矛先を折る!【完結】

おーぷにんぐ☆あうと

文字の大きさ
76 / 198
第14章 玉璽奪還編

第76話 劉皇叔と密書

しおりを挟む
下邳城における呂布との決戦を制した曹操は、劉備を伴って、許都に戻った。
許都に着くと、すぐに献帝に呂布討伐の報告がなされたが、そこに劉備も同席することになる。

献帝は、二人の労をねぎらうと、初参殿の劉備に話しかけた。
献帝が即位する前、陳留王と呼ばれていたころに劉備は、一度、会っている。献帝もその時のことを覚えていたのだ。

当時のことを振り返ると、董卓に霊帝と一緒に連れ去られそうだったところを、二人で芝居を打って、回避しようと試みたのだが、結局、失敗に終わるということがあった。

献帝は今だからこそ、笑って話せると前置きした後、あの時、自分の機転によく気づき、話を合わせてくれたと、改めて劉備に感謝の言葉を伝える。

この場で劉備の出自、祖先の系譜に関しての検証も行われると、正式に皇室に連なると認められた。献帝からは、『皇叔こうしゅく』を名乗ることを許される。
官位も授かり、左将軍へと昇進するのだった。

「そういえば、あの時の玉帯はいかがした?」
「畏れ多いことでございますが、こちらの曹司空と協力して、反董卓連合の表徴とさせていただきました」

玉帯にそのような使い方があるとは。
面白そうな話であったため、献帝は詳しい内容を劉備から聞き出す。

全て聞いた献帝は、感嘆するのだった。
「なんと素晴らしい発想。さすがは曹司空と劉皇叔だな」
劉備と併せて、曹操もお褒めにあずかり、二人は献帝の前で平伏した。

「このような英雄が、朕の近くに二人もいてくれるのであれば、漢の世も安泰である」
立ち並ぶ、近臣から、「左様でございますな」という、同意と賛辞が送られる。
「それでは、代わりの玉帯を下賜する。後で誰か遣わせよ」
「承知いたしました」

献帝の指示に外戚となった董承とうしょうが返事をした。
そして、別れの口上を述べて、曹操と劉備は、献帝の前を辞するのだった。


「大した出世だな、劉皇叔」
「憲和みたいな、言い方は止めてくれ」
謁見の帰り、曹操が劉備に話しかけてきた。今後の劉備の身の振り方を含め、この後、話し合いを行う予定があったのだ。

「・・・いや、止めていただきたく存じ上げます。・・・か」
曹操の勢力下、同じく漢の官位をいただくものとして、三公の曹操と左将軍の劉備では、明らかに身分の差がある。
言葉使いも今まで通りとはいかないだろう。

「今さら、気にすることではない。本当であれば、もっと以前から改めるべきことだ」
その言葉通り、最初に会ったとき、すでに曹操は漢の将校、劉備は義勇兵の頭。
身分の差は、その時からできていた。

だから、初対面で夏侯惇が劉備に対して、激高したのである。
「俺も舌を噛みそうだ。そう言ってくれると助かる」

司空府に着くと、二人は早速、本題に入った。
曹操側からは、他に荀彧と郭嘉、劉備側からは簡雍と孫乾が同席する。

「東の脅威がなくなった今、いよいよ本初との対決が視野に入ってきた」
呂布討伐に出た際も予想通り、張繡は動かなかった。張繡は、自分に降りかかる火の粉だけを払うと考えていいだろう。
東、西、南と対策を打ってきたので、いよいよ北の番となる。

「その前に一つ確認ですが、袁術さんと袁紹さんが手を組むことはありませんか?」
対袁紹について、議論を始めようとしたとき、簡雍が問題を投げかけた。

それには曹操陣営が唸り声をあげる。
袁術は、曹操が揚州まで追いやると、その後、しぶとく自力で勢力を伸ばしていたが、頼りの孫策に離反されていた。

また、最近では同盟相手にも等しい呂布が滅びたばかり。
自然淘汰されていくとばかり思ってい込んでいたが、確かに袁紹と結ばれると、多少、厄介な相手になる。

袁紹と袁術は、犬猿の仲であるため、その選択肢は無意識に頭の中から消えていたのだが、簡雍の指摘は、まさに正鵠せいこくを射たものだった。

「言われてみると、確かにそうだ。勢力こそ弱いが、影響力だけは大きいからな」
今は袁紹について語る前に、まだ足場固めの段階にあるようだ。
議題を対袁紹から、対袁術に切り替えることになる。

