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第五章 「シーソーゲーム」

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 二人で暮らすようになって、もう二週間か。
 近所のスーパーで明日の節分用の太巻きや福豆のコーナーが設けられているのを目にして、愛里は手にしたネギを棚に戻した。

 結局美樹に相談を持ちかけてみても、原田との付き合い方や彼の女性アレルギィへの対処の仕方が全然分からない。今までの恋愛相手とは違うぞ、というのは分かっていたつもりだったのに、実は自分がそのスタートラインにすら立てていないんじゃないか、と急に不安になり始めていた。

 籠を元に戻すと、愛里は人の流れに逆らってスーパーから出た。
 スマートフォンを鞄から取り出して原田からの連絡を見たが、どうやらまだ用事とかで帰って来られないらしい。
 それでも今日は何とかして二人で外食に出掛けたかった。
 少し考えて、LINEを送る。

 駅前に戻ってくると人が沢山あふれていたが、この前の水族館のように愛里たちが普段使うような店は無理っぽいなと思い直して、ナツコさんに教わった時々原田との打ち合わせで行くというイタリア料理店の名前を書いておいた。
 値段は二千円からで、それならなんとか愛里にも出せる金額だ。それに原田はほとんど飲まないと言っていたから、仮に二人分を払うことになっても大丈夫だろう。
 けれどそろそろ次のアルバイト先を見つけないと本格的に生活ができなくなる。もういっそ原田の家に引っ越してしまおうかと言いたくなったが、一度口にしたら彼は「冗談だろう?」と驚いていた。家賃は父親面したあの人に支払ってもらっているとはいえ、姉からも二十歳になったら自立するようにと言われている。

 でも時々思う。
 自立って、何なんだろう。
 一人でなんて生きていけないのに、誰かと寄り添い合っていかないといけないのに、一人で生きる準備を整えないといけない。

 ――無理だよ。

 そんな泣き言を口にしたら、まだ入院する前の姉に思い切り頬をたれた。

「愛里はそんなだから、どうしようもないつまらない男に捕まるのよ」

 あの時の姉の、汚れた下着を捨てる時にするのと同じ眼差まなざしを、愛里は決して忘れないだろう。
 姉にとって自分は、鉄の臭いがする汚物なのだ。

> 考えすぎ。

 美樹のLINEだった。
 姉への愚痴をそれとなく送ってしまったけれど、彼女は気にせずにすぐ返事をくれた。

> もっと愛里らしくすればいいじゃない。

 自分らしく。
 いくら考えてみたところで、結局それしかできない。
 相手が音を上げるまで、迫るしかできない。
 でもそろそろ恋愛教室の次のステップに上がっても良いんじゃないだろうか。
 こんなに傍にいても触らずに、ずっと我慢できているのだから。
 次の次で、手くらい繋げるだろうか。
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