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第22章 赤壁大戦編
第133話 蔡瑁の偽手紙
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陸口から見える対岸の烏林では、夜になっても篝火が煌々と焚かれている。
遠目からでは、よく分からないが水上に一大要塞が出来上がりつつあることは、容易に想像することができた。
烏林の陸地に、そのような建造物を作れる陸地はない。考えられるのは、大規模船団が滞りなく出航できるように津を改造、増築していることだ。
真夜中でも朱に染まる空は不気味に孫権陣営の目に映る。不夜城、そんな言葉すら、連想させるのだった。
周瑜は、一度、その敵陣をこの目で見てみたいと思い至る。
早速、甘寧を呼ぶと足の速い船を用意させた。
「まさか周瑜司令、自ら見に行かれるのですか?」
「自分の目で見ないと分からない事がある」
本来なら、止めるべきなのだろうが、甘寧はそういった危険と隣り合わせの行為を何よりも好んでいる。
この男が持つ性分なのか、本能なのか。そういった命の駆け引きには、とにかく血が騒ぐのである。
「君は見つかったときの保険だ。私は、君の武勇を、孫呉随一だと見込んでいる」
「そこまで言われちゃあ、お付き合いしないわけにいきませんね。もっとも、初めから付いて行くつもりでしたがね」
周瑜は、甘寧と船を漕ぐための力自慢の兵を二人ほど選定し走舸に乗り込むと、曹操が築いている水上要塞を目指した。
ある程度近づくと、周瑜自ら得意の月琴を奏でる。水上での月見を優雅に楽しんでいる曹操兵を装ったのだ。
周瑜は、孫呉の兵だと見破られない、ぎりぎりの距離まで烏林の津に近づくと、じっくりとその構造を眺めた。
「う・・・む」
甘寧もだが、その出来栄えには思わず唸り声をあげる。
曹操が乗船するであろう楼船を中心に、大小、様々な船が整然と並んでいた。
足の速そうな船から順に並んでいるため、出航を効率よくできることは間違いない。
これで、まだ、改良の余地があるのかと疑うほどだった。
さすがは、今まで孫権軍と水上でしのぎを削り合ってきた荊州の水軍都督である。
周瑜は、蔡瑁に対する認識を改める必要があると感じた。
孫呉の走舸が近づきすぎたのか、一艘の船が烏林側から近づいてくるのに周瑜は肝を冷やす。
ところが、その船に敵意はないようで、周瑜の月琴に節奏を合わせて、鼓を叩いてくるのだった。
周瑜の船を仲間と勘違いしているらしい。
適当に、音楽を合わせながら、周瑜は徐々に距離を離していくように指示した。
逃げ切れると思える距離を確保できると、全速力で陸口まで戻る。
その頃になると、ようやく敵の密偵と気づいた曹操陣営から、孫呉の船を拿捕するために追手が向かってくるのだった。
しかし、時すでに遅し、周瑜は難なく逃げ切ることができる。
「あの鼓を打っていた船の勘違いのおかげだな」
何とか、無事に生還できたことに安堵するのだった。
当初、曹操軍の見張りも不審な船に注目していたが、もう一艘、音楽に興じる船が自陣から出て行くのを目撃したため、味方同士だと思い込んでしまった。
だが、よく考えれば、荊州兵にそんな余裕などあるわけがなく、北方兵には船を嗜む習慣などない。
すなわち、長江に船を浮かべて月琴を奏でるのは、敵軍の偵察に他ならないと気づいたのだ。
紛らわしい船のおかげで、一瞬、出遅れてしまったのだが、それが全て。まんまと敵船を逃してしまった。
ここで、自陣から出航した鼓の船には、誰が乗っているのかに注目が集まる。
この船のせいで、見張り番の連中は失態を犯したのだ。
船が戻ってくると、衛兵が取囲むが、それに乗っていたのは龐統である。
龐統は、曹操から上客として扱われている人物で、この場にいる衛兵では処置を判断できなかった。
「お勤めご苦労さま」
そう言い放って、その場を立ち去ろうとするが、この騒ぎに、この一軍の首領が登場する。