「袁術の勢力は、揚州の九江郡と廬江郡のみで、北に我ら、南東に孫策、西に劉表と四方を敵に囲まれた状態と言っていいしょう」
荀彧が地図を用意させて、袁術の状況を説明した。
普通に考えて、よくこんな状況で建国をうたったものだと、逆に感心する。

「孫策・・・文台の息子か。袁術とは完全に切れているってことでいいのかな?」
「以前、袁術討伐の詔勅を出した際には応じる返答があったのですが、結局、理由をつけて、討伐には参加していません。確認をとる必要はあるかもしれませんね」
劉備の疑問に荀彧が答えた。敵味方の区別だけは、最初にはっきりとしておきたい。

「孫策に討逆将軍の官位を与えよう」
討逆とは、つまり逆賊を討つことであり、漢の逆賊とは偽帝・袁術他ならない。
その官位を受けるか受けないかで、孫策の動向を確認しようとするのだった。

朝廷の権限を自由にできる曹操ならではの確認方法である。
四方を敵で囲み、まずは包囲網を確立する。
袁術への対策が、ほぼ定まった。

そして、劉備には小沛へ向かう指示が出る。
徐州は曹操の領土になったばかり、政情定まらない隙をついて、袁術がそちらに侵攻した場合の防波堤の役割を受けたのだ。

「分かった。準備ができ次第、小沛に向かうよ」
方針も決まり、話し合いが終わる。

劉備たちが部屋から立ち去ると、郭嘉が警鐘を鳴らした。
「劉備が大人しく我らの傘下に収まるとは思えません。小沛に放つのは危険ではありませんか?」
「それは分かっているさ。しかし、都に置いておいて、下手に献帝とつながりを持たれるのも好ましくない」

曹操としては、劉備が朝廷内に影響力を持つ方が厄介だと考えたのだ。小沛に向かわせる際には、監視もつけるということで、とりあえず郭嘉は納得するのだった。


曹操が危惧する通り、早速、劉備に接触を図る朝廷勢力がいた。
それは自分の娘を献帝の側室とした董承である。

董承は、献帝の指示に従い、劉備に玉帯を渡す準備をするのだが、その玉帯の装飾の中に密書を忍ばせる細工を施した。
劉備は、遣わされてきた使者の意味ありげな行動に、うんざりしながら、その玉帯を受け取る。

「さて、何が入っているのかね」
劉備は、関羽、張飛、簡雍の前で、装飾を外すと予想通り密書が出てきた。
その中身は、曹操が朝廷の権威を笠に着て、献帝をないがしろにしている。ともに曹操を討とうということが書かれていた。

「とんでもないものをよこして来ましたね」
「まったく、人の都合や迷惑を顧みないとは、このことだな」

朝廷の権威を笠に着るとあるが、朝廷も曹操の軍事力をあてにしているのだ。
持ちつ持たれつの関係を考えれば、仕方のないことだろう。

それと、献帝をないがしろにしているという点も、少なくとも本日、謁見した限りでは、そのようには劉備には見えなかった。
最近では、献帝の願いで張繡の討伐にも曹操は出ている。

本当にないがしろにしているのでれば、曹操は受けなかったはずだ。
とすれば、これは単なる朝廷内の権力争いに劉備を巻き込もうとする、そんな董承の思惑が入り込んでいるように思えた。

しかし、この密書には大きな問題がある。
「これって、私たちだけじゃなくて、献帝陛下も巻き込んでいますよね」
事の真偽は分からないが、献帝から曹操誅殺の密勅があることも匂わせているのだ。

それに、玉帯を劉備に下賜することは曹操も知っている。その玉帯に密書なんか入っていれば、当然、献帝の指示があったと考えられてもおかしくない。
このまま単純に、曹操に報告すると、その累が献帝にまで及ぶ可能性があるのだ。

「おいおい、勘弁してくれよ」
「長兄、どうされますか?」

どうするも何も、関わらないのが一番だ。
献帝陛下から、直に頼まれたのなら、話は別だが・・・

「こんなもの、とっとと燃やしちまおう」
下手に残して、見つかったら、後々、面倒になる。
劉備はすぐに証拠隠滅を図った。

これは、劉皇叔と呼ばれて浮かれている場合ではないと、本気で思う出来事だった。
朝廷内の陰謀詐術は、性に合わないし興味もない。
早く小沛に向かった方がいいと考えた劉備は、その準備を急がせるのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。 現在1945年中盤まで執筆

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...