4 / 134
第1章 豊臣家の終焉 編
第3話 秀頼の自裁
しおりを挟む
重要な使命を託された千姫は、乳母であり秀頼に嫁いだ際、一緒に大阪城にやって来た刑部卿局、護衛の堀内氏久らとともに大阪城を後にする。
直ぐ近くにあったのが坂崎直盛の陣であったため、混乱する戦場をかき分け、何とかその陣まで辿り着いた。
直盛は、当初、千姫のことを大阪城から逃げ出した侍女の一人と勘違いする。しかし、着ている着物に徳川の家紋、『三つ葉葵』があったことから、千姫であると信用するのだった。
すぐさま家康がいる本陣へと送り届けるのである。
本陣にいた家康は、思わぬこの来客に大きな喜びを見せた。
家康が千姫と会うのは、実に十一年ぶりのこと。
記憶の中の千姫は、輿入れ前のあどけない七歳の少女だったが、目の前にいるのは、まだ十分若いとはいえ、立派な武士の妻の顔をした女性である。
ここまで立派に育ててくれたことに、敵ながら豊臣家へ感謝した。
「千よ、大きゅうなったな。息災であったか?」
「私は、この通りで元気でございます。それよりお願いしたい儀がございます」
そう言って、千姫は頭を下げで指を地につける。ここまでして、懇願することとなれば、願いは一つだろう。
家康は、千姫の願い事を察するが、それは到底、叶えてあげることはできなかった。
「どうか大阪城の秀頼さまと淀君さまのご助命をお願い致します」
「それは残念ながら、儂の一存では決められないことだ。今の将軍は秀忠である」
これは家康の方便である。確かに家康は征夷大将軍の職を、千姫が嫁いだ二年後、息子に譲っていた。
だが、徳川家内において、絶大的な権力を握っているのは、今でも間違いなく家康本人であることは、千姫も知っている。
しかし、家康本人が、こう話す以上、この場での交渉は不可能となった。
「それでは父上のところに行って参ります」
千姫としては、それ以外に言いようもなく、すぐに父、秀忠が陣取る岡山の陣へと急いだ。
そこは最前線だけあって、指揮を取る秀忠は忙しい。
千姫が訪れてもなかなか会う機会に恵まれなかった。
そして、ようやく顔を合わせた父は、娘に非情な言葉を投げつける。
「なぜ武家の娘が夫ともに城に残り、場合によっては一緒に自決の道を選ばなかったのか」
この言葉には千姫も返す言葉がなかった。
そうしたかったのは山々だったが、その恥を忍んでも達成しなければならない使命を千姫は帯びてきている。
「武門の名を汚した罪はいくらでも受けます。ですから、なにとぞ、秀頼さまと淀君さまのご助命をお願い致します」
千姫の願いに、考えておくとだけ答えると、秀忠はその場を離れた。
豊臣方の反撃に備えなければならないとも告げるのである。
その父の後ろ姿に、千姫は大きな声で、「なにとぞ、なにとぞ」と涙ながらに訴えるのだった。
足早にその場を離れる秀忠だったが、その理由は何も豊臣の反撃に備えるだけではない。実は別のところにあった。
千姫の前に残っていると、その願いを聞き届けてしまいそうになる自分がいたからである。
冷たい言葉をかけた秀忠であったが、千姫が無事に戻って来たことを内心、嬉しく思っていた。
実際、この戦に先だって、千姫を無事救出した者には、特別に恩賞を授ける約束を家康と連名で出していたのである。
そこまで大切にしている娘の願いを聞き届けてあげたいとは思うが、それはあくまでも私情だ。
ここで豊臣家を根絶やしにしておかなければ、徳川の安泰はないのである。
秀忠は、心を鬼にして娘と接したのだ。
野戦での勝敗も決し、防衛力が著しく低下した大阪城では、これ以上の抵抗は不可能となる。
秀頼は天守閣を捨てると、山里丸にある櫓に淀君、大野治長らと籠った。
その櫓も井伊直孝の兵に囲まれ、銃弾の嵐に見舞われる。
ここに至っては、淀君も千姫に託した助命の願いが、届かなかったことを悟った。
もはや秀吉の後を継いだ母子も覚悟を決める。残された道は自決しかないのだ。
最後に願うのは、山里丸に籠る前に逃げるよう指示した、二人の御子の安否である。
『どうか、徳川には知れず、ひっそりとでよいから、生き延びてほしい』
淀君は、そう願う。
それは秀頼も同じ気持ちであった。お家再興に縛られるのは自分の代で終わらせて、ただただ、幸せに生きてほしい。
父親として、真に願うのは子供の無事だけだった。
秀頼は、辞世の句を書き残すことなく、子供たちの行く末だけを案じる。
ひとしきり、天に祈ると白刃を腹に突き刺すのだった。