曹操が、龐統の行く手を遮り、詰問するのだった。
「これは、どういこうことかな?」
「どうもこうも、大きな戦の前だからこそ、風流に身を預けようとしたまでです」
涼しい顔で、そう答えると、「天下の丞相の部下ですから、それくらい心に余裕を持った者が、他にもいると思い込んでいましたが、どうやら、勘違いだったようです」と、高笑いをして、去って行く。
『まったくあの色男軍師。やる事が大胆で、危なっかしいねぇ』
当然、周瑜が逃げおおせるために、龐統が一肌脱いだのだが、内心は冷や汗ものだった。
こんなところで、孫権軍の総司令官が捕まったなんてことがあれば、全てが終わってしまう。
そう悟られないように、曹操の前では、咄嗟に広言を吐いた。
そんな龐統の言葉を真に受け、その豪胆さに対して、曹操はますます傾倒していく。但し、司馬懿だけは猜疑の目を向けるようになった。
「確証は何もない。申していることにも矛盾はない。・・・ないのだが、何かが引っかかる」
以降、司馬懿は、龐統の動向に注意を払うようになるのだった。
周瑜は偵察から戻った昨晩から、現実を正しく直視するようになる。今のままでは曹操軍を破るのは、かなり難しいことだという事実を重く受け止めたのだ。
何か早急に手を打たなければならない。
周瑜は、恥も外聞も捨てて、諸葛亮に相談することを決めた。
魯粛とともに、周瑜の天幕まで足を運んでもらう。
「これは、諸葛亮殿。わざわざ申し訳ない。実は、折り入って相談があるのだが・・・」
「もしや、あの水上要塞のことでしょうか?」
諸葛亮相手に隠し事はできない。周瑜は素直に頷いた。
「正直、蔡瑁を見くびっていた。あの津は見事な軍港へと変貌し、構造も実に理に適っている。それだけで、水上戦に長けていることが十分に窺える」
「まぁ、蔡瑁も今は信用を得ようと必死なのでしょう。噂では、一度、曹操の不興を買っているそうです」
そんな情報まで握っているのかと感心するが、今は諸葛亮よりも蔡瑁のことである。
現状を打破する策はないかと、周瑜は尋ねた。
すると、諸葛亮は口に人差し指を当てて、静かにするように合図を送る。
そして、視線を追うと、天幕の外に聞き耳を立てている人物の影が映っていた。
その影の主は、周瑜と旧知だと言って、陸口を訪れている蔣幹である。
諸葛亮は、周瑜と魯粛に目配せを送ると、再び話し始めた。
「その不興のおかげで、曹操と蔡瑁の仲は最悪だそうです」
「不仲か。とはいえ、そこにつけ入る隙があるのだろうか?」
周瑜は諸葛亮に合わせて、会話をつなげた。わざと蔣幹に聞かせているのである。
魯粛は、ぼろが出てはいけないと自重し、この後、諸葛亮と周瑜のみで会話を行っていった。
「実は、その蔡瑁と私は親戚なのです」
「おお、そう言えば、ご舅殿の奥方は、蔡瑁の姉とか」
「そうです。その伝手を使って、蔡瑁をこちらに引き込んでみましょうか?」
「!」
この言葉で、諸葛亮の意図が読み取れた。蔡瑁に対する疑心を曹操に抱かせようということである。
何とも恐ろしいことを、この一瞬で思いつくのか。
周瑜と魯粛は、驚きの声を何とか飲み込むと、その提案に飛びついたという返事をするのだった。
「ぜひとも、お願いする」
「承知いたしました。早速、文を送りたいと思います」
蔣幹の影が慌ただしく、動き出す。
今のやり取りを早速、曹操に知らせるために間者を放つのだろうが、ご苦労な事だ。
諸葛亮は更に、今晩、蔣幹と酒を酌み交わすように周瑜に提案する。
そこで、罠に嵌めるため小芝居を打ちますと伝えると、周瑜は喜んで了承するのだった。
宵の口、まだ、明るい周瑜の天幕を訪ねる者がいる。
「これは、失礼。ご来客中でしたか」
やって来たのは諸葛亮で、周瑜が蔣幹と酒を飲んでいるのに驚いてみせる。
周瑜は、蔣幹を気にしながら、諸葛亮とともに外に出た。
すかさず、蔣幹は天幕の際に耳を立てて、外の様子を覗う。
二人が小声で話しているため、はっきりと聞こえなかったが、時折、聞こえたのは、『蔡瑁』、『内通』、『手紙』という言葉だった。
