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第1章 桃園結義編

第6話 桃園結義

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突如として現れた敵軍に慌てふためき、黄巾党の兵たちは次々と倒れていく。
今まで、劉備たちが持ちこたえていたのは関羽、張飛という豪傑がいたおかげであり、本来は兵数の違いが、そのまま戦局を大きく左右するのである。

簡雍が用意した兵数三千は、黄巾党の約三倍の兵力。
しかも挟撃をうける形となり、戦況は一気に防衛側に傾いた。
半刻もしない内に、戦いの趨勢すうせいは定まる。

「こいつでお終いだ」
最後の一兵を張飛が倒した。

楼桑村を襲った黄巾党は全滅するのであった。
これで僅かな期間かもしれないが、村にも平穏が訪れることとなる。


「これから、どうします?」
簡雍は軽い口調だが、大きな決断を劉備に促していた。
しかし、劉備の中の答えはすでに決まっている。

「このまま、世に出るか。・・・この兵たちは?」
「豪商、張世平から資金を調達して雇った者たちです」

一時的な日雇いか。
となると、一旦解散して、また兵集めとなる。
地道にいくしかないだろう。

簡雍がいくら調達したのかは分からないが、僅かでも資金が残るならば、それを足掛かりとしたい。

「今回は、ちょっと急いだのもあって無理をしましたが、五百くらいに縮小すれば、兵は維持できますよ」
「資金はどうする?」

「戦地において、あの旗を掲げる条件で、張世平さんからの資金は継続してもらえる約束になっています」

簡雍が指すのは、『世平』と書かれた旗である。
戦っている最中、あの旗を不思議に感じていたが、理由を聞いて納得した。

「今は世が乱れていますから、語呂もいいと思いまして」
「ああ、世の中、俺が全て呑み込んで、まっ平にしてやるよ」

案外、劉備も気に入っている様子で、簡雍はほっとした。
ここで変にごねられると張世平に会す顔がない。


戦が終わり、安堵した空気が流れている。
そんな中、張飛は、あることを思い出した。

「あの男は、ひょっとして・・・」
張飛の記憶の中にいる男が目の前にいた。

その男に声をかけようとした矢先、関羽に襲いかかるのが見えた。
凶刃きょうじんが関羽に振り下ろされる瞬間、その男の胸に槍の穂先が突き刺さる。
それは、とっさに張飛が投げつけた槍だった。

青龍団の面々は、何が起こったのか、一瞬、判断がつかなかったが血反吐を吐いて倒れている男を見て、驚愕する。

鄧茂とうも副団長」
今度は、張飛が驚く。
副団長だって・・・


「鄧茂、どういうつもりだ」
倒れている男に関羽が問いかけた。

「あんたが気に入らなかっただけさ。黄巾党と手を組んで、・・・邪魔が入らなければ・・・」
鄧茂は言葉の途中で事切れた。

何となく想像はつくが、関羽の地位を狙って黄巾党と手を組んだのだろう。
それが、ただ失敗しただけ。
簡雍の援軍という想定外の要素がなければ、あるいは成功していたかもしれないが・・・

