矛先を折る!【完結】

おーぷにんぐ☆あうと

文字の大きさ
132 / 198
第22章 赤壁大戦編

第132話 役者の集結

しおりを挟む
樊口に軍を動かした周瑜の元に、約束通り劉備が関羽を伴って訪れた。
出迎えには、顔なじみの程普、黄蓋、韓当の姿もあったが、その他、呂蒙、甘寧、淩統など初めて会う武将などもおり、物々しさに包まれている。

「お初にお目にかかる。俺が劉備玄徳だ」
「こちらこそ。今回、総司令を拝命しました周瑜公瑾です」

劉備は、美周郎びしゅうろうとも称される青年を眺めた。
異名は伊達ではなく、整った顔立ちに才気が溢れんばかりに漲っている。

「孔明から、相当な知者だと聞いている。今回も曹操をやっつけるための計略を用意しているんだろう。それで、兵力はどれほど用意したのだろうか?」
「三万ほどです」

たった三万で曹操の大軍に勝とうというのか?
一瞬、少なさに驚くが、よく考えれば諸葛亮もこの軍事行動を理解した上で、劉備の参戦を指示している。
勝算は十分に立っているはずだ。

「劉備殿は、我らが曹操軍を撃ち破った後、敗走する曹操軍に打撃を加えていただければ、それで結構です」
「そいつは、頼もしいな」

劉備が用意している一万もあてにはしていないということは、相当自信があるのだろう。
ただ、その鋭気があまりにも鋭すぎる印象も受けた。

切れすぎる刃は、時には自身も傷つけることがある。
周瑜の才能は、そんな危うさと表裏一体なのではないかと劉備は感じるのだった。

「我らは、更に陣を西に進めて、最終的に陸口に本陣を構えます」
「それで、俺たちはおかの上で、水上決戦の結果を待っていればいいと」
「ええ。それでお願いいたします」

打合せすべきことは終えたとばかりに、周瑜は立ち上がろうとするが、劉備としては、絶対確認しておかなければならないことが一つだけある。
「それで、うちの孔明と憲和は、いつこちらに戻るのかな?」

その問いに周瑜が詰まった。今まで見せたことがない反応に劉備が訝しむ。
そもそも主君が来ているのに、会せようともしない態度は、常軌を逸しているとしか思えなかった。

「諸葛亮殿の慧眼、私はいたく感服しております。引き続き、お借りして曹操打倒へのご助力をいただきたいのですが、よろしいか?」
あくまでも、まだ、返さないという意思は分かった。
ここで、揉めたところでどうにもならないのだろう。劉備は、不承不承ながらも認めるのだった。

劉備が関羽とともに夏口に戻ろうとすると、地元の漁師らしき男が近づいて来る。
関羽は刺客と思い込み、冷艶鋸を構えるが劉備が制止した。
怯える男に劉備が微笑みかけると、ようやく安堵し、用件を伝えてくるのだった。

「簡雍って人に、耳が大きくて偉そうな人が来たら渡してくれって頼まれたんです」
「偉そうなって・・・まぁ、いいや。脅かして悪かったな」

劉備が受け取ったのは手紙である。
その中身を関羽と一緒に確認した。

『まずは、孔明さんと私の心配は不要です。今月の下旬ころに東南の風が吹くそうです。その際、早舟に乗って戻ります。大将は風を確認したら、烏林の近くに移動して待機していてほしいとのことです』

文面から察するに、諸葛亮の言葉を簡雍が代筆しているようである。
これは、簡雍は動けるが諸葛亮への警戒は厳しいということだろうか?

それに文中の『東南の風』というのも気になった。
劉備が、今、長江の岸で感じているのは北西の風である。
この風向きが、まるっきり反対に変わるというのも容易には信じられない。

「憲和が心配いらないと言っているのです。とりあえず、我らは戻りましょう」
「そうだな」

関羽に促され、劉備は夏口に戻る船に乗り込んだ。
今の劉備にできることは、この手紙の指示に従うことだけである。
二人を残して樊口を去るのに、後ろ髪を引かれる思いはあったが、振り切って劉備は船を出すのだった。


劉備と打ち合わせを終えた周瑜たちは急ぎ、陸口を目指した。
万が一にも、曹操に先を越されると戦略が大きく狂うことになる。

先行して、呂範と周泰を走らせているため、あの二人であれば、まず間違いはないと思うが・・・
まだ、安心はできないのだった。

周瑜が陸口に着くと、すでに本陣を設営中。
その様子に胸をなでおろすと、呂範、周泰の両名が出迎にやって来た。

「周瑜司令、お早いお着きですね」
「ここは重要拠点だから、思わず馬を急がせてしまった。何か問題はあっただろうか?」
呂範と周泰は顔を見合わせると、お互い微妙な表情する。

