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第17章 名門衰亡編

第99話 州都、陥落す

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曹操軍が北上し、黄河を渡る。
その情報を掴んだ袁尚は、直ちに鄴の防御を固めた。
「これは兄弟で争っている場合ではない」

袁尚は、審配に兄袁譚を説得するよう指示する。
しかし、袁譚は、すでに曹操に降伏しているため、応じるわけがなかった。

袁家の危機に協力しようとしない兄を、一方的に袁尚はなじるが、つい前までは平原を取囲んで、滅ぼそうとした自身の行為を、すっかり忘れているようだった。
袁尚は怒りに任せて、曹操軍が迫っている状況だというのに袁譚を討つため、再び、平原へと向かう。

考え方が甘く軽率な面がある袁尚は、御曹司としての悪い面が目立つ。
そんな袁尚を心許ないと考えたのか、先の対袁譚戦では、大いに活躍した呂曠りょこう呂翔りょしょうの兄弟が曹操に寝返ってしまった。

また造反は続き、鄴を守る将の一人、蘇由そゆうという男が、袁尚の留守をいいことに鄴城内で、曹操への内応を企てる。
事はすぐに露見し、審配との市街戦を展開した挙句、蘇由は曹操の元に逃げ込んだ。

裏切りの連鎖は止まらず、今度は、審配の配下の馮礼ふうれいが城門を開放して、曹操軍の兵士、三百人余りを城内に引き入れる。
これも審配が察知し、城郭の上から大石を落とすことで曹操の兵士を全滅させた。
当然、馮礼の首も刎ねられるのだった。

大事に至らないうちに、何とか審配が防いではいるものの、こうなると、誰が裏切るか分からない疑心暗鬼の中、鄴の防衛戦が続く。

鄴を一人で支えていると言っていい、審配が部下の引き締めを行い、城内の安定を図った。
審配の鄴における求心力が発揮され、以降は危なげない籠城戦となる。

結果、曹操も鄴は簡単に落ちないと判断し、周囲の支城から攻めていく方針に切り替えた。
まず、手始めに鄴への糧道を断とうと、并州上党郡から送られてきている兵糧の中継先である毛城もうじょうを、曹操自ら攻める。

守る将は、尹楷いんかいだったが、曹操率いる精鋭には勝てるわけがなく、あっさり許褚に首を刎ねられた。

続いて、鄴の北に位置する邯鄲かんたんを張遼が攻める。
この城を守っているのは沮授の息子の沮鵠そこくだった。
沮授を味方に引き入れることができなった曹操は、息子だけでも助けたいと考えていたが、沮鵠は降伏に応じない。

「父が忠節を守ったというのに、その子が裏切り者の汚名を被るわけにはいかない」
その言、もっともと思った張遼は、沮鵠を一騎打ちの末に破る。

邯鄲が落ちると隣、易陽えきようの城主韓範かんはんは、曹操に恭順の意を示した。
ところがいつまで経っても城門が開かぬことに業を煮やした曹操は、徐晃を派遣する。
徐晃の軍に囲まれた韓範は青ざめて、自身の優柔不断を後悔するが、時すでに遅し。
この期に及んでは、玉砕しかないと諦めて、戦いに臨んだ。

そんな韓範に対して、徐晃は文を送って説得を試みる。
易陽を落とすことなど徐晃にとって容易いことだが、攻略しなければならない城は、まだ、山ほどある。

ここで容赦の心を天下に示すことで、今後、無用の争いを避けることができるかもしれず、城一つ取るより、そちらの方が重要だと考えたのだ。

それには曹操も同調し、韓範を赦すことを伝える。
韓範は、命を救ってくれた徐晃に感謝し、曹操への絶対の忠誠を誓った。
すると、渉県しょうけんの城主、梁岐りょうきも降伏を申し出る。
その降伏を受け入れると曹操は、徐晃の慧眼をますます喜ぶのだった。


鄴の支城が次々と落とされる中、袁尚の留守を預かる審配が心の支えとなり、城内の兵を鼓舞する。
見回りをしている中、東門の警備を任せている兄の子審栄しんえいと出会った。

「叔父上、曹操が鄴の周りを堀で囲おうとしております」
「何?」

城郭に上り審配が確認すると、確かに鄴の周りを一周するように溝が掘られている。
しかし、その幅は狭く深さも浅いように見える。
あれでは、乗り越えるのも容易で、障害物といえる代物ではない。

