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第10章 孫呉熾盛編
第57話 匡亭の戦い
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豫洲潁川郡、許県に曹操の手によって急造されている都、許都。
曹操が新しい都として、許を選んだのは、袁紹の存在が大きかった。
現在、本拠地としている兗州濮陽は、袁紹の冀州から非常に近い。というより近すぎる。
万が一でも、強襲を受けてしまい、天子を強奪されるようなことがあっては、目も当てられないのだ。
袁紹から献帝陛下を地理的に引き離す狙いがあった。
許都が完成するまでに、まだ、しばらく時が必要なため、献帝陛下には、一旦、陳留郡平丘県に入っていただく。
曹操は相変わらず濮陽に府を構えていたが、その濮陽に袁紹からの書簡が届いた。
その内容を見た曹操は、思わず声を上げて笑ってしまう。
「いかがなされました?我が君」
普段の曹操にない行動だったため、荀彧は驚いたが、受け取った書簡の内容を見て納得するのだった。
「袁紹殿は、自ら墓穴を掘りましたな」
袁紹から曹操に送られてきた内容は、つい先日布告した人事の内容についてだった。
曹操を大将軍として、袁紹を序列が下となる太尉に任命したのだが、それに対する不満が延々と書かれており、正しき序列に戻せとある。
朝廷の権威を軽視して、天子奉戴を見送った男が、その朝廷に対して官職を求めてきたのだ。
やっていることに矛盾がある。
また、漢の重職を求めるということは、忠誠を誓うということを公言したようなものである。そのため、先ほどの荀彧の言となったのだ。
「官職など、私にとっては、さして重要なことではない。本初に大将軍を譲って、存分に働いてもらうとするか」
「それがよろしいかと存じます。それで殿は、どうなされるのですか?」
「そうだな。私は司空の職にでも就くことにする」
荀彧の手によって、早速、新しい人事の手配がされるのだった。
曹操が天子を迎え入れ、許都の完成が間近に迫った頃、濮陽に急報が入る。
南陽郡の袁術が、献帝陛下がいる平丘県を目指し、軍を起こしたのだ。
どうやら曹操と袁紹の外交を見た袁術が、天子奉戴の重要性を認識し、献帝陛下を手中に収めようと企んだ様子。
しかし、こういう輩が登場することも承知済みの曹操は、慌てることなく配下の者たちに下知を下した。
「まず、劉表に使いを出せ。うまくいけば、荊州から邪魔者を追い出せるとな」
それから、軍の編成に入った。
曹仁を第一陣の大将として、副将に最近、加入した徐晃をつけた。
第二陣は、曹操自ら率いる。
総勢、十万を超える大軍だった。
袁術は、平丘県の手前、封丘県を攻めとると、付近の匡亭に配下の劉詳を駐屯させ、曹操が封丘県、匡亭のどちらを攻めても、挟撃ができるように作戦を立てる。
第一陣の曹仁が、匡亭の劉詳を攻めると、袁術はうって出て曹仁の挟み込みにかかるが、曹操の第二陣、本隊が到着すると形勢が大きく曹操側に傾いた。
戦続きの曹操軍は、鍛えに鍛えぬかれており、青州黄巾党の精悍さには袁術軍はなす術なく打ち負かされたのである。
その中でも曹仁の活躍は凄まじく、一人で挙げた首級は百を数えた。
そして、袁術軍には更なる悲報が届く。
荊州の劉表が動き、南陽郡を攻め、袁術軍の兵站が断ち切られたのだ。
これでは、南陽郡まで退却するのもままならない。
「おのれ、劉表。火事場泥棒のような真似をしおって」
袁術は悔しがるが、この現実はどうにもならず、とりあえず封丘県まで退却することにした。
封丘県に何とか入ることができた袁術だったが、曹操の追撃は鋭く城が取囲まれそうになる。
包囲が完全に完成すると、この地での討ち死には確定だったため、袁術はその前に封丘県を捨てて南下し、襄邑県に逃げ込んだ。
これで、落ち着けるかと思った袁術だったが、曹操が追撃の手を緩めないため、兗州を越えて豫州の寧陵県にまで逃走する。
「ここまで来れば、曹操の奴も追ってきまい」
袁術は、水を一杯所望して口に含んだ。
