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第7章 徐州攻防編

第42話 乱世の奸雄

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徐州侵攻があった、翌年、曹操から陶謙宛に書簡が届く。
内容は、張闓の首を差出すこと。これが叶わない場合、徐州を再び攻めるとのことだった。

付け加えると、もし張闓の首を差出した場合、曹操も手をかけた徐州の民衆に対して、しかるべき責任を取るとも書かれていた。

これを読んだ、劉備が陶謙に謝罪する。
「どうも揚げ足を取られたみたいで、すいません」
「いや、これは曹操の奴が、世の中に対して体裁を整えただけ。劉備殿が気にすることではない」

陶謙は、劉備の謝罪は無用と宣言する。
徐州の重臣たちも、左様である。と、口々に声をそろえた。

曹操が去った後も劉備は、平原国に帰らずこの徐州に残っていた。
陶謙の引き留めもあったのだが、曹操が再び、この徐州を狙うという簡雍の予測があったため、備えとして残ったのだ。

当たってほしくない予測だったが、今回、的中したことになる。
劉備は残ったが、さすがに趙雲は北平に帰らねばならず、白馬義従とともにこの地を去る。
趙雲は名残惜しそうだったが、こればかりは仕方がない。

曹操再侵攻の可能性が高いため、徐州では軍備の強化を昨年から図っていた。
また、人材も募ったところ、陳到ちんとうという青年が劉備に仕官してくる。
字は叔至しゅくし

なかなか見どころのある武将で、武芸に関しても趙雲の代わりとはいかないが、それでも十分な槍の腕前だった。
張飛曰く、鍛えがいがあるとのこと。

関羽が劉備の護衛につくことが多いのだが、関羽の能力を十分に発揮するためにも、その役目を陳到に任せることにする。
それほど、信頼のおける青年だった。

それにしても、この曹操の書簡を真に受けると、張闓を差出せば戦争は回避できることになる。
「いっちょう、張闓って奴を捜しみるか?」
「無理ですよ。すでに曹操さんが捕らえているはずですから」

なるほど、鼻から交渉する気はないってことだったのか。
しかし・・・曹操の然るべき責任とやらは見てみたかった気がする。
「それは、私もです」と、簡雍も同調した。


軍を整え、曹操の出方を探っていると、今回は徐州の北側、琅邪国ろうやこくから攻め入って来た。
父、曹嵩の住んでいた家を巡礼して来たようだ。

曹操軍の軍容は、去年とあまり変わらず、荀彧と程昱は兗州に残り、今回も郭嘉と荀攸が軍師として同行している。
但し、将校は変わっており夏侯淵、典韋、于禁が参加していた。
兵力は同じ三万である。

準備万端の曹操軍は、こちらも対策をうっていたはずの陶謙軍をあざ笑うように、あっという間に琅邪国を抜きさった。
東海郡とうかいぐんに入っても、その勢いは止まらず五つの城を制圧し、劉備のいる郯県たんけんへと迫る。

曹操軍は、進軍の際に再び徐州の民、武器を持たない民衆の虐殺を行っている。
まるで、昨年の侵攻時、泗水しすいという河を民衆の死体で埋め尽くした行為を正当化するようだった。

しかし、不思議だったのは、その大量虐殺の意図である。
徐州を本気で統べる気があるならば、民衆の反感を買うような行為は避けるべきではないかと思う。

簡雍なら、何か気づくのかもしれないが、今は劉備の傍らにいない。
ある対策のために徐州を離れているのだ。
時間を稼いでくれと頼まれているので、精一杯、頑張ってみるが・・・


曹操の大軍が郯県を取囲む。
今での勢い通り、すぐに攻めかかってくるものと思っていたが、囲んだまま様子を見ている。
劉備がいるせいで警戒しているのかもしれない。

城壁から、劉備が曹操軍を見下ろしていると、『帥』の旗が見えた。
曹操、本人がお出ましのようだ。

「おい、曹操。聞こえるか」

劉備の大声が響きわたった。曹操軍にざわめきが起こり、軍が割れると、そこから曹操が現れる。

「どうした?降伏する気にでもなったのかな?」
軽口をいうほど、機嫌がいいのか。
今なら、劉備が気になっていることが聞けるかもしれない。

「一つ、聞きたい。前回はともかく、どうして今回も罪のない民を殺しているんだ?」
「ふっ、そんなことか」
曹操は鼻で笑った。

「そんなにおかしな質問か?お前の意図が分からないから、聞いているんだ」
「徐州を統べるつもりなら。・・・だろ」
劉備が言おうとしていた質問を、代わって曹操が先に話す。

