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第9章 天子奉戴編

第55話 同盟

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濮陽に劉備が突然、訪れて曹操へ天子奉戴を促した。
そして、その思惑通りに話は進むが、劉備は、まだ濮陽に残っていた。
なぜなら、もう一つの目的が済んでない。まだ大事な話が残っているのだった。

「英断、感謝するが、あともう一ついいか?」
「何かな?」
「曹操、あんたが西進している間のことを詰めておきたい」

献帝陛下を洛陽に迎えに行くのであれば、その間、また兗州の防備が薄くなる。
再び、曹操が兗州を失うようなことがあれば、献帝陛下の安全の保障ができない。
そうならないための対策について、劉備から提案があるのだ。

「徐州には兗州と盟約を結ぶ準備がある」
一瞬、間が開いた後、主に武官から失笑が漏れた。

曹操と劉備の同盟であれば、劉備の方に得分が多いように思われる。
徐州が一番恐れているのは、曹操の再侵攻のはずなのだ。
自身の保身のための提案、それを恩着せがましく言われても・・・

しかし、この劉備の発言に荀彧含め、参謀集団は、唸り声をあげる。
今、徐州には呂布がいる。呂布一人でも相当、手を焼いたのは記憶に新しい。

そこに劉備と組まれて兗州を攻められた場合、どういう結果が待ち受けているかなぞ、想像したくなかった。
もちろん、それは劉備と呂布の連携が完全にとれていることが前提だが・・・

いずれにせよ、曹操に徐州を攻める口実があるのと同じく、劉備にも兗州を攻める口実を与えてしまっている。
お互いに避けられる戦いならば、避けた方がいい。

「だが、君は本初にも近づいているのではないか?」
「ああ、袁紹とも同盟は結ぶ。ただし、兗州と冀州が争うときは、徐州は中立を守ることを約束する」

袁紹との仲は、そこまで険悪ではないが、将来を見越した場合、劉備の言葉には十分、価値があった。
隣接する国が敵に回らないと分かっているだけでも、戦略の立て方は変わってくる。
将来的な評価を含め、劉備との同盟には魅力がありそうだった。

「つまり、我らが西の洛陽に向かっても、後顧の憂いがないことを保障するのだな」
「俺は当然だが、呂布も責任をもって抑えつける」
「分かった。それでは、君と盟約を結ぼう」

即決で宣言すると、曹操の家臣団からどよめきが起こる。
先ほどまで、天子を迎え入れるかどうかの議論をしていたはずだが、同盟国が誕生するという展開は、想像さえしていなかった。
まさに青天の霹靂へきれき

しかし、よく現状を理解していれば、劉備と盟約を結ぶ方が利する部分が多いと結論づけるのは容易いことだった。
なぜなら、曹操は呂布との争いの渦中に、豫州の黄巾党を討つと同時に一帯を平定している。

豫洲の陳国ちんこく潁川郡えいせんぐん汝南郡じょなんぐんの一部を手中にしていたのだ。
青州黄巾党のために徐州をとる必要性がなくなっている。

それならば後背の脅威を取り除いておいた方がいい。
武官の連中からも徐々に納得の声が出始めるのだった。

「これで、やっと仕事が終わったよ」
劉備は、一息つくと、一緒についてきた張飛、簡雍の肩につかまる。
大仕事を終えて、一休みといったところだろう。

この同盟がいつまで続くか分からないが、ひとまず、徐州が再び戦場となることはしばらくなくなる。
献帝陛下の庇護、徐州の平和。これで劉備の目的は達成された。
今回の交渉では、随分と曹操に利することが多かったと思うが、今の劉備にとっても十分な成果だったと言える。

「見事な手腕、感服しました」
安堵している劉備のもとに荀彧がやって来た。
荀彧が気づかなかった視点を諭し、曹操を動かした。
劉備や簡雍がいなくても、結果、天子奉戴の戦略をとっていたかもしれないが、納得感が違ったと思われる。

仮に同様の話を袁紹のところに持っていかれた場合、曹操陣営にとって袁紹は手の届かない位置までいかれた可能性があったのだ。
それくらい、荀彧は天子奉戴の意義を感じとっている。