「短慮だねぇ」
「はい。この場で関羽さんをもし、討てたとしても、その後、どうするつもりだったんでしょうか」

遠くで事の起こり見ていた、劉備と簡雍が感想を漏らす。
こんなの秘密裏に行って、足がつかないようにしないと団はついてこないだろうに・・・

「それにしても関羽さんは、思っているより頭が切れますね」
「どういう意味?」
「まぁ、見てて下さい」
簡雍に言われるまま、関羽の様子を観察する。

関羽は鄧茂の遺体に団旗を掛けて隠すと張飛のもとへと近づいていった。
「先ほど、助けてくれたこと、大変、感謝する」

そう言って、一礼するのであった。
それに倣って、他の団員も張飛に謝意を示した。

「あの人、副団長さんが襲ってくるの気づいていましたよ。それでも張飛さんに手柄を譲るためにあえて動かなかったんです」

張飛は、勘違いとはいえ青龍団の面子を打ち負かしている。
中には命を落とした者もいるだろう。
その遺恨を緩和するために、あえて張飛に功を立てさせたのである。

「なるほどねぇ」
納得している劉備の横で、簡雍は更に深読みする。
おそらく、関羽は、このまま劉備につき従うつもりだろう。

そして、張飛の力も劉備に必要だと感じたので、取り込むための障害をなくしたのだ。

お膳立てとしては十分。
『関羽さんの意向にそって、盛り上げていかないといけませんかね』

劉備のもと、このつわもの達を取りまとめ、一家を立ち上げる。
簡雍はその算段を立てるのであった。


桃の花香る庭園に盛大な宴席が設けられている。
上座、中央に劉備が座り、その左隣に関羽、右隣に張飛が座っていた。

その他、戦に参加した者たちは、左右対面に座り杯を持っている。
簡雍はというと、宴席の切盛りのために忙しく立ち回っていた。

「今回、黄巾党を退けるために手を貸してくれて、大変、感謝している」
劉備が杯を掲げて、一同を見渡した。

それに倣い、列席している者たちも杯を掲げる。
こうして、宴が始まった。

「関羽、昔の契りがあったとはいえ、劣勢を承知でよく助力してくれた。助かったよ」
「私が受けた恩義と比べれば、これで返してきったとは思っていません」
「ありがとな」

祝いの席で、過去のことをあまり語るべきではないと感じた劉備は、それ以上、何も言わず関羽の肩を軽く叩いた。

続いて、張飛と向き合う。
「いきなり、参戦しているとは思わなかったぜ」
「ん?俺はあんたの参謀に、あの日、村の門にいてくれって言われたんだぜ」
「参謀?・・・あ、あの野郎」

そんな立派な肩書を持つ者はいないが、間違いなく簡雍のことだろう。
すると、簡雍は黄巾党の襲撃日まで読んでいたことになる。

『下手な演技しやがって』
劉備が探していると、簡雍は微笑んで手を振り返してきた。

「おい!」
劉備が簡雍ににじり寄ろうとするのを張飛が引き留める。
まだ、話があるようだ。

「なぁ、この後も黄巾党とやりあうのか?」
「まぁ、そうなるよね」

張飛は真剣に考える。
じっくりと、熟考した結果、
「この先も俺を末席で構わないから、仲間に入れてくれないか?」と願い出る。

「黄巾党に何かあるのかい?」
「まぁな・・・」

言いづらいことなのか、張飛は黙ってしまった。
無理に聞く必要はないだろう・・・。
それがもし劉備の助けが必要なことで、その時がきたら、きっと話してくれるはずだ。

「それならば、私もつき従わせて下さい」
張飛の話を聞いていた関羽が追随する。
関羽はもともと、そのつもりであったので、機会をうかがっていたのだ。

「大将。両手に花ならぬ、豪傑ですね」
「平和な世の中なら、嬉しくないがな」
「今は乱世ですよ」
「分かっている。・・・二人とも俺の方からお願いする」
おお!という歓声が沸き上がった。

「それじゃ、もうひと盛り上がりしますか。お三方には、ここで兄弟の契りを結んでいただきます」
「何だよ、急に」
「今日、立ち上げるのは劉備軍団じゃない。劉備一家です」
劉備一家か・・・響きは悪くない。

「分かりますよね」
より強固な集団にするために必要なことなのだろう・・・
劉備は関羽と張飛を交互に眺めると、

「俺は構わないけど・・・どうする?」
問いかけるが二人に異議はなく、劉備以上に盛り上がっている様子。

「じゃあ、この契りに何を誓う?黄巾党の打倒か?」
「それと、乱世の終息だろう」
張飛が叫べば関羽も声を挙げた。

「お二人とも何を言っているんですか。黄巾党を倒すのも乱世を終わらせるのも大将が天子になるのも、すでに決定事項です」

天子、あの天子か?
宴席にどよめきが走る。

「おい、俺は、まだ何も言ってないぞ」
「時間の省略です。・・・そうですね。ここは覚悟を誓った方がいいでしょう」

「覚悟、覚悟ねぇ」
簡雍の提案に、考えをまとめた劉備は立ち上がると、
「俺たち三人は、生まれた年は違うが、同年、同月、同日に死ぬことを誓おう」
劉備の宣言に応じて関羽と張飛、そろって立ち上がる。

宴席の中で歓声が乱舞した。
感動に泣き出す者まで出る始末だ。

劉備は少し、照れくさくなる。
「そうだ。簡雍、お前はどうする?」
「私は、お二人のように戦場で命をかけるようなことはしないので同列という訳にはいかないでしょう」

「そんなことは関係ねぇだろ」
「いえ、でしたら義兄弟でなく義従弟ってことにして下さい」
「何だよ、それは」
劉備の言葉に簡雍は舌を出した。

「私は皆さんより、ずっとずっと長生きするつもりですから」
「ふ、分かった。勝手にしろ」

笑う者、感動にむせぶ者、飲んで食べて笑って。
宴席は夜更けまで続いた。
そして、この宴より、強い絆で結ばれた義兄弟および義従弟(?)と劉備一家が誕生したのであった。
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