戻って来た周瑜は、やけに上機嫌となっており、朗報があったことを察することができる。
「周瑜殿、ご機嫌がよろしいようですが、何かございましたか?」
「ええ。よき報せが届きました」
周瑜は、そう言いながら懐を指す。見れば、多少、膨らんでいることから、そこに手紙とやらをしまっているのだろう。
「まぁ、今夜は飲みましょう」
傍目にも浮かれて見える周瑜の態度に、蔣幹は何とかその手紙を手に入れたいと考えた。
酒を口にしながらも、視線は周瑜の懐ばかり気にしている。
もちろん、これは周瑜と諸葛亮の芝居なのだが、明らかに落ち着きをなくした蔣幹の仕草が、おかしくてたまらない。
周瑜は、笑いをかみ殺すのに必死となった。
早く次の罠に進もうと、酔ったふりを始める。
「いや、疲れのためか、早くも酔いが回りました。今夜はお開きにしましょう」
「申し訳ない。私は、いささか飲み足りません。勝手にやっていますから、お休みになられても構いませんよ」
「そのような失礼はできません。お付き合いしましょう」
そう言いながらも周瑜の目はうつろとなり、船を漕ぎだした。
蔣幹は、にやりと笑うと、完全に眠りに落ちるのをゆっくりと待つ。
そして、周瑜の寝息を確認すると懐中に手を忍ばせた。
思った通り、そこには蔡瑁からの手紙が入っており、その内容に愕然とする。
蔡瑁、張允の両名が内応し、隙を見て背後から曹操軍に奇襲をかけると記されていた。
これはすぐに報せねばならぬと、蔣幹は慌てて周瑜の天幕を飛び出していく。
蔣幹がいなくなるのを確認すると、周瑜は目を開けて、衣服を正した。
「あのような男に胸倉をまさぐられるのは、あまりいい気分ではないな」
顔をしかめながらも、内心では、段取り通り事が運んでいることに喜ぶ。
後は、どういった結果がもたらされるかだ。
その結果を楽しみにしながら、周瑜は一人で飲み直すのだった。
後日、蔡瑁と張允が更迭となり、青州に送られると聞いて、周瑜は大いに喜ぶ。
と、同時にこの罠を考え付いた諸葛亮への警戒は、ますます強くなっていくのだった。
その警戒は、次第に殺意という色を帯び始める。
周瑜の目が妖しく光るのだった。
遠目からでは、よく分からないが水上に一大要塞が出来上がりつつあることは、容易に想像することができた。
烏林の陸地に、そのような建造物を作れる陸地はない。考えられるのは、大規模船団が滞りなく出航できるように津を改造、増築していることだ。
真夜中でも朱に染まる空は不気味に孫権陣営の目に映る。不夜城、そんな言葉すら、連想させるのだった。
周瑜は、一度、その敵陣をこの目で見てみたいと思い至る。
早速、甘寧を呼ぶと足の速い船を用意させた。
「まさか周瑜司令、自ら見に行かれるのですか?」
「自分の目で見ないと分からない事がある」
本来なら、止めるべきなのだろうが、甘寧はそういった危険と隣り合わせの行為を何よりも好んでいる。
この男が持つ性分なのか、本能なのか。そういった命の駆け引きには、とにかく血が騒ぐのである。
「君は見つかったときの保険だ。私は、君の武勇を、孫呉随一だと見込んでいる」
「そこまで言われちゃあ、お付き合いしないわけにいきませんね。もっとも、初めから付いて行くつもりでしたがね」
周瑜は、甘寧と船を漕ぐための力自慢の兵を二人ほど選定し走舸に乗り込むと、曹操が築いている水上要塞を目指した。
ある程度近づくと、周瑜自ら得意の月琴を奏でる。水上での月見を優雅に楽しんでいる曹操兵を装ったのだ。
周瑜は、孫呉の兵だと見破られない、ぎりぎりの距離まで烏林の津に近づくと、じっくりとその構造を眺めた。
「う・・・む」
甘寧もだが、その出来栄えには思わず唸り声をあげる。
曹操が乗船するであろう楼船を中心に、大小、様々な船が整然と並んでいた。
足の速そうな船から順に並んでいるため、出航を効率よくできることは間違いない。
これで、まだ、改良の余地があるのかと疑うほどだった。
さすがは、今まで孫権軍と水上でしのぎを削り合ってきた荊州の水軍都督である。
