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第6章 魔王終焉編

第34話 誅殺

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宮殿に急遽、建造された受禅台じゅぜんだい
その受禅台を挟んで、右に董卓以下、その近臣。
左に献帝陛下と近習の者たちが並ぶ。

その中、中央では貂蝉による奉納の舞が行われていた。
『やっと、目的が達成される』

抑えられないほどに気持ちが高ぶっての演舞となった。
いつもより情熱的なものとなり、見ている者が思わず感嘆のため息を漏らす。
演舞が終わったとき、自然と拍手が巻き起こるのだった。

滞りなく演舞を終えた、貂蝉は受禅台に向かって、平伏する。
「それでは、これより・・」
「ちょっと、待て」

王允の言葉を遮って、董卓が立ち上がった。
しきたりとは違う動作に、会場にざわめきが走る。

いつもの董卓の気まぐれであればよいが・・・
王允は、嫌な予感がするのだった。

「王允よ、この茶番をいつまで続けるつもりだ?」
「茶番と申しますと?」
「ふん」
董卓が右手をあげると、宮殿の中に兵がなだれ込んでくる。

「なっ、ここは禁裏ですぞ。武装した兵を入れるなど」
大尉たいい馬日磾ばじつていが咎めるが、董卓は気にしない。
「儂がだめで、お前らはいいのか?」
董卓が、そう話すと縛られた司隷校尉の黄琬が引き出された。

次に、物言わなくなった首が十数個、投げ出される。
本日の誅殺の件を知らされていない下級の文官からは悲鳴があがった。

「残りの首は捨ててきたが、先に兵を入れようとしたのは、王允、貴様の方だぞ」
王允の顔に焦りの表情が浮かぶ。
どこで露見したのか・・・
とにかく、献帝陛下だけはお守りせねばならぬ。

「何の言いがかりでしょうか、相国さま」
「何か策があるとは思えんが、ただの時間稼ぎはさせんぞ」
李儒の指示で、文官たちを董卓兵が取囲む。
当然、逃げ道はない。

黄門侍郎こうもんじろう荀攸じゅんゆうが献帝陛下を守っている様子を確認すると、王允は覚悟を決めた。

「董卓よ。今回はお前に天誅を下すことはできなかったかもしれん。しかし、この国には、忠義の士はまだまだいる。いずれ、必ず貴様の天下は終わりを告げる」
「夢なら、寝てみろ。・・・やれ」

董卓の兵たちが、一斉に文官に襲い掛かった。
武器を持たぬ者たちばかり、一方的な殺戮となる。
次々に文官たちが殺されていく、この展開に貂蝉は唖然とした。

どうして、こんな事態になってしまったのか?
今日が董卓の命日となるのではなかったのか・・・
文官たちの悲鳴が聞こえるたびに耳を塞ぎたくなった。

『だめなの?董卓の命運は、尽きないの?』
貂蝉は前のめりに倒れて四つん這いとなる。
首がしなだれて、目をつぶったとき、
カタンッという音が聞こえた。

見ると懐から七星宝刀が落ちたのだった。
『これは、七星宝刀。・・・これを使えば』
周りの様子を見ると、貂蝉の存在など皆忘れているようだった。
あの李儒ですら、私のことを見ていない。

・・・もしかしたら、今なら、殺れるかもしれない。
貂蝉は、そっと董卓に近づいていく。
ある程度、近づくと演舞で鍛えた脚力で、一気に董卓に近づいて行った。
『とれる』

そう思った瞬間、
「危ない!」と、女性の声が響いた。
その声に気づいた、董卓は身をよじりながら、貂蝉の刃を右腕で受ける。
七星宝刀は董卓の腕に刺さるが、致命傷には程遠かった。

勢いをつけすぎた貂蝉は、そのまま、地に転がっていく。
起き上がろうとすると、目の間には鬼の形相の董卓がいた。
「うっ」
董卓に腹部を蹴られて、貂蝉が悶絶していると、
「卞か。・・・助かったぞ」

先ほど、董卓に危機を知らせたのは、歌妓の卞だったようだ。
・・・あと、もう少しだったのに。
貂蝉は、痛みと悔しさで、涙がいっぱいになった。

「王允よ、とんでもない娘を押し付けてくれたものだな」
「ちょ、貂蝉に、手を出すな」

そんな言葉に董卓が聞く耳を貸すわけがないが・・・このときは、下卑た笑いを浮かべると、
「ならば、王允。ここで自害せよ。そうしたら、この娘の命を助けてやらんこともない」
と、情をかける素振りをする。

あの董卓が、この期に及んで、そのような約束を守るはずがない。
それは、分かっている。分かっているが・・・

養父と養女とはいえ、二人には親子の絆がしっかりとある。
理屈とは違うものが王允をつき動かした。

董卓は腕に刺さる七星宝刀を抜くと、王允の前に投げつけた。
それで、自刃しろということだ。
考え抜いた後、王允は、その七星宝刀を手に取るのだった。

「だめです。お養父さま。貂蝉は、すでに死んだ身とお伝えしたではありませんか」
「いいのだよ。どの道、このままでは死ぬのは免れない。であれば、愛する養女のために死なせてくれ」
「まだ、・・・まだ、諦めないで・・・誰か・・誰かこの男を殺して」