その時、
「殿、曹操軍の軍旗が近づいてきています」
袁術は口の中の水をすべて吹き出してしまった。
「何と、しつこい男だ」
慌てて、寧陵県を抜け出すのだが、どうしたら曹操が諦めるのかまったく見当がつかない。
すると目的地もなく、ただ逃げていただけの袁術の目の前に河が広がった。
「よし、船に乗って逃げるぞ」
早速、配下の者たちに船を用意させると、袁術は乗り込み、川の流れに乗って揚州九江郡まで逃げ延びるのだった。
さすがの曹操も船に乗って、揚州まで行く気はおきず、追撃はここで終わる。
「まぁ、いいさ。本拠地を失ったのだ、しばらく大人しくしているだろう」
袁術は、何とか九死に一生を得るのだった。
曹操の追手を振り切った袁術は、揚州九江郡の陰陵県に辿り着くと、揚州刺史の陳瑀に使いを出した。
実は陳瑀が現在の地位にあるのは、袁術が揚州刺史に任命したからだった。
しかも陳瑀が着任するために、袁紹が任命した従兄弟の袁遺を、袁術は武力で追い払っている。
こちらは陳瑀のために血を流しているのだ。
袁術がその時の恩義を返してもらおうと思っても、ばちは当たらないはずだった。
ところが、陳瑀の返答はにべもない。
袁術への支援をあっさりと断ってきたのだ。
これには袁術も怒りをあらわにするが、ここで諍いを起こしても、結局、行くあてがない。
幸い、地元の豪族たちの支援は得られているため、時間を稼いで力を蓄えようと考えた。
そして、いずれ陳瑀を追い落とすと心に決める。
袁術は言葉巧みに陳瑀に対してへりくだり、攻撃だけはされないように仕向けると、じっくりと密かに力をつける。
次第に逃走劇で散り散りなっていた配下たちも集まりだし、陳瑀が気づいたときにはすでに一大勢力が出来上がっていた。
これに慌てた陳瑀は、弟の陳琮を使者に立てて和睦を申し出る。
しかし、立場が入れ替わったことを自覚している袁術の返答は、完全なる拒絶であった。
名門の血筋たる自分に頭を下げさせた代償は、きっちりと払ってもらう。
復讐に燃える袁術は、陳琮を捕らえると、そのまま、陳瑀の元へ軍をおし進めた。
陳瑀も対抗すべく軍を差し向けるが、地元の豪族たちのほとんどが袁術の方についてしまい、埋めることのできない戦力差ができていた。
戦闘開始してから、数刻の内に勝敗は決し、敗れた陳瑀は徐州・下邳国に逃亡するのだった。
邪魔者がいなくなり、晴れて揚州の主となった袁術は、悠々と寿春県に入る。
荊州南陽郡を失った袁術だったが、新たな地盤を揚州で獲得し、寿春県を中心に勢力を拡大していくのだった。
そんな袁術を訪れる若者が二人いた。
一人は眉が太く精悍な顔立ちで立派な体躯の青年。
もう一人は江南の地には珍しく色白で、一見、女性かと見間違うほど眉目秀麗な青年だった。
二人は謁見を許され、袁術と面会する。
相対した袁術は、二人の姿を見て、驚くのだった。
「孫策と周瑜ではないか。今まで、どこで何をしていた?」
数年前、孫策たちは、父の遺体とともに長沙に戻ったのだが、若い孫策が跡を継ぐことに地元の豪族たちが反発し、軍を維持していくことができなくなった。
仕方なく、同盟相手だった袁術を頼ったのだが、いつの間にか孫堅の兵は袁術軍に吸収され、孫堅子飼いの将たちも散り散りに配置されることになる。
孫堅軍の存在がなくなると、孫策は郷里に戻り、今まで喪に服していたのだった。
周瑜は、そんな孫策に付き従っていた。
袁術は、現在の孫策の境遇に同情しつつ、警戒もする。
それは孫堅軍を返してほしいと言い出すのではないかという心配があったからだ。
揚州寿春県の発展はこれからである。
今は兵力を割くことはできないのだ。
しかし、孫策から出たのは、袁術の心配とは関係なく、袁術に対する恭順の言葉だった。
「私は、まだ若輩浅学の未熟者です。どうか袁術さまのもとで修業をさせて下さい」
その言葉に袁術は、大層喜ぶと孫策をすぐに登用する。
無事に孫策と周瑜は、袁術の配下に加わることができたのである。
「公瑾、これでいいんだな」
袁術の前を離れると、孫策が周瑜に耳打ちする。
