では、何も見つからなかったって言ってなかった?」
「私も今ここに来てそれを思い出したから、警察には話せていないのだけれど」
「そうは言っても、警察だってちゃんと調べているはずよ。それなのに、この部屋の存在どころか、安斉誠一郎の血痕一つ見つかっていない」

 確かに足立里沙の言う通りだった。

「そう。だから、私もよく分からなくなって。警察の人に聞いたけど、そんな部屋も、血の痕もなかったって。記憶が混乱しているんだろうって言われてしまって」

 美雪はショックを受けておかしなことを証言した訳ではなかった。彼女はただ見たままを言葉にしたのだ。けれど、誰が信じるだろう。足元にあった鉄の扉に人間が食われたなどということを。

「もしあんたの言ってることが本当だとすると」
「私、嘘なんて言ってません」
「ああ、まあ、見た本人はそう言うしかないだろうが」

 桐生はやはり美雪の言ったことを信じてはいないようだ。

「本当にその出来事があったとしてだ、今ここにその人食いの鉄の扉はない。足元に何かしら空間が空いているようでもない」

 先程桐生が足元を叩いていたのは反響から空洞があるかどうかを見極めていたのだ。

「じゃあ、君の言っていることか、もしくはこの部屋が現場じゃなかった、ということになる」
「え? けど」

 美雪の驚きは、良樹たちのそれでもあった。

「桐生さんはここ以外にも同じような部屋があると言うんですか?」
「ここをデザインしたのは建築家ジャミル・アジズ・ラショールだ。彼が呪いの建築家と呼ばれるより以前に何て呼ばれてたか、資料を見た黒井なら分かるな?」

 良樹は桐生に視線を投げられ、慌てて頭の中を探る。ラショールは芸術家として絵画も残しているが、そのことを言っている訳じゃないだろう。他には彼の建築の特徴として見た目はシンプルなものが多いが、内部に特殊な仕掛けが施されていることがある。それは隠し扉や隠し部屋のようなもので、主に拷問ごうもんの目的で造られていた。

「あ……」
「ラショール建築の呪い以外のもう一つの面。それは拷問部屋を設けていたということだ」

 誰もが「拷問」というワードに表情を濁らせた。

「元々は一部に需要のあった拷問建築の専門家だったんだよ、ラショールは。表向きは小綺麗な建物を作っておきながら、その中で残虐なショーを行う為の箱を、作っていたんだ」
「桐生さん。それじゃあ、こういう隠し部屋がまだあるって言うんですか?」
「おそらくな」

 良樹の質問に苦い笑みを浮かべ、桐生は頷いた。

「ここに来て、ようやく黒猫館の探索の本当の意味が出てきたようだな」

 彼は続けてそう言うと、良樹たちに手分けしてその鉄の扉がある部屋を見つけようと提案した。

「美雪。怖いならもうやめよう? ね」

 だが加奈はずっと震えている美雪を見て、帰ろうと言い出す。

「おい! ちょっとここどうなってんだよ!」

 そこに戻ってきたのは先程気持ち悪くなって出ていった友作だった。

「どうした?」
「あのさ、黒井。俺たち、この部屋に下りてくるの一本道しかなかったよな?」
「そう、だけど」
「じゃあなんで俺は出口を見つけられないんだ?」
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