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第1章 桃園結義編

第5話 商談

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黄巾党、五百人からなる部隊が楼桑村に現れた。
「すでにぼろぼろじぇねぇか」

こちらの守備隊を見た第一声である。
全くその通りだから、返す言葉もない。

「うおぉぉ」
そんな中、張飛が単騎で突進していった。

関羽と一騎打ちしたばかり、疲れているだろうにと感心する。
あわよくば全部、倒してくれないかと思うが、それは無理だろう。
体力が万全ならともかく・・・

青龍団で戦えているのは、三十数名程度。
相手の戦力の十分の一以下である。
さすがに少しばかり厳しいか・・・

「大将」
「何だ?何か策か?」

簡雍の姿を探すが近くには見つからない。
よく探すと遠く、村の門の陰に隠れていた。

「覚えていますか?私は戦場に出ないって話です」
そう言えば、昔、そんなこと言っていたな。

「ああ、はなから数に入れてないから、安心しろ」
すっかり、忘れていた劉備だった。

「劉備殿だけは、一命に代えてもお守りします」
関羽は下がり、劉備のそばから離れずに護衛に徹することにしたようだ。
「今の私があるのは劉弘りゅうこうさまのおかげ。そのご恩に報いなければなりません」

劉備の父親の名前をあげる関羽。
感傷的な気持ちが、少しうごめくが今は戦時下。
「古い話だ・・・集中しろよ」
まるで自分に言い聞かせるように話す劉備だった。


その昔、動乱の世の中、戦乱遺児となった少年がいた。
少年の名は関羽。
関羽は幼いながらもその日その日を食いつなぎ、何とか生きながらえるのであった。

そんな少年を助け、拾った男がいる。
その男は塩を密売する組織の男だった。

成長するにつれ、自然とその仕事を手伝うこととなるが、悪事が長続きすることもなく、無残な末路をたどることになる。

派閥争いの末、組織は弱体化。
弱くなったところで、県令の命で掃討作戦が実行された。

何とか捕縛の手を逃れた関羽だったが、仲間の裏切りで殺されそうになる。
それを当時役人だった劉弘、劉備の父親に助けられたのだ。

ところが関羽を助けた際に劉弘は大けがを負ってしまう。
結局、その怪我がもとで命を落とすこととなった。
一家の大黒柱を失った家は傾き、劉備は没落豪族となる。

その後、偶然出会った関羽と劉備だが、劉弘に助けられた命を劉備のために使うと言い張る関羽に、それでは一度だけ、困ったときに助けてくれとお願いする。

そして、その約束にすがるかたちで、劉備は援軍を頼んだ。
本来なら、そんな約束、履行するつもりはなかったが・・・


「さて、どうしたものか」
張飛が頑張ってはいるが、さすがに疲れの色が見え始めている。
当初の勢いがなくなっているのだ。

「関羽。ここはいいから、あの男を助けに行ってくれ」
劉備のかたわらを離れることに一瞬、難色を示した関羽であったが、最終的にはその指示に従う。

今、寡兵かへいながらも善戦しているのは張飛の頑張りによるものだ。
そこが落とされると一気に崩壊する。
それだけは食い止めなければならない。

「大将、大将」
思案に暮れる劉備に簡雍が話しかける。
とっくに逃げたと思った相手から、話しかけられたので劉備は驚いた。

「何だ、まだ、いたのか?」
「いますよ。・・・大将がやられたらお終いですからね」
じゃあ、手伝えよと劉備は思ったが、その言葉は飲み込んだ。

「見て下さい。まずいですよ」
簡雍が指さす奥に土埃が見える。
まさか、黄巾党の増援か?

「張飛さんが、黄巾党を打ちのめしたとき、別の男がいたって言ってましたよね?」
「言ってたな」
「もしかして、そいつの報告で張飛さんの強さを知って、援軍を用意したんじゃないですか?」

そんな理由を解明しても現実が変わるわけではない。
「そうかもな・・・」
と答えるが、根本的な打開策は思いつかなかった。

「五百?・・・いや、八百くらいか?」
「そうですね」
もともとの数と合わせると黄巾党は軽く千を超える。

これは逃げることを考えておかないといけないかもしれない。
・・・しかし、この村には自分の母親はもちろんのこと、盧植のもとへ留学させてくれた叔父もいる。
村のみんなもいる。

全員を避難させる余裕も時間もない。
どうする・・・

考えがまとまらない内に戦況はわずかながらも動いていた。
「あの二人、すごいです」
「うん?」

先ほど、前線に送った関羽が張飛と共闘し、黄巾党を相手に獅子奮迅の働きをしている。
張飛、一人でもてこずっていたところに新たな強敵。

しかも初めて会ったとは思えないほど、二人の息は合っていた。
最初にいた黄巾党の半数以上は倒されている。
少しは希望が見えた。

そんな気がしたのもつかの間、別の方角に土埃がまった。
「おい、冗談じゃないぞ」

しかも砂煙がまう量が異常に多い。
さすがに進退窮まった。

そう思ったとき、簡雍が門の中から飛び出した。
「よし、間に合った」
「何が?どういうこと?」
「我々の援軍です。まぁ、見ててください」
完全に安堵の表情をうかべる簡雍であった。


-黄巾党襲撃の数日前-

「あなたが、耿家の若ですか」
「捨てた、・・いや、私は耿家に捨てられているので、その表現は適切じゃありません」

簡雍は伝手つてを頼りに蘇双の生家を訪れていた。
今、この商家を取り仕切っているのは張世平ちょうせいへいという男だった。

「私に御用というのは?」
あからさまに忙しさとわずらわしさを表情に出しながら、簡雍に質問する。

蘇双の頼みだから会ってやってる。
そんな態度がありありだった。
相手の態度は折り込み済みなので、簡雍は平然と受け流す。

「忙しい中、時間を割いていただいてありがとうございます。本日は、優良な投資をご紹介に伺いました」
「投資?・・ですか」

相手も商人。しかも聞くだけならタダだ。
忙しいといいつつ、少しは聞く耳を持ってくれたようだ。

「投資というと、美術品?それとも宝石かなにかでしょうか?」
「いいえ、これからもっと価値が上がるものです」
「はて・・・それ以外となると骨董品のたぐいでしょうか?」
「いえ、それは人です」

簡雍の言葉に、途端に興味が冷めた様子である。
「人ですか・・・いささか投資の判断基準が難しいお話ですね」
「なに、簡単ですよ。・・涿県、楼桑村に人ありと聞いたことはありませんか?」
涿県と聞いて、随分と田舎であると印象を受けた張世平は、必死に記憶をたどる。

「涿県・・・もしかして楼桑村の神童ですか?」
「おお、やはり、ご存知でしたか」
簡雍は、そう言って膝をたたく。

“楼桑村の神童”
これはもちろん、劉備のことを指しているが、劉備自身が聞いたらびっくりすることだろう。

当人はもちろんのこと、村の中でそう呼ばれたことは一度もない。
では、なぜ、張世平がそんなことを言い出したかというと、事前に簡雍がその噂を流していたからである。
しかも劉備と出会って、すぐの五年前から。

「確かに昔、そのような人物の話は聞きましたが、その後、あまり活躍されたとは聞いていませんが?」
雌伏しふくの時は終わりました。涿県で近々、義勇兵募集の高札が立てられます。そこから、彼の雄飛ゆうひが始まるのです」

少し芝居がかっているが、とっかかりとしてはこんなものだろう。
但し、張世平はあまり感銘を受けなかったようだ。

「・・・しかし、それはその人物の評価とは関係ないかと」
張世平の言は、もっともなこと。
簡雍もその通りと頷き、話を続ける。

「かの人物の名は、劉備玄徳」
その名を聞いても思い当たる節はない。
ないが・・・・

「そう劉姓。彼は漢王室に連なる者です」
衰退しつつあるとはいえ、四百年続いた現王朝である。その影響力は大きい。

「確かに劉姓のようですが、間違いないのですか?」
「はい。中山靖王ちゅうざんせいおう劉勝りゅうしょうの末裔です。劉勝の子、陸城亭侯りくじょうていこう劉貞りゅうてい。その子、沛候はいこう劉昴りゅうこう。その子、漳侯しょうこう劉禄りゅうろく。・・・そして、劉弘の子、劉備玄徳」

簡雍は、劉勝から劉備まで、数えて十七代分の名前を順番に挙げていった。
張世平は簡雍の話術に次第に圧倒されつつある。

「劉備殿の実家に桑の木があります。その木は大きく大層立派な枝ぶりとのこと」
「それが何か?」

「劉備殿は、その木を天子が乗る御車の天蓋に見立てて、いつか自身が乗ってみせると広言しているそうです」

「そんなことをすれば・・・」
「そう、最悪、一族郎党が打ち首になります。・・・ところが、そうなっていない」
張世平が息をのむ。

簡雍は一瞬、言葉を溜めたのち、
「彼が本物であることを、皆が知っているからです」

張世平の唸り声を聞いて、簡雍が微笑んだ。
「彼が天下に号令をかける日を多くの人が望んでいるのです。・・でなければ・・」

「いや・・・少し、待って下さい」
張世平は自身の動悸がおさまるように必死に務めた。
商人は、常に冷静でいなければならない。
・・・しかし。

「黄巾党を例に戦乱は、これからも続くでしょう。戦地において、あなたが天下人の支援者であることを喧伝してまわることもできます」
「・・それは?」
「劉備殿が先々で、徳を施せば、すなわちあなたの徳となる」

張世平は口をはさむのをやめた。
後は一方的に簡雍が語るだけとなった。

「劉備殿の勇名は、あなたの勇名。劉備殿が善行を行えば、あなたの善行。劉備殿が民から支持されれば、あなたも支持されたことになる」
そして、
「劉備殿が天子になれば・・・」

簡雍は途中では話すのを止めた。
「いや、あまり先の話ばかりしても仕方がありません。今は劉備殿と同じく、あなたの名も国中に知れ渡る。その機会が目の前にあるということです」

簡雍はじっくりと時間を空けた後に、
「夢が広がりませんか?・・・・・分かっていただけたのなら、商談に移りましょう」

そう言って、簡雍は身を乗り出す。
張世平はただ頷くだけだった。
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