ということは、全て理解しての虐殺ということになる。
「いや、笑ったのは申し訳ない。出発前に文若にも同じようなことを言われたものでね。思い出していたのさ」

荀彧文若じゅんいくぶんじゃく
確か曹操の参謀筆頭の名士だったはずだが、その荀彧とどんな話をしたのだろうか?
曹操からの言葉を劉備は待つのだった。


「殿、先の徐州侵攻の際、領民の虐殺は作戦上、仕方なかったと軍師祭酒の奉考から聞いています」
「ああ、短期決戦に持ち込むため、必要だったと今でも思っているよ」

曹操が徐州再侵攻のための準備をしているところに荀彧がやって来た。
恐らく、今回の軍事方針を確認しにきたのだろう。

荀彧は、父親、曹嵩が亡くなった今、面と向かって讒言を言ってくれる数少ない貴重な存在だった。

「私も必要だったと思います。・・・ですが、今回の征討では、お控えくださいますようお願い申し上げます」
「理由を聞いても?」

「この先、徐州を統べることを考えれば、民の反感を買う意味がありません。また、恐怖で支配する政治は長続きいたしません」
荀彧らしい答えだ。それは真っ白い人間の発想だった。

「悪いが、今回も徐州の民にはつらい思いをしてもらう」
「それはなぜですか?」
荀彧は曹操の真意が分からなかった。

曹操という男、必要のないことを、ただの気まぐれでする人物ではない。
必ず理由があるはずだ。

「私は少し、本気を出すことにした」
「・・・本気ですか」
「ああ。董卓の次は、私が天下を握る」

曹操が天下について話すのを荀彧は、初めて聞いた。
これが曹嵩の死がもたらした効果だとしたら、言い方は申し訳ないが無駄死にではなかったと言える。

「その大望は、結構ですが徐州の件と、どういうご関係が?」
「私は徐州の民を一新しようと思っている」
「一新と・・いいますと?」

一新ということは、民を替えるということ。
・・・何と替えるというのか。・・・まさか。

「行きついたか?」
「ええ。青州黄巾党を入れるのですね」

ご明察と曹操は微笑む。曹操は甲冑に手を通しながら、話の続きをする。
「青州黄巾党は、周知のとおり、他の集団とは一緒にできない。だが、その百万の民を入れるには兗州だけじゃ狭すぎる」

「確かにその通りでございます」
「ならば、兗州以外の土地を与える必要がある」

それが徐州であると、曹操は考えているのだろう。
「他の種とはまじることができないのだから、今いる人間にはすべて消えてもらう必要がある。・・・つまり、そういうことさ」
これが曹操の真意か。

理由を聞けば納得できる。
ただの私怨ではなく、将来を、覇道を見越しての行動だ。
徐州の民には気の毒だが、曹操に付き従うと決めた以上、背中を後押しするのが自分の役目と荀彧も覚悟を決めた。

「考えが至らず、申し訳ございませんでした。殿が世間からいらぬ誹りを受けるのであれば、これは荀彧の策であると広言してください」
「私は悪名だろうと気にしないよ」

私は『乱世の奸雄』だからね。と、つけ加える。
それは、その昔人物鑑定の大家、許劭きょしょうが曹操を評した言葉だ。

「・・しかし」
「いや、文若。君には、今のまま、白く真っすぐなままで俺の傍にいてくれ」
そう言うと、いつの間にか準備が終わっており、手を振って部屋を出ていくのだった。

その後ろ姿に、荀彧は、
「どうかご武運を」
深く拝礼するのだった。


同じような説明をかいつまんで劉備にもする。
「分かったかな?」
「分かったよ。結局は、お前の覇道だとか何だとか、勝手な理由に徐州の民は振り回されているってことがな」

・・・ああ、ここにも白く真っすぐな男がいたか。
立場が変われば見方も変わるということ。
しかし、他人のことで、そこまで怒れるものなのか・・・

「他にやり方はなかったのか?」
「理解してもらおうとは思っていないよ」

曹操は、そう告げると自陣に帰って行った。
劉備が涙を流していることに気づいたが、それは徐州の民のことを思ってか、それとも・・・

ふっ。何を感傷的な考え方をと、首を振った。
劉備といると、調子が狂わされることがたまにある。

明日は、郯県に総攻撃をしかける。
もう賽は投げられたのだ。
天下に号令をかける日まで、立ち止まることはできない。
曹操は、郭嘉及び荀攸と明日の作戦の確認をとるのだった。
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