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第5章 宇都宮の陰謀 編
第47話 宇都宮での情報集め
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甲斐姫と天秀が宇都宮藩に着いたときには、すでに城の改修工事が始まっているようだった。
もっとも、それを知ったのは、偶然立ち寄った蕎麦屋でのこと。
昼間っから、酒を煽った男が知人相手に管を巻いていた。その一言からである。
「何で、俺の方が腕がいいのに採用されねぇんだ」
「ん?宇都宮藩城の普請のことか?」
「ああ。与五郎の奴が選ばれて、俺が外れるのは納得いかねぇよ」
どうやら、その男は募集があった大工の定員から選外となったようだった。
腕がいいと言い張っているが、それは自己申告なので、実際のところは分からない。
ただ、甲斐姫と天秀は、今回の目的と合致する話に興味を持った。
「その話、面白いのう。もう少し聞かせてもらえるかえ?」
男は突然、妖艶な女性から話しかけられ、ドキッとする。あからさまに鼻の下を伸ばすのだが、強気だった姿勢は崩さなかった。
「何だよ、あんた?話っていっても、募集をかけられたのが二十人。その中に俺が入れなかったってことくらいしか話せないぜ」
「与五郎という者が選ばれたそうじゃが?」
「あいつは、元々、この町のもんじゃねぇんだが、一年くらい前だったか、ここに根付いちまって、大工の見習いをやっていた男さ」
大工の見習いが選ばれて、この男が落ちたとあっては、確かに荒れるのも仕方ない。
話を聞いていて、天秀はそう思ったが、次の瞬間、口に手を当てて驚いた。
調子に乗った男が、「なぁ、この後、俺と・・・」と、甲斐姫の手を取ろうとしたところ、見事に投げ飛ばされてしまったからである。
「何だよ。痛てて」
向かいに座っていた仲間内が、転がされた男にすぐ手を差し伸べて、起き上がらせようとした。
こちらの男の方がまともなようで、「与五郎のことなら、庄屋の娘、お稲さんに聞いた方がいいぜ」と、教えてくれる。
庄屋を務める植木藤右衛門には、内緒の話のようで、声色を落として、追加の情報も伝えてくれた。
何でも二人は、恋仲だそうである。
甲斐姫と天秀は、早速、植木藤右衛門宅を訪れることにした。
大藩の庄屋ともなれば、それなりにいい暮らしをしているのだろう。
目的の屋敷はすぐに見つかった。
門の前で呼びかけ、誰か家人の者を呼び出す。
すると使用人らしき男が出てくるのだが、二人を見て怪訝な表情を見せるのだった。
妖艶な雰囲気の女性とおかっぱ頭に黒の法衣を纏う女の子は、余程、おかしな組み合わせに映ったのだろう。
このままでは、門前払いもあり得たため、甲斐姫は福から預かった家光の黒印状を見せた。
これが効果てきめんで、使用人が勢いよく屋敷へと戻り、その勢いそのままに主と思しき人物が走って来る。
「私、植木藤右衛門という者ですが、家光さまのお使いの方が、一体、何の御用でございましょう」
いかに宇都宮が大藩といえど、そこの庄屋が将軍家と関わることなど、そうあることではない。
何か咎でも受けるのではと、心配しているようだ。
「いや、何も悪い話ではない。そちらの息女、お稲殿に用があるだけじゃ」
娘に用事と言われて、逆に不安になる藤右衛門だったが、家光の黒印状がある以上、会わせないわけにもいかない。
では、と屋敷の中へと案内しようとする。
「いえ、ごめんなさい。ただの世間話なので、こちらに呼んでいただけますか?」
天秀が咄嗟に拒んだのは、与五郎とのことを藤右衛門が知らないと聞いていたためだった。
父親の前では、お稲も話しづらいだろうという配慮からである。
天秀の意図に気づいた甲斐姫は、「お稲殿だけをこちらに、お願いする」と、重ねて藤右衛門に頼むので、入れ替わりでお稲がやって来た。
「私が稲でございますが、何でございましょう?」
父親に何か言われて来たのか、表情が硬い。やはり、警戒しているのだろう。
そんなお稲に天秀は近づいて、小声で話す。
「実は与五郎さんのことを聞きたかったんですけど、お父さまがいらっしゃるとまずいと思って、お稲さんだけを呼ばせてもらいました」
お稲は振り向いて、近くに父親がいないことを確認すると、「気を使っていただいてありがとうございます」とお辞儀した。
「それで、あの人の何を知りたいのでしょうか?」
「うむ。ちょっと小耳に挟んだところ、宇都宮の大工の募集。三倍の狭き門を与五郎殿が突破したそうじゃが、何か心当たりはあるじゃろうか?」
その点は、確かにお稲も不思議だったのである。与五郎が喜んでいるため、水を差すようで言い出せなかったのだが、腕のいい職人は他にも大勢いたと聞いていた。
その中で与五郎が選ばれる理由は、何か?
お稲にも見出せないでいたのである。
「その点は私もわかりません。何せ、この普請工事は、報酬がいつもより断然にいいので、多くの職人さんが集まったと聞いていたのですが・・・