「意味のないことに労をかける。あれでは、わざわざ妨害することもあるまい」
曹操軍の行動に不安を持っていた審栄は、叔父の言葉に安心するのだった。

ところが曹操は一晩のうちに、一気に掘り進め、夜が明けると、堀は深さ幅ともに二丈に達した。
近くを通る漳水しょうすいという河の水を引き込むと、鄴を完全に孤立させることに成功する。
すでに糧道も断たれているため、次第に城内の食糧は不足し、餓死者も出始めるのだった。


鄴の危機を知った袁尚は、平原攻略を断念する。兵を返して、鄴の救援に向かうのだった。
兵の造反と兵糧攻めの状況を知ると、袁尚の到着前に鄴が陥落するのではないかと心配になる。

そのことを主簿の李孚りふに相談すると、審配に使いを出して援軍に向かっていることを知らせればよいと、教えられた。
その案に手を叩いて、喜んだ袁尚だったが、使いの者の選定に悩む。

曹操軍に囲みを突破して、鄴城内に入るのは、当然危険を伴うからだ。
すると、発案者の李孚が、自ら使者に名乗り出る。

「大丈夫か?」
「頭を使って、何とかいたします」
李孚は文官であり、剛の者ではない。任務遂行は難しいのではと思われたが、袁尚は李孚の機転にかけることにした。

李孚は三人の供を連れて、鄴に向かうと、曹操の都督に扮装して軍の中に紛れ込む。
何食わぬ顔で囲みを通過すると、そのまま鄴の城内に入って行くのだった。
一瞬、呆気にとられた後、敵の間者だったと気づいて、曹操軍は騒然となるが、もはや手遅れである。

そのことを伝え聞いた曹操は、敵ながら見事だと感心するのだった。
そして、「その男は、出る時も何か奇策を用意するはずだ。興味があるから、変わったことがあれば、伝えよ」と、見張りの者に指示を出す。

鄴城内で、李孚を出迎えた審配も、その機知を褒めたたえる。また、袁尚が近くに来ていると聞いて、勇気をもらうのだった。
李孚は、更に鄴城内の食糧を節約するために、戦の役に立たない老人や子供に白旗を持たせて降伏させるよう提案する。

審配は、その妙案に飛びついて、早速、実行するのだった。
夜に鄴の門が開かれて、数千の老人、子供が曹操軍に降伏すると、その人の群れに紛れて、李孚は脱出する。

翌日、鄴の民の降伏を受け入れたことを曹操が知ると、李孚が鄴から脱出したとを瞬間的に悟った。

「見事にしてやられたが、どうせ、袁尚が救援に来ていることを知らせたのだろう。その程度の情報が漏れたところで、大したことはない」
そのことより、袁尚が東から来るか北から来るかに着目せよと伝える。

その真意を諸将が尋ねると、
「それで、袁尚の覚悟のほどが分かる。東から現れれば、袁譚との挟撃を恐れずに、玉砕も辞さず鄴を守りにきたことになる。しかし、北から現れれば退路を確保してのこと。恐れることはない」と、話した。

その説明に諸将が納得したところで、物見から袁尚軍が近づいている報告が入る。
「袁尚は、北の邯鄲方向から進軍して来ます」
「ならば、勝負は決した」

曹操は、寡兵が大軍を破るには将の覚悟が必要だと、官渡の戦いで身をもって知った。
今回は、曹操軍の方が大軍なのである。
袁尚の覚悟の足りなさに勝利を確信するのだった。

曹操軍と袁尚軍、戦うにつれ、曹操の確信は現実のものとなる。
劣勢にたまらず、将の馬延ばえん張顗ちょうぎが曹操に降伏してしまうのだった。
そのことがきっかけとなり、袁尚軍は総崩れ、冀州の中山まで退却していく。

その様子を見た鄴を守る者たちは、溜息を漏らすのだった。
何とか審配一人が気を吐くが、ついてくる者は少ない。
審配は勇気を振り絞り、望楼に立つと城内の兵に呼びかけた。

「袁尚さまが北へ向かったのは、袁煕さまの軍と合流するためである。今こそ、先代の袁紹さまのご恩に応える時、心を一つにするのだ」
しかし、その言葉は無駄となり、鄴城内に曹操軍が侵入するのを望楼で確認する。

誰かが裏切って、城門を開いたのだろう。
審配は、急いで望楼を降りると、手勢を率いて、侵入してきた曹操軍を押し返そうとした。

「まだ、鄴が落ちたわけではない。最後まで戦うぞ」
その決意は虚しく、兵糧不足で疲弊した兵では、曹操軍の相手にならない。
間もなく、審配が捕縛されると、鄴は曹操の手に落ちた。
それは、袁紹が亡くなってから、二年後の出来事だった。
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