「なぜ、我が殿に話をもって来られたのですが?」
「何故って、袁紹は恐らく、何を言っても動かないから」
「どうして、そう言い切れるのでしょうか?」

思わぬ質問攻めだが、荀彧の知識欲がそうさせた。
袁紹という人物の評価を違った視点でとらえるいい機会にもなる。

「袁紹は献帝陛下の存在を軽く見ているから、その価値も過小評価しているのさ」
「漢王朝を見捨てたということでしょうか?」
「そこまでじゃないと思うが、別に献帝陛下じゃなくてもいいって感じかな」

確かに、過去、劉虞りゅうぐを新帝として擁立することを画策している。劉虞本人の固辞により、その話はとん挫したが・・・
新帝擁立の行動は、献帝陛下を見限っているとみていい。

劉備自身では、献帝陛下を守り切ることはできず、袁紹は動くことすらしない。
どうやら、劉備は消去法から、曹操のところに来たようだった。

『奉考からも報告があったが、これは、想像以上に油断ができないかもしれない』
郭嘉を論戦で破ったと聞いたときは、たまたまだと思ったが、どうやら劉備の感覚、感性というのは、注意した方がよさそうだった。

そして、後ろに控える簡雍については、更に警戒すべきだろう。
曹操が一目置いているという理由が、今回でよく分かった。

「それにしても、あんたの仕事を盗っちまった感じかな?申し訳ない」
「いえ、私が求めているのは個人の功ではなく、我が軍の利です。より良い道に導いてくれるのであれば、それはどなたの意見でもよろしいかと思います」
「より良い道ね・・・」

それは曹操にとってのことで、献帝陛下にとっては、どうだろうか?
他に選択肢がなかったから、曹操のところに来たのだが・・・
「一つ、念を押すが、今回の同盟、曹操が献帝陛下を安んじてくれている間だけ有効ってのを忘れないでくれ。俺の願いは、そこにあるのだから」

当然、天子奉戴を薦める以上、天子をないがしろにするつもりは、まったくない。
曹操も同じ気持ちだと信じて揺るぎない、荀彧は、
「肝に銘じておきますが、ご心配なことは起きないと思いますよ」と、請け負うのだった。

良かったと、劉備は微笑む。
「それじゃあ、もう伝えるべきことはないな」
「徐州へ戻るのか?」
曹操の問いかけに劉備は頷く。

「盟約を結んだのだ、ゆっくり歓待したいところだが・・・」
「分かっている。献帝陛下を優先してくれ。・・・多分、急いだ方がいいからな」
「気遣い、痛み入る。落ち着いたら、正式な書簡と使者を送ろう」
よろしく頼むと告げると、劉備は張飛と簡雍を伴って、濮陽を後にするのだった。


その帰り道、簡雍がため息を漏らす。
「本当に良かったんですかね?」
「さぁ、先のことは分からないけど、選べる選択肢の中では最善だったと思うぜ」

献帝陛下が独力で長安を脱した報を聞いたとき、今、すぐに迎えに行こうとしたところ、簡雍に止められた。
徐州の復興もままならないうちに、天子を戴いても絶対に支えきれないからだ。

しかし、放っておくこともできない劉備は、どうすべきか話し合った。
結果、今回の行動に至ったのだが、これで恐らく曹操は大きな力を得ることになる。

それで、簡雍は反対していたのだが・・・
劉備にとっては時期のめぐり合わせが、悪すぎた。
あと、二年、いや一年後だったら、劉備に天子奉戴を薦めることができたが、これは運命と受け入れるしかないのだろうか。

「決まっちまったもんは、仕方ねぇだろ。気にくわないことが起きたら、ぶん殴っちまえばいいんだよ」
簡雍があまりにも暗い顔しているので、嫌気がさした張飛がぶち上げる。
劉備と簡雍は、顔を見合わせると、吹き出してしまった。

「益徳、お前は単純でいいよな」
「何だよ、それ」

しかし、張飛のいう通りで、決まったことをうじうじと考えても仕方ない。
これから、自分たちの望む未来にするために、どうすればいいかを考えればいいだけのことではないか。

「いや、益徳さんの発言は金言ですよ」
「憲和、お前まで俺をからかうのか?」
「本当のことですよ」

発言で褒められることの少ない張飛は、微妙な顔していたが、雰囲気だけは明るくなったことは分かった。

「まぁ、いい。関兄が寂しく待っているだろうから、急ごうぜ。」
「ああ、そうだな」

張飛を先頭に徐州まで馬を走らせる。
先のことは、まだ分からないが、今はとにかく徐州で力を蓄えよう。
そう思う劉備と簡雍だった。
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