「ああ。長沙では我らに実績がなかったから信を得られなかった。まずは袁術の元で力を示すことが第一だ」
孫家復興に向けた二人の戦いが始まるのだった。
曹操が新しい都として、許を選んだのは、袁紹の存在が大きかった。
現在、本拠地としている兗州濮陽は、袁紹の冀州から非常に近い。というより近すぎる。
万が一でも、強襲を受けてしまい、天子を強奪されるようなことがあっては、目も当てられないのだ。
袁紹から献帝陛下を地理的に引き離す狙いがあった。
許都が完成するまでに、まだ、しばらく時が必要なため、献帝陛下には、一旦、陳留郡平丘県に入っていただく。
曹操は相変わらず濮陽に府を構えていたが、その濮陽に袁紹からの書簡が届いた。
その内容を見た曹操は、思わず声を上げて笑ってしまう。
「いかがなされました?我が君」
普段の曹操にない行動だったため、荀彧は驚いたが、受け取った書簡の内容を見て納得するのだった。
「袁紹殿は、自ら墓穴を掘りましたな」
袁紹から曹操に送られてきた内容は、つい先日布告した人事の内容についてだった。
曹操を大将軍として、袁紹を序列が下となる太尉に任命したのだが、それに対する不満が延々と書かれており、正しき序列に戻せとある。
朝廷の権威を軽視して、天子奉戴を見送った男が、その朝廷に対して官職を求めてきたのだ。
やっていることに矛盾がある。
また、漢の重職を求めるということは、忠誠を誓うということを公言したようなものである。そのため、先ほどの荀彧の言となったのだ。
「官職など、私にとっては、さして重要なことではない。本初に大将軍を譲って、存分に働いてもらうとするか」
「それがよろしいかと存じます。それで殿は、どうなされるのですか?」
「そうだな。私は司空の職にでも就くことにする」
荀彧の手によって、早速、新しい人事の手配がされるのだった。
曹操が天子を迎え入れ、許都の完成が間近に迫った頃、濮陽に急報が入る。
南陽郡の袁術が、献帝陛下がいる平丘県を目指し、軍を起こしたのだ。
どうやら曹操と袁紹の外交を見た袁術が、天子奉戴の重要性を認識し、献帝陛下を手中に収めようと企んだ様子。
しかし、こういう輩が登場することも承知済みの曹操は、慌てることなく配下の者たちに下知を下した。
「まず、劉表に使いを出せ。うまくいけば、荊州から邪魔者を追い出せるとな」
それから、軍の編成に入った。
曹仁を第一陣の大将として、副将に最近、加入した徐晃をつけた。
第二陣は、曹操自ら率いる。
総勢、十万を超える大軍だった。
袁術は、平丘県の手前、封丘県を攻めとると、付近の匡亭に配下の劉詳を駐屯させ、曹操が封丘県、匡亭のどちらを攻めても、挟撃ができるように作戦を立てる。
第一陣の曹仁が、匡亭の劉詳を攻めると、袁術はうって出て曹仁の挟み込みにかかるが、曹操の第二陣、本隊が到着すると形勢が大きく曹操側に傾いた。
戦続きの曹操軍は、鍛えに鍛えぬかれており、青州黄巾党の精悍さには袁術軍はなす術なく打ち負かされたのである。
その中でも曹仁の活躍は凄まじく、一人で挙げた首級は百を数えた。
そして、袁術軍には更なる悲報が届く。
荊州の劉表が動き、南陽郡を攻め、袁術軍の兵站が断ち切られたのだ。
これでは、南陽郡まで退却するのもままならない。
「おのれ、劉表。火事場泥棒のような真似をしおって」
袁術は悔しがるが、この現実はどうにもならず、とりあえず封丘県まで退却することにした。
封丘県に何とか入ることができた袁術だったが、曹操の追撃は鋭く城が取囲まれそうになる。
包囲が完全に完成すると、この地での討ち死には確定だったため、袁術はその前に封丘県を捨てて南下し、襄邑県に逃げ込んだ。
これで、落ち着けるかと思った袁術だったが、曹操が追撃の手を緩めないため、兗州を越えて豫州の寧陵県にまで逃走する。
「ここまで来れば、曹操の奴も追ってきまい」
袁術は、水を一杯所望して口に含んだ。
その時、
「殿、曹操軍の軍旗が近づいてきています」
袁術は口の中の水をすべて吹き出してしまった。
「何と、しつこい男だ」
慌てて、寧陵県を抜け出すのだが、どうしたら曹操が諦めるのかまったく見当がつかない。
