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彼女がここの桜の樹になってから十年、時々思い出したかのようにミスギの右の掌に薄っすらと桜の樹皮模様が現れることがあった。そんな日にはここに来て、幾重にも木が絡まり合って支えられている幹に触れる。その幹の一部からまるで涙のようにそろりそろりと溢れ出る液体があった。それは凸凹とした幹の上を流れ落ち、巨大な桜を支える根を伝い、その足元に泉を形成していた。
ミスギはそれに触れる。仄かに甘く香る桜の匂い。樹液だ。
ここではそれがよく分かるが、桶に汲み取ってみるとその匂いは消えてしまい、触れても本当にただの水のようにしか見えない。
けれどこれこそがミスギの桜病を治したものの正体だったのだ。
何故それを彼女は伝えなかったのだろう。おそらく知っていたはずなのに。
ひょっとすると彼女はずっと桜になりたかったのだろうか。祖母や母と一緒に、ここで生きていこうとしたのだろうか。
今となってはもう彼女は答えられない。
だから桜は嫌いだ。
幹に耳を当て、抱き締める。すう、はあ、と微かに呼吸を続けているのが分かる。その太い幹にはタグが三つ、下げられている。そのうちの一つには数字ではなく、彼女の名が刻まれていた。
――トキモリトワ。
今日も桜は生きている。それを思うと、だから息苦しさを覚えるのだ。そんな彼もまた、生きている。十年前の少年の姿のまま、今も人間として生きていた。(了)
ミスギはそれに触れる。仄かに甘く香る桜の匂い。樹液だ。
ここではそれがよく分かるが、桶に汲み取ってみるとその匂いは消えてしまい、触れても本当にただの水のようにしか見えない。
けれどこれこそがミスギの桜病を治したものの正体だったのだ。
何故それを彼女は伝えなかったのだろう。おそらく知っていたはずなのに。
ひょっとすると彼女はずっと桜になりたかったのだろうか。祖母や母と一緒に、ここで生きていこうとしたのだろうか。
今となってはもう彼女は答えられない。
だから桜は嫌いだ。
幹に耳を当て、抱き締める。すう、はあ、と微かに呼吸を続けているのが分かる。その太い幹にはタグが三つ、下げられている。そのうちの一つには数字ではなく、彼女の名が刻まれていた。
――トキモリトワ。
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