貂蝉が涙ながら訴えるが、誰も呼びかけに応じて、董卓を殺そうとする者はいない。
この計画は失敗したのだ。
「あああ」
貂蝉の慟哭が響く。

その時、宮殿の門がゆっくりと開いた。
不意の出来後に、皆の注目が集まると、そこに現れたのは、呂布だった。
この状況において、この男の登場は最悪。
王允の死の覚悟を揺るぎないものにするのに十分だった。

・・・しかし、それにしても疾すぎる。
この間、朱儁討伐に向かったばかりではないか。
それが、もう戻ってくるとは・・

全身、血だらけの呂布。
恐らく、敵の返り血を浴びて、そのまま来たのだろう。
この鬼神は、この状況を見定めると、
「なるほど」と、一言、もらすのだった。

「おお、呂布か。ちょうど、いいところに戻って来た」
董卓は、頼りとする武将の帰還に手を叩き、自分の絶対的優勢に拍車がかかることを喜んだ。
呂布は、ゆっくりと歩きながら、董卓の前で止まる。

「呂布よ。この娘を殺れ」
「なっ」
もともと信じていた約束ではないが、舌の根も乾かぬうちとは、まさにこのことだった。
王允は絶句する。

董卓の命に呂布は貂蝉を顧みた。
いつもの冷たい視線を向ける。
怖いが、貂蝉は気持ちだけは負けまいと呂布を睨み返した。

その時、
『えっ?』
一瞬、微かに呂布の口元が動いたように見えたのだ。

・・・俺に任せろ?・・まさか・・
すると、振り向きざま、方天画戟の一撃を董卓にみまうのだった。

「ぐっ・・・何をする」
血反吐を吐きながら、董卓は呂布を睨み返す。
宮殿にいる者、全てがこの光景が信じられなかった。

「儂は、・・現世の蕭何だぞ。・・・凡夫ふぜいが何をする」
「黙れ。臭い息をまき散らすんじゃねぇ」
呂布は董卓の胸に突き刺さった方天画戟を抜くと、大きく振りかぶった。

「や、やめろ、呂布」
ここまで、慌てる李儒は、後にも先にも見たことがない。
そんな李儒を無視して、呂布は董卓にとどめを刺した。
「ぐわっ。・・・」

袈裟斬りにされた董卓は、そのまま後ろに倒れていく。
暫く痙攣を繰り返していたが、そのうち、動かなくなった。
董卓の死体の前に仁王立ちする呂布に、李儒が詰め寄る。

「赤兎馬があるうちは、契約は続くのではなかったのか?」
「その赤兎馬の願いだ。・・・その娘・・貂蝉を助けろとな」
「そ・・そんな」

馬の願いだと・・・そんなことが・・・そんな理由で・・・
李儒の計算の中に、そのような要素など入っていない。
李儒は、自分の足元が揺れて崩れ出す錯覚に陥る。

「ふっ。赤兎馬がやけに急ぐので、何かあると思ったが、このような事が起こっているとはな」
「はははは」
突然、李儒が狂ったように笑いだした。
理解できない状況に自我が崩壊したようだ。

「ふん」
呂布は軽く、李儒の首を刎ねると、貂蝉の前まで歩いていく。
貂蝉は呂布を信じられない生き物のように眺めた。
・・・こんなことが、現実に起きるの?

「立てるか?」
「はい。・・・みんなを助けてくれるのですか?」
呂布が貂蝉を立たせると、
「赤兎馬の願いはお前の命だけだが・・・董卓を殺った俺を見逃してはくれんな」

貂蝉の前に立ち、董卓兵を討ち取っていく。
数の有利はあっても、所詮、雑兵。
呂布の敵ではなかった。

あらかた討ち取ると、逃げ出す者も現れて、数刻のうちに宮殿から、董卓の息がかかった者はいなくなる。
まさかの大逆転に、生き残った文官たちから歓声が上がるのだった。

そのとき、どこからか馬のいななき声が聞こえた。
ほどなくして、一頭の馬がやって来る。
もちろん、赤兎馬だ。

「待っていろと言ったはずだが」
主人、呂布の命令を無視して、貂蝉に近づいていく。
「あは、くすぐったい」
赤兎馬は貂蝉の顔の擦り傷をなめてきた。

「ありがとうね。あなたのおかげで、お養父さまも私も、・・・みんな助かったわ」
貂蝉の衣服に赤兎馬は、顔をこすりつけてじゃれてくる。

『助けたのは、俺だがな』
呂布は、そう思ったが黙っていることにした。
鬼の呂布奉先さまが、人助けなど・・・馬鹿馬鹿しい。

赤兎馬よ、これは貸だ。
この後、一層励んで俺さまに仕えろよ。
呂布は、そううそぶくのだった。
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