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第14章 玉璽奪還編

第79話 劉勲の幸運

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袁術が亡くなり、その棺を守りながらさまよう袁胤は、途方に暮れた。
曹操の兵に見つかることだけは避けなければならず、そうなると北に向かうと言う選択肢はなくなる。
ここで、西へ行くべきか東に行くべきか、判断に窮した。

長史の楊弘ようこう張勲ちょうくんは、孫策と旧交があったことから東へ行くべきだと主張するが、その提案には素直に頷けない。
袁術が生前、孫策に行った仕打ちを考えると、棺を持って向かっても、受け入れてくれないのではないかと感じたためだ。

それならば、孫策との約束を反故にしてまで廬江太守に任命した劉勲りゅうくんの方が、快く迎え入れてくれる可能性が高いと思われる。

ここで、旧袁術軍は二つに分かれることになった。
それは、東の呉県に向かう楊弘、張勲と西の皖城かんじょうに向かう袁胤である。

孫策に対する将来性を期待したのか、東に向かう楊弘たちに付き従う兵が多く、袁胤たちには閻象の他、袁術の長子・袁燿えんようなど一族と僅かの兵のみだった。
自然と物資の分配も東の方が多い。

しかし、袁燿は気にもとめず、「今まで、よく父について来てくれた。そのお礼である」と、気前よく渡した。
その様子に、もう少し早く代替わりしていれば、違った結末があっただろうにと、閻象は思うのだった。

お互いの旅の無事を祈り合い別れる。
距離的には皖城の方が近く、一日半ほどで無事に着くことができた。城内に入ると袁燿たちは長旅の疲れを癒す。

城主の劉勲も手厚く迎え入れてくれたので、袁燿と袁胤は、すっかり安心していたのだ。
疲れから、袁燿はまぶたが重くなり眠りかける。そこに、血相を変えた劉勲が部屋に飛び込んで来た。

「袁術さまの残した遺産が、あれだけということはないでしょう。どこに隠された?」
「隠したとは心外な。残りは、別れた楊弘らに与えたのだ」
袁燿がそう答えると、劉勲は苦虫を嚙み潰したような顔になる。
口調も刺々しいものに変わった。

「それで、奴らはどこに?」
「孫策殿を頼って、呉県に向かった」

呉県と聞いて、色々、劉勲なりに計算しているようだ。
日数的に、まだ、着いていないだろう。
そんな劉勲の様子に袁燿は不安を覚えた。

「待て、一体、何を考えている」
「若さま、私の庇護を受けたいのであれば、これ以上は口出しをなさいませぬように」
劉勲は、それだけ告げると、そそくさと部屋を出る。楊弘たちを追いかけるために馬を飛ばすのだった。

袁燿は袁胤と顔を見合わせ、劉勲を頼ったのは失敗であったかと、後悔するが、今さら、悔やんでも仕方がない。
ただ、楊弘たちの無事を祈るのだった。

しかし、その袁燿の祈りは通じず、劉勲の軍に追いつかれると楊弘、張勲の首は刎ねられ、兵たちは捕虜として劉勲に吸収されるのだった。
運んでいた、珍品、宝石を手に入れると、劉勲は満足した笑みを浮かべる。

「これだけの財宝を集めるとは、やはり腐っても袁家か」
山積みの荷車を引いて、皖城に凱旋するのだった。


袁術の兵を吸収し財宝を手に入れることができた劉勲は、一気に運が向くことになった。
揚州一帯を根城としていた荒くれ者の集団、それをまとめ上げていた鄭宝ていほうの兵を吸収するという幸運を手にする。

ことのあらましは、袁術が亡くなったことを確認した曹操が、揚州の状況を把握するために朝廷の使節団という肩書で、揚州の名士・劉曄を江南に送ったことから始まった。

揚州に着くと劉曄は、孫策が想像以上に勢力を伸ばしていることに驚き、旧交があった許貢に手紙を送る。

許貢から、間もなく返事が来ると、そこには、孫策の評価が書かれていた。
『孫策は、武勇に長けた英傑で、漢楚の争いで天下に名を馳せた項羽と似ています。ぜひとも恩寵を与え、許都に召還するが吉と思われます。もし、召還せずに地方においておけば、必ず災いを招くでしょう』

読み終わった劉曄は、すぐに上奏しなければと準備にとりかかるのだが、そこにお目通り願いたいという人物が現れる。
それが、鄭宝だった。

鄭宝はゴロツキのような男とはいえ、一万に近い人数をまとめる江南地方の顔役。
あまり無下に扱うと、どのような行動を起こすか分からなかったため、仕方なく劉曄は面会に応じる。