すると目的地もなく、ただ逃げていただけの袁術の目の前に河が広がった。
「よし、船に乗って逃げるぞ」
早速、配下の者たちに船を用意させると、袁術は乗り込み、川の流れに乗って揚州九江郡まで逃げ延びるのだった。
さすがの曹操も船に乗って、揚州まで行く気はおきず、追撃はここで終わる。
「まぁ、いいさ。本拠地を失ったのだ、しばらく大人しくしているだろう」
袁術は、何とか九死に一生を得るのだった。
曹操の追手を振り切った袁術は、揚州九江郡の陰陵県に辿り着くと、揚州刺史の陳瑀に使いを出した。
実は陳瑀が現在の地位にあるのは、袁術が揚州刺史に任命したからだった。
しかも陳瑀が着任するために、袁紹が任命した従兄弟の袁遺を、袁術は武力で追い払っている。
こちらは陳瑀のために血を流しているのだ。
袁術がその時の恩義を返してもらおうと思っても、ばちは当たらないはずだった。
ところが、陳瑀の返答はにべもない。
袁術への支援をあっさりと断ってきたのだ。
これには袁術も怒りをあらわにするが、ここで諍いを起こしても、結局、行くあてがない。
幸い、地元の豪族たちの支援は得られているため、時間を稼いで力を蓄えようと考えた。
そして、いずれ陳瑀を追い落とすと心に決める。
袁術は言葉巧みに陳瑀に対してへりくだり、攻撃だけはされないように仕向けると、じっくりと密かに力をつける。
次第に逃走劇で散り散りなっていた配下たちも集まりだし、陳瑀が気づいたときにはすでに一大勢力が出来上がっていた。
これに慌てた陳瑀は、弟の陳琮を使者に立てて和睦を申し出る。
しかし、立場が入れ替わったことを自覚している袁術の返答は、完全なる拒絶であった。
名門の血筋たる自分に頭を下げさせた代償は、きっちりと払ってもらう。
復讐に燃える袁術は、陳琮を捕らえると、そのまま、陳瑀の元へ軍をおし進めた。
陳瑀も対抗すべく軍を差し向けるが、地元の豪族たちのほとんどが袁術の方についてしまい、埋めることのできない戦力差ができていた。
戦闘開始してから、数刻の内に勝敗は決し、敗れた陳瑀は徐州・下邳国に逃亡するのだった。
邪魔者がいなくなり、晴れて揚州の主となった袁術は、悠々と寿春県に入る。
荊州南陽郡を失った袁術だったが、新たな地盤を揚州で獲得し、寿春県を中心に勢力を拡大していくのだった。
そんな袁術を訪れる若者が二人いた。
一人は眉が太く精悍な顔立ちで立派な体躯の青年。
もう一人は江南の地には珍しく色白で、一見、女性かと見間違うほど眉目秀麗な青年だった。
二人は謁見を許され、袁術と面会する。
相対した袁術は、二人の姿を見て、驚くのだった。
「孫策と周瑜ではないか。今まで、どこで何をしていた?」
数年前、孫策たちは、父の遺体とともに長沙に戻ったのだが、若い孫策が跡を継ぐことに地元の豪族たちが反発し、軍を維持していくことができなくなった。
仕方なく、同盟相手だった袁術を頼ったのだが、いつの間にか孫堅の兵は袁術軍に吸収され、孫堅子飼いの将たちも散り散りに配置されることになる。
孫堅軍の存在がなくなると、孫策は郷里に戻り、今まで喪に服していたのだった。
周瑜は、そんな孫策に付き従っていた。
袁術は、現在の孫策の境遇に同情しつつ、警戒もする。
それは孫堅軍を返してほしいと言い出すのではないかという心配があったからだ。
揚州寿春県の発展はこれからである。
今は兵力を割くことはできないのだ。
しかし、孫策から出たのは、袁術の心配とは関係なく、袁術に対する恭順の言葉だった。
「私は、まだ若輩浅学の未熟者です。どうか袁術さまのもとで修業をさせて下さい」
その言葉に袁術は、大層喜ぶと孫策をすぐに登用する。
無事に孫策と周瑜は、袁術の配下に加わることができたのである。
「公瑾、これでいいんだな」
袁術の前を離れると、孫策が周瑜に耳打ちする。
「ああ。長沙では我らに実績がなかったから信を得られなかった。まずは袁術の元で力を示すことが第一だ」
孫家復興に向けた二人の戦いが始まるのだった。
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