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第13章 飛将黄昏編

第74話 呂布の最後

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固く閉じていた下邳城の門が、突然、開く。
すると、呂布率いる騎馬隊が、疾風のごとく曹操軍、めがけて突進してくるのだった。

付き従う将は、張遼と高順のみだが、呂布軍きっての名将、二人。
戦力としては十分だった。

寒さに凍え、おそらく、まともな食事もとっていないはずだが、呂布軍、特に呂布の活躍は凄まじく、並み居る将兵どもを次々と薙ぎ払っていく。
夏侯惇、夏侯淵は馬上から落とされ、許褚ですら一蹴されてしまった。

「目指すは、曹操の首だけだ」
倒した将にとどめは刺さずに、ただただ、前進していくため、『帥』の旗ある曹操のところまで、あっという間に目前へと迫る。

その時、呂布の目には『劉』の旗が飛び込んできた。
「悪いが、ここから先は通さねぇぞ」
呂布に立ちふさがるのは、やはり張飛だった。

「お前か、張飛。先日の借りを返させてもらうぞ」
「何、言ってやがる。俺の方が圧倒的に借りが多いんだ。十倍にして返す」
これで、五度目となる張飛と呂布の対決が始まった。

その傍らでは、関羽と張遼、陳到と高順の一騎打ちが行われる。
高順の相手として、陳到では厳しいのではと危ぶまれたが、関羽と張飛の二人が太鼓判を押すので、劉備は大役を任せた。

「敵陣を必ず陥落させるという腕前、敬服いたします。お手合わせお願いいたします」
「おお、我が殿の一撃を二度も防いだ小僧か。相手になってやるわ」

陳到の強みは、洗練された基本の動作。どんな相手にも対応ができたことだった。
関羽や張飛のような、他者を圧倒する強さではなく、相手の動きに合わせて隙をつく戦法で、趙雲のような神速はないものの、動きを読むことには長けている。

いかに高順とはいえ、受けに回った陳到を簡単に崩すことができなかった。
そして、打ち合いの末、僅かに高順の薙刀が乱れたところを、陳到の槍が鋭く伸びる。
高順の胸を深く貫くのだった。

「小僧、見事だ」
敗れた高順は、素直に陳到を褒めたたえる。

もともと、今回の戦で死を覚悟していた高順は、目を閉じると、これまで呂布とともに歩んできた軍旅の日々を思い起こす。

『まぁ、悪い人生ではなかったわ』
高順は、心の中でそう回顧すると、ゆっくりと馬から落ちていった。


高順が倒される。
しかし、近くにいた張遼に動揺はなく、むしろその死に様を羨ましくさえ思った。

というのも、高順と同じく、張遼もこの出撃で死ぬことを覚悟しており、戦場で好敵手と出会い散る。
見本のような高順の武芸者としての死に方に、本望ではないかと思ってしまうのだ。

そんな張遼の胸懐を感じ取った関羽は、今までよりも強烈な一撃をくらわす。
何とか受けきる張遼だったが、数歩、後ろに後退するのだった。

「張遼よ、死人しびとと武を競い合ってもつまらないぞ。」
関羽は生きる活力こそ、武芸の源。

戦場では死を覚悟することはあっても、望んではいけないと説いた。
もし、本当に死を望むのであれば、潔く自害せよと。

「貴方の手で、私を屠ってはくれないのですか?」
「私が討つのは、勇気をもって向かって来た者のみ。今の貴公はどうだろうか?」

関羽の目は、今の張遼に価値はないと言っている。
自分が目指したのは最強の武。
主君、呂布と同じく、それを体現する関羽を前にして、何をしているのか・・・

張遼は目が覚めると、お返しとばかりに渾身の一撃を関羽に見舞った。
それを受け止めた関羽が、ニヤリと笑う。

「それでこそ、張遼文遠だ」
「関羽殿。この一騎打ちでともに武の極みまで、到達しましょうぞ」
「よかろう」
関羽と張遼の一騎打ちは、激しさを増して、まだまだ続くのだった。


一方、張飛と呂布の一騎打ちだが、こちらは既に百合を数える打ち合いを繰り広げているが、勝負がつかない。
張飛が成長し、強くなっていても、やはり呂布は呂布。
気の迷いさえなければ、後れを取ることはなかった。

「やっぱり、てめぇは俺が出会った漢の中でも、とびきりの強さだな」
「それは、貴様とて同じことよ」
張飛は呂布に対して、父親を殺された憎しみはもちろんあったが、それとは別に武に生きる人間として、認める部分が確かにあった。