周瑜は、蔡瑁に対する認識を改める必要があると感じた。
孫呉の走舸が近づきすぎたのか、一艘の船が烏林側から近づいてくるのに周瑜は肝を冷やす。
ところが、その船に敵意はないようで、周瑜の月琴に節奏を合わせて、鼓を叩いてくるのだった。
周瑜の船を仲間と勘違いしているらしい。
適当に、音楽を合わせながら、周瑜は徐々に距離を離していくように指示した。
逃げ切れると思える距離を確保できると、全速力で陸口まで戻る。
その頃になると、ようやく敵の密偵と気づいた曹操陣営から、孫呉の船を拿捕するために追手が向かってくるのだった。
しかし、時すでに遅し、周瑜は難なく逃げ切ることができる。
「あの鼓を打っていた船の勘違いのおかげだな」
何とか、無事に生還できたことに安堵するのだった。
当初、曹操軍の見張りも不審な船に注目していたが、もう一艘、音楽に興じる船が自陣から出て行くのを目撃したため、味方同士だと思い込んでしまった。
だが、よく考えれば、荊州兵にそんな余裕などあるわけがなく、北方兵には船を嗜む習慣などない。
すなわち、長江に船を浮かべて月琴を奏でるのは、敵軍の偵察に他ならないと気づいたのだ。
紛らわしい船のおかげで、一瞬、出遅れてしまったのだが、それが全て。まんまと敵船を逃してしまった。
ここで、自陣から出航した鼓の船には、誰が乗っているのかに注目が集まる。
この船のせいで、見張り番の連中は失態を犯したのだ。
船が戻ってくると、衛兵が取囲むが、それに乗っていたのは龐統である。
龐統は、曹操から上客として扱われている人物で、この場にいる衛兵では処置を判断できなかった。
「お勤めご苦労さま」
そう言い放って、その場を立ち去ろうとするが、この騒ぎに、この一軍の首領が登場する。
曹操が、龐統の行く手を遮り、詰問するのだった。
「これは、どういこうことかな?」
「どうもこうも、大きな戦の前だからこそ、風流に身を預けようとしたまでです」
涼しい顔で、そう答えると、「天下の丞相の部下ですから、それくらい心に余裕を持った者が、他にもいると思い込んでいましたが、どうやら、勘違いだったようです」と、高笑いをして、去って行く。
『まったくあの色男軍師。やる事が大胆で、危なっかしいねぇ』
当然、周瑜が逃げおおせるために、龐統が一肌脱いだのだが、内心は冷や汗ものだった。
こんなところで、孫権軍の総司令官が捕まったなんてことがあれば、全てが終わってしまう。
そう悟られないように、曹操の前では、咄嗟に広言を吐いた。
そんな龐統の言葉を真に受け、その豪胆さに対して、曹操はますます傾倒していく。但し、司馬懿だけは猜疑の目を向けるようになった。
「確証は何もない。申していることにも矛盾はない。・・・ないのだが、何かが引っかかる」
以降、司馬懿は、龐統の動向に注意を払うようになるのだった。
周瑜は偵察から戻った昨晩から、現実を正しく直視するようになる。今のままでは曹操軍を破るのは、かなり難しいことだという事実を重く受け止めたのだ。
何か早急に手を打たなければならない。
周瑜は、恥も外聞も捨てて、諸葛亮に相談することを決めた。
魯粛とともに、周瑜の天幕まで足を運んでもらう。
「これは、諸葛亮殿。わざわざ申し訳ない。実は、折り入って相談があるのだが・・・」
「もしや、あの水上要塞のことでしょうか?」
諸葛亮相手に隠し事はできない。周瑜は素直に頷いた。
「正直、蔡瑁を見くびっていた。あの津は見事な軍港へと変貌し、構造も実に理に適っている。それだけで、水上戦に長けていることが十分に窺える」
「まぁ、蔡瑁も今は信用を得ようと必死なのでしょう。噂では、一度、曹操の不興を買っているそうです」
そんな情報まで握っているのかと感心するが、今は諸葛亮よりも蔡瑁のことである。
現状を打破する策はないかと、周瑜は尋ねた。
すると、諸葛亮は口に人差し指を当てて、静かにするように合図を送る。
そして、視線を追うと、天幕の外に聞き耳を立てている人物の影が映っていた。
その影の主は、周瑜と旧知だと言って、陸口を訪れている蔣幹である。