「問題というわけではありませんが、周瑜司令の旧友という方がいらしています」
「私の旧友?このような時期に誰であろうか」

考え込む周瑜の前にやって来た男は、蔣幹しょうかんという人物だった。
蔣幹は揚州九江郡の出身で、周瑜が生まれた廬江郡とは隣の郡。
若き頃より、俊才と呼び声が高かった二人は、自然と知人になったのである。

「これは蔣幹殿、このような場所で会うとは珍しい」
「私用の旅の途中であったが、周瑜殿がこれより一大決戦に挑まれると聞いて、何かお手伝いできればと思い、立ち寄ったのです」

蔣幹の服装は、上着の下に麻織りの粗末な着物を身に着け、葛巾を被っていた。身なりは、完全に庶民の出で立ちである。
しかし、蔣幹は確か曹操の招聘を受けたと周瑜は記憶していた。万が一、罷免になっていたとしても、あの蔣幹であれば、もう少し上等な着物を着られるはずである。

これは、少々、芝居に凝りすぎた蔣幹の悪手だ。
周瑜は曹操の策で、こちらの情報を探るために潜り込んできたのだと直感する。
であれば、逆手にとればいいだけのこと。

「そうでしたか。それはありがたい。何か助言があれば、お願いします」
とりあえず、手元に置いておくことに決めた。
これで蔣幹としては、してやったりなのだろうが、全ては周瑜の思惑の中である。
早くも情報戦が始まるのだった。


孫権軍の本陣が設営されて、五日後、長江を埋め尽くすほどの数の船団がやって来る。
当初は、大きな黒い塊が複数浮かんでいるだけのように思えたのだが、近づくにつれて、多くの『曹』の旗印が見え始めた。

それが曹操が率いる艦隊だと分かると、水上戦において経験豊富な孫呉の将たちも度肝を抜かれる。
これほど多くの戦船など、見たことがなかったのだ。

さすがに自称、八十万の大軍である。
陸口に『孫』の旗が見えたためか、進路を対岸に位置する烏林側に変更したようだった。

「向こうの体制が整う前に仕掛けますか?」
「いや、こちらも、まだ準備不足だ。止めておこう」

周瑜は呂蒙の提案を退けた。準備ができていないと言ったが、周瑜の中であれほどの船団を撃ち破る策が、まだ、思いつかないのである。
水上戦であれば、曹操に後れを取ることはないと踏んでいたが、これほどの数の船を用意して攻めてくるとは、周瑜の想像を越えていたのだ。

考え込む周瑜の横で、呂蒙が首をかしげる。
「何だ、あの旗印は?」

呂蒙が指さす船を周瑜も確認するが、確かに見たことがない旗を掲げる船が一艘だけあった。
気にはなったが、周瑜の思考はやはり、この船団の駆逐に使われる。
その不思議な旗を掲げていた船のことは、すぐに周瑜の頭の中から、追い出されるのだった。

「しかし、凄い数ですね」
簡雍が多くの者と同じ感想を漏らす横で、諸葛亮の肩が揺れた。
不審に思った簡雍は、諸葛亮の視線の先を探ると、見慣れぬ旗を掲げる船に向けられていることが分かる。

「あの船に何かあるのですか?」
「はい。どうやら、あのお調子者もこの戦に参加しているようです」

諸葛亮が言うお調子者とは、亡くなった劉表から、相棒と称された龐統のことだった。
皆が解読できない旗は、いわゆる信号旗で、水鏡の門下生にしか分からない暗号なのである。
諸葛亮は羽扇で簡雍の耳元を隠すと、小声で旗の意味を伝えた。

「あの船は火災中で、間もなく沈むそうですよ」
簡雍がもう一度、船を見るが、現在、燃えている様子はない。
つまり、これは龐統の予告ということだ。

自分たちの船が燃える予告をする意味は、曹操陣営にあって周瑜たちの味方をするという意思表示でもある。
龐統がこちらについてくれるというならば、仕事が数段、楽になった。
諸葛亮が肩を揺らして笑っていたのは、そういうことである。

「それでは、周瑜殿と今後の作戦について、打ち合わせに行ってきます」
その足取りが軽くなっていることを簡雍が認める。
もしかしたら、諸葛亮は既に戦勝後の処理について考えているのかもしれない。
その背中を見ていると、そんな気さえしてくるのだった。るのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。 現在1945年中盤まで執筆

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...