ここまで、自分の全てを受け止めることができる相手は、もう出会うことはないだろうとさえ思う。
それは、呂布も同じか、二人は口元に笑みを浮かべながら凄絶な闘いを続けていた。

二百合、三百合を越えても勝負がつかず、周りの者たちは、戦の手を止めて、この一騎打ちに、つい見惚れてしまう。
この決着の行方は誰にも分からなかった。
打ち合うこと五百合を過ぎ、千合を数えたとき、呂布の手が、突然、止まる。

「どうした?疲れたのか?」
「いや、張飛。お前との戦いは、この後、例え百年続けても勝負がつかないことが分かった」
「だから、なんだ?」

張飛は寒気の中、汗によって全身から蒸気のような湯気を纏っていた。
その汗を拭いながら、前を見ると晴れ晴れとした顔の呂布がいる。

「お前のおかけで、この数か月、溜まっていた憂さが晴れたわ」
「おい、何がいいたい?」
呂布は、張飛を無視すると、曹操に向かって大声を張り上げる。

「曹操よ、目の前にいる最強の漢でも、この呂布を殺すことができない。では、どう決着をつける?」
呂布の呼びかけに、曹操が応じた。

「戦場で殺せなくても、君を捕らえて、処断すればいいだけだ」
「捕らえる?猛虎を縛り付けられる鎖など、この世に存在しないぞ」

確かに呂布を捕らえることができたとしても、拘束し続けるのは至難の技かもしれない。
手首、腕、足首、腿など各部位ごとに縛りつけることができれば動きを止めることができるかもしれないが、一体、何人で取り押さえれば可能になるのだろうか。

「それでは、この呂布さまから、一つ提案してやる。呂布奉先を殺せるのは、呂布奉先のみだ」
「おい、まさか・・・」
張飛は嫌な予感に見舞われた。

呂布は、方天画戟を捨てると腰の剣から抜き身を手にとる。
そして、そのまま、白刃を自身の首に当てた。

「張飛よ、親父さんのことはすまなかったな」
「そんなことは、とっくに消化しちまっている。それより、おい、ふざけるなよ」

張飛が、呂布の行為を止めるために近づこうとするが、赤兎馬がそれを許さない。
前脚を高く上げると、張飛を寄せ付けず、その後、後方に飛び去って、距離を開けた。

「張飛、お前は俺が認める唯一無二の漢だ。この先、誰にも負けることは許さんからな」
「俺がてめぇ以外の、誰に負けることがあるって言うんだよ」
「よし、誓ったからな。・・・最後の相手が、お前でよかった」

そう言うと剣を横に一閃。血飛沫が派手に舞った。
呂布は、常人離れした膂力をもって、何と自身の首を切り落としたのだった。

張飛が慌てて、呂布の首が地面に落ちる前に大事に抱え込む。
「てめぇ、冗談じゃねぇぞ。・・・勝ち逃げしやがって」
物言わなくなった呂布の顔に雫が落ちた。
その顔は悔しいほどに、満足した笑みをたたえている。

「うおおおおお」
張飛からだけではなく、戦場には無数の叫び声がこだまするのだった。


下邳城の外で戦後処理が行われた。
城から投降した者たちは、捕らえられてはいるが、ほとんどの者が許されるとのこと。

最後まで抵抗した張遼についてだが、関羽からの嘆願もあり、こちらも許される見込みだった。
今は、思うところがあるのだろう。
張遼は口数少なく、関羽に感謝を述べると、後は黙ったままでいる。

そして、最後に陳宮が曹操の前に引っ立てられた。
「陳宮よ、久しいな」
「白々しい挨拶は抜きにしていただきたい」

かつては手を取り合い、董卓の追手から逃れた二人だったが、今は明確に立場が違っている。
しかし、そんな昔のことなど、語られても陳宮にとっては、迷惑なこと。

「どうして、このような仕儀となった?」
「それは・・・」

陳宮は、呂布がことごとく、自分の策を取らなかったからだと叫びたい衝動を、何とか抑えた。
死者に鞭打つ真似などできはしない。

「言っても仕方がない。の曹操殿なら、お分かりかと」
『同族』

その言葉を使う意味を曹操は理解する。
「分かった。我らは相容れないということだな」
「ご明察通り」

多くの投降兵が許される中、陳宮の処刑が静かに執り行われた。
戦乱の世を駆け抜けた呂布。その勢力が、ここに潰えたのだった。
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