直ぐ近くにあったのが坂崎直盛の陣であったため、混乱する戦場をかき分け、何とかその陣まで辿り着いた。
直盛は、当初、千姫のことを大阪城から逃げ出した侍女の一人と勘違いする。しかし、着ている着物に徳川の家紋、『三つ葉葵』があったことから、千姫であると信用するのだった。
すぐさま家康がいる本陣へと送り届けるのである。
本陣にいた家康は、思わぬこの来客に大きな喜びを見せた。
家康が千姫と会うのは、実に十一年ぶりのこと。
記憶の中の千姫は、輿入れ前のあどけない七歳の少女だったが、目の前にいるのは、まだ十分若いとはいえ、立派な武士の妻の顔をした女性である。
ここまで立派に育ててくれたことに、敵ながら豊臣家へ感謝した。
「千よ、大きゅうなったな。息災であったか?」
「私は、この通りで元気でございます。それよりお願いしたい儀がございます」
そう言って、千姫は頭を下げで指を地につける。ここまでして、懇願することとなれば、願いは一つだろう。
家康は、千姫の願い事を察するが、それは到底、叶えてあげることはできなかった。
「どうか大阪城の秀頼さまと淀君さまのご助命をお願い致します」
「それは残念ながら、儂の一存では決められないことだ。今の将軍は秀忠である」
これは家康の方便である。確かに家康は征夷大将軍の職を、千姫が嫁いだ二年後、息子に譲っていた。
だが、徳川家内において、絶大的な権力を握っているのは、今でも間違いなく家康本人であることは、千姫も知っている。
しかし、家康本人が、こう話す以上、この場での交渉は不可能となった。
「それでは父上のところに行って参ります」
千姫としては、それ以外に言いようもなく、すぐに父、秀忠が陣取る岡山の陣へと急いだ。
そこは最前線だけあって、指揮を取る秀忠は忙しい。
千姫が訪れてもなかなか会う機会に恵まれなかった。
そして、ようやく顔を合わせた父は、娘に非情な言葉を投げつける。
「なぜ武家の娘が夫ともに城に残り、場合によっては一緒に自決の道を選ばなかったのか」
この言葉には千姫も返す言葉がなかった。
そうしたかったのは山々だったが、その恥を忍んでも達成しなければならない使命を千姫は帯びてきている。
「武門の名を汚した罪はいくらでも受けます。ですから、なにとぞ、秀頼さまと淀君さまのご助命をお願い致します」
千姫の願いに、考えておくとだけ答えると、秀忠はその場を離れた。
豊臣方の反撃に備えなければならないとも告げるのである。
その父の後ろ姿に、千姫は大きな声で、「なにとぞ、なにとぞ」と涙ながらに訴えるのだった。
足早にその場を離れる秀忠だったが、その理由は何も豊臣の反撃に備えるだけではない。実は別のところにあった。
千姫の前に残っていると、その願いを聞き届けてしまいそうになる自分がいたからである。
冷たい言葉をかけた秀忠であったが、千姫が無事に戻って来たことを内心、嬉しく思っていた。
実際、この戦に先だって、千姫を無事救出した者には、特別に恩賞を授ける約束を家康と連名で出していたのである。
そこまで大切にしている娘の願いを聞き届けてあげたいとは思うが、それはあくまでも私情だ。
ここで豊臣家を根絶やしにしておかなければ、徳川の安泰はないのである。
秀忠は、心を鬼にして娘と接したのだ。
野戦での勝敗も決し、防衛力が著しく低下した大阪城では、これ以上の抵抗は不可能となる。
秀頼は天守閣を捨てると、山里丸にある櫓に淀君、大野治長らと籠った。
その櫓も井伊直孝の兵に囲まれ、銃弾の嵐に見舞われる。
ここに至っては、淀君も千姫に託した助命の願いが、届かなかったことを悟った。
もはや秀吉の後を継いだ母子も覚悟を決める。残された道は自決しかないのだ。
最後に願うのは、山里丸に籠る前に逃げるよう指示した、二人の御子の安否である。
『どうか、徳川には知れず、ひっそりとでよいから、生き延びてほしい』
淀君は、そう願う。
それは秀頼も同じ気持ちであった。お家再興に縛られるのは自分の代で終わらせて、ただただ、幸せに生きてほしい。
父親として、真に願うのは子供の無事だけだった。
秀頼は、辞世の句を書き残すことなく、子供たちの行く末だけを案じる。
ひとしきり、天に祈ると白刃を腹に突き刺すのだった。
6
あなたにおすすめの小説
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】
里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる