矛先を折る!【完結】

おーぷにんぐ☆あうと

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第4章 炎都崩壊編

第19話 人たらし

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青州平原国平原せいしゅうへいげんこくへいげん
仮とはいえ、劉備は県令となり小さいながらも地盤を得た。

しかし、ゆっくりと治政に時間をかけている余裕はなかった。
きたる董卓との決戦のために少しでも軍事力の強化に力を注がなければならないのだ。

県令庁は、活気と慌ただしさに包まれおり、いたるところで声が飛び交わされていた。
そんな中、劉備を訪ねる客がいる。
その男と劉備は謁見の間で会っていた。

「えーと、幽州の生まれだって?」
「はい。魚陽郡ぎょようぐんに住んでいました」
二人のやりとりを遠目に見ていた関羽は、なぜか、この男のことが気になった。

田豫でんよさんって言うらしいですよ」
「長兄の昔馴染みか?」
「さぁ、そこまでは分かりません」

簡雍は忙しく動き回っている。
劉備一家の構成は、今さらであるが劉備、張飛、関羽、簡雍の四人。

およそ、内政向きと思われる人材は少ない。
自然と簡雍の負担が大きくなるのだった。
それでも関羽の相手をする余裕があるのだから、大したものである。

「俺も長兄と同じ涿郡だが、魚陽郡に知り合いはいねぇからな」
張飛も知らないという人物。
妙に親しげ、人当たりも悪くなさそうなのだが、関羽は何かが引っかかるものがあった。

「ちょっと、この人と出てくるわ」
「どちらにですか?」
「領内を一周り」

関羽が護衛についていくと告げるが、大丈夫と劉備は断る。
それでも心配だった関羽は、こっそりとついて行くことにした。


城下町の中、市場や料理店などに劉備は顔を出す。
目まぐるしく動き回るので、ついて行く田豫は目が回りそうになった。
ちょっと気を抜くと劉備の姿が見えなくなってしまうのだ。

一瞬、見失った後、みつけた先では、年配のご老人と卓を囲んで、お酒を飲んでいるところだった。

「こちらに、いらしたんですか?」
「ああ、あんたもどう?」
劉備は田豫に座るようにすすめる。

言われた通り、座った田豫は、相手に会釈をした後、
「この方は?」と質問した。

「ええと、名前は知らないけど、この町の人だよ」
「・・・そうですか」

見知らぬ人と気軽に飲んでいることに驚く。
田豫が杯を受け取って、一口、口に含むと、劉備は立ち上がった。

「次、行くよ」
「え、え、ちょっと」
劉備に袖を引っ張られ、席を立たせられる。

次に会う人、次に会う人、商人もいれば普通の庶民もいる。いずれもただの領民に見えるが、どの人に対しても劉備は親しみを込めて接していた。
いろんな人と会うので、田豫は人に酔いそうになる。

そして、そのままついて歩いていると、いつの間にか城門の前に辿り着いた。
劉備は、門兵に軽く挨拶すると、そのまま外へと歩き出す。
「ちょ、ちょっと・・」

ほぼ丸腰に近い状態の劉備に、田豫が慌ててしまう。
「その格好でよろしいんですか?」
「大丈夫だよ。すぐ、そこまでだから」

口笛でも吹きだす軽い感じで歩き出すので、田豫が周りに警戒しながらついて行くことになった。
少し歩くと畑が一面に広がる。

その土手に劉備が腰をかけた。
農作業をしている人と目が合い、劉備が手を振る。
ちょうど、根野菜を収穫しているようだった。

「新しい、領主さまですね」
「仮だけどね」
仮だろうと何だろうと、農民にとって大きな違いはない。手を止めて、挨拶にきたのだった。

「気にせず、続けてよ」
「へい。・・・ちょうど、採れたてですので、おひとつ、どうぞ」
そう言うと、大根を一本、差出した。

領主に贈るものか?と田豫は眉をひそめるが、劉備は気にしない。
「ああ、こういうのって俺、もらっちゃ駄目なんだってさ。うちの憲和がうるさいんだよ」と、大根を金子などの賄賂と同じに扱って、話すのであった。

「いや、折角だし。ぜひ、食べてみて下さい」
「そうかい。ありがとう」

歩いたせいで、小腹がすいていた劉備は、好意として受け取ることにした。
田豫に簡雍には、黙っていてくれと頼む。

受け取った大根を半分に折ると、ほい、と田豫に差出した。
田豫が戸惑っていると、泥がついているせいで受け取らないのだと勘違いした劉備は、自分の衣服で泥を拭き、再び、田豫の前に差し出す。
さすがに受けとらないわけにいかず、手に取ると、劉備の隣に腰を下ろした。

「お、これ、美味いな」
劉備は、早速、大根をそのまま口にする。田豫も続いて、食べて、美味しさを実感するのだった。

すると、おもむろに劉備は、
「なぁ、領内をこうして見て回ってどう?俺をがまぎれちゃったりとかしていない?」と、話しかける。
田豫は、思わず口に入れていた物を吹き出してしまった。

「気づいていたのですか?」
「ああ、何だかあんたの雰囲気が昔の雲長に似てたから・・・きっと、そうじゃないかと思ってさ」
反対の土手の草が動く。

ついて来ていた関羽が、なぜ田豫のことが気になったのか、やっとわかった。
かつて、堅気ではない生活を送っていた自分を見ているような気がしていたのだ。

しかし、関羽にここに至るまで、正体を気取らせないとは、田豫という男、かなりできる。
関羽の警戒心に殺気がはらんできた。

その関羽の気配に田豫は気づくと、目を閉じ観念する仕草を見せた。
城中で会った、関羽の所作から自分より、数段上の実力であると見抜いていたからだ。

「私をここで、処断しますか?」
劉備は答えずに立ち上がり、田豫を見下ろす。

「なんの実績もなく中央の偉い人の権力で県令なんかやられちゃ、そりゃ面白くないと思う人もでるよな」
依頼人のことは話せないので、田豫は無言を貫く。

「だけど、俺はこの町が気に入った。だから、この地位を手放すつもりはない」
「・・・ええ、ご存分にどうぞ」
田豫は覚悟を決めた。もともと刺客という商売がら、いつでも死ぬ覚悟はできている。

「なぁ、この町をどう思う?」
「領主と領民の距離が近く、いいところだとは思いますが・・・」
田豫の言葉に考え込むと、劉備は決心したかのよう膝をついた。

「俺と一緒にこの町を作らないか?」
「はい?」

まったく想像していない言葉に田豫は驚く。
私はあなたを殺しにきた男なんだが・・・

「いや、俺が町のみんなと話しているとき、あんたは相手が誰なのか、細かく観察していただろ」
同業者が狙っている可能性があり、手柄を奪われないように安全な相手か見ていただけだが・・・

「相手が普通の領民だと分かると気を抜いていた。その洞察力と見極める眼力って、町作りに役立つんじゃないかって思ってさ」

「・・しかし・・私は、あなたを・・」
「俺はそんなこと、いちいち気にしねぇよ」

自分のことを何者か知りつつ、泳がせ観察する。
そして、能力があると認めると、構わず懐に飛び込んできた。

今、無防備に近づいていますが、あなたは私の必殺の中にいますよ。
まぁ、そんなことは気にもとめていないのだろう・・・
この短時間で、ここまで人を信用できるものなのだろうか。
この人は、一体・・・

整理しようとしてもうまくいかない。
不思議な感情に囚われてしまった田豫は、考えるのを止めた。
率直に、今の気持ちをぶつけよう。

「・・・わかりました。私でよければお手伝いしましょう」
「よっしゃ。・・もう出てきていいぜ。雲長」

劉備は草むらに向かって、声をかけるが関羽が登場したのは反対の方角からだった。
「私はこちらです」
「何だよ。かっこよく決めていたのに」

この様子も本気なのかふざけているのか分からない。
劉備を見ているとなぜか高揚感が沸き上がるのだった。


夕刻になり、劉備の不在に気づいた張飛は、
「あれ、長兄は?」
「得意の人たらしに出かけてますよ」
「何だよ、それ」
意味が分からず首をかしげている。

『まったく、普通、自分を殺しにきた刺客を仲間に引き入れようって考えますかね』
自分の負担を減らそうとする劉備の親心だと承知しているので、会ってもいじるのは止めようと思ってはいますが・・・

実際、能力がある仲間が増えるのは、大歓迎。
まだ、万全とはいえないが体制は整いつつある。

新しく加入した田豫に平原を任せ、劉備、関羽、張飛、簡雍は董卓打倒に専念できるからだ。
そして、劉備のもとにやっと待っていたものが届いた。
それは曹操からの董卓打倒の檄である。


李儒の企みにより、罪人となった曹操は、途中、旧知の者に襲われるなど災難もあったようだが、何とか振り切り、無事に陳留に辿り着くことができた。

そこで祖父曹騰が貯えた私財を投げうって、軍備を整えると、全国の諸侯に向かって、天子からの密勅と董卓打倒の檄を飛ばす。

勅自体の真偽を問う者もいたが、密勅をいただいたときの玉帯を曹操が所持しているなど信憑性が高い話も伝わり、諸侯も納得した。
何より、檄の内容から十分に正義はあると感じることができたのが大きい。

そして、この状況を憂いている者、自身の領地を拡張したい者、さまざまな思惑が渦巻き、反董卓連合が結成されることになった。
今、董卓と諸侯の一大対決が始まろうとしていた。
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