どうやら、中央への立身を願って、朝廷の使者に会いにきたようだが、話してみると、やはり碌でもない男だとすぐに看破した。
こんな男の後見人になど、なりたくない劉曄は、何とか追い返そうとするが、しつこく居座る態度には呆れるしかない。

折れた劉曄は、孫策のことをしたためた上奏を都に届けることが出来たら、推薦の件を考えるといって、何とか追い返すのだった。
もちろん、それしきのお使いなどできて当たり前。
推薦を考えると言ったのは、方便だった。

ところが、上奏文を持った鄭宝の部下が、あろうことか孫策の手の者に捕まるという、大失態をおかす。
これに激怒した劉曄は、すぐに鄭宝を呼びつけて、その首を刎ねるのだった。
そして、首領をなくした鄭宝の部下たち、一万人の処置について、考え抜いた挙句、劉勲に預けることにする。

江南気質の荒くれ者をいきなり都に引き連れていくことはできないための、劉曄の苦肉の策だった。
いずれ劉勲を曹操陣営に取り込むと考えれば、その布石としては十分とも思えたのだ。

劉勲は、袁術の敗残兵と鄭宝の兵を合わせると、総兵力が十万を越えることになり、江南地区で一気に一大勢力へと、のし上がる。

しかし、兵力が増えることは、いいことばかりではなく、悪いこともあった。
その兵を養っていくだけの蓄え、食糧がないのである。
幸い、袁術の残した財宝があるため、金品の心配はないため、どこかから兵糧を買い求めることを考えた。

「この近辺で交渉できるとすれば豫章郡の華歆かきん殿くらいでしょう」
豫章郡は以前、孫策に丹楊郡を追われた劉繇が治めていたのだが、病のため亡くなっていた。
代わりに劉繇の家臣たちに推されて華歆が太守を務めていたのだ。

袁術が四方、敵に囲まれていたとき、華歆だけが唯一、中立を宣言していたため、閻象は交渉の余地ありと劉勲に提案したのである。
他に選択肢がなく、華歆が信用できる人物との評判もあったため、劉勲は従弟の劉偕りゅうかいを使者に立て、豫章郡へと向かわせるのだった。


呉郡呉県で劉曄の上奏文を入手した孫策は、その内容を読むとすぐに許貢を呼び出した。
許貢に、その上奏文を見せるが、自分はあずかり知らぬとの一点張りだったため、もう一つの証拠を突きつける。
それは許貢に宛てた劉曄の手紙だった。

「これをどこで?」
「お前を呼び出した後、入れ違いで屋敷の中を検めさせてもらった」
その手紙が質問だとすれば、上奏文はその回答。
二つは対となり、合致する以上、抗弁はもう無理だった。

「まだ、しらを切るか?」
「いや、私は真実を書いたのみ。このままでは、江東、江南の人々は、孫策という暴君に扇動され、戦禍に巻き込まれるは必定。それを防ぎたかっただけのこと」
開き直った許貢は、自分の正当性を訴える。

しかし、孫策は鼻からまともに相手をするつもりはなかった。
「理由は、どうでもいい。認めた以上、お前を処断させてもらう」
孫策は、いいわけを一切認めず、翌日、許貢の首を市中にさらすのだった。

許貢を討った後、その一族の処遇を決めかねていたとき、事件が起きる。
上奏文を孫策の手の者に奪われ、許貢が処刑される理由を作ってしまった、鄭宝の配下三人が、軟禁されていた許貢の息子を救出し、会稽郡の山奥に逃げ込んでしまったのだ。

その三人にしてみれば、せめてもの罪滅ぼしといったところなのだろう。
その後、孫策らが行方を捜索しても、結局、見つけ出すことができなかった。

不穏は火種を地に潜伏させてしまうことになったが、今さら、どうしょうもない。
逃げた許貢の息子たち、少人数ではできることも限られるだろうと、孫策は仕方なく放置することにした。

それより、今は急速に兵力を拡大した劉勲への対策の方が優先すべき重要事項だったのだ。
和を結ぶべきか、対抗するべきか。
その会議などで日が経っていくうちに、いつしか許貢の息子のことなどすっかり忘れてしまう。
この時点では、孫策に不吉な影が、忍び寄っているとは思いもしなかったのだった。
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