諸葛亮は、周瑜と魯粛に目配せを送ると、再び話し始めた。
「その不興のおかげで、曹操と蔡瑁の仲は最悪だそうです」
「不仲か。とはいえ、そこにつけ入る隙があるのだろうか?」
周瑜は諸葛亮に合わせて、会話をつなげた。わざと蔣幹に聞かせているのである。
魯粛は、ぼろが出てはいけないと自重し、この後、諸葛亮と周瑜のみで会話を行っていった。
「実は、その蔡瑁と私は親戚なのです」
「おお、そう言えば、ご舅殿の奥方は、蔡瑁の姉とか」
「そうです。その伝手を使って、蔡瑁をこちらに引き込んでみましょうか?」
「!」
この言葉で、諸葛亮の意図が読み取れた。蔡瑁に対する疑心を曹操に抱かせようということである。
何とも恐ろしいことを、この一瞬で思いつくのか。
周瑜と魯粛は、驚きの声を何とか飲み込むと、その提案に飛びついたという返事をするのだった。
「ぜひとも、お願いする」
「承知いたしました。早速、文を送りたいと思います」
蔣幹の影が慌ただしく、動き出す。
今のやり取りを早速、曹操に知らせるために間者を放つのだろうが、ご苦労な事だ。
諸葛亮は更に、今晩、蔣幹と酒を酌み交わすように周瑜に提案する。
そこで、罠に嵌めるため小芝居を打ちますと伝えると、周瑜は喜んで了承するのだった。
宵の口、まだ、明るい周瑜の天幕を訪ねる者がいる。
「これは、失礼。ご来客中でしたか」
やって来たのは諸葛亮で、周瑜が蔣幹と酒を飲んでいるのに驚いてみせる。
周瑜は、蔣幹を気にしながら、諸葛亮とともに外に出た。
すかさず、蔣幹は天幕の際に耳を立てて、外の様子を覗う。
二人が小声で話しているため、はっきりと聞こえなかったが、時折、聞こえたのは、『蔡瑁』、『内通』、『手紙』という言葉だった。
戻って来た周瑜は、やけに上機嫌となっており、朗報があったことを察することができる。
「周瑜殿、ご機嫌がよろしいようですが、何かございましたか?」
「ええ。よき報せが届きました」
周瑜は、そう言いながら懐を指す。見れば、多少、膨らんでいることから、そこに手紙とやらをしまっているのだろう。
「まぁ、今夜は飲みましょう」
傍目にも浮かれて見える周瑜の態度に、蔣幹は何とかその手紙を手に入れたいと考えた。
酒を口にしながらも、視線は周瑜の懐ばかり気にしている。
もちろん、これは周瑜と諸葛亮の芝居なのだが、明らかに落ち着きをなくした蔣幹の仕草が、おかしくてたまらない。
周瑜は、笑いをかみ殺すのに必死となった。
早く次の罠に進もうと、酔ったふりを始める。
「いや、疲れのためか、早くも酔いが回りました。今夜はお開きにしましょう」
「申し訳ない。私は、いささか飲み足りません。勝手にやっていますから、お休みになられても構いませんよ」
「そのような失礼はできません。お付き合いしましょう」
そう言いながらも周瑜の目はうつろとなり、船を漕ぎだした。
蔣幹は、にやりと笑うと、完全に眠りに落ちるのをゆっくりと待つ。
そして、周瑜の寝息を確認すると懐中に手を忍ばせた。
思った通り、そこには蔡瑁からの手紙が入っており、その内容に愕然とする。
蔡瑁、張允の両名が内応し、隙を見て背後から曹操軍に奇襲をかけると記されていた。
これはすぐに報せねばならぬと、蔣幹は慌てて周瑜の天幕を飛び出していく。
蔣幹がいなくなるのを確認すると、周瑜は目を開けて、衣服を正した。
「あのような男に胸倉をまさぐられるのは、あまりいい気分ではないな」
顔をしかめながらも、内心では、段取り通り事が運んでいることに喜ぶ。
後は、どういった結果がもたらされるかだ。
その結果を楽しみにしながら、周瑜は一人で飲み直すのだった。
後日、蔡瑁と張允が更迭となり、青州に送られると聞いて、周瑜は大いに喜ぶ。
と、同時にこの罠を考え付いた諸葛亮への警戒は、ますます強くなっていくのだった。
その警戒は、次第に殺意という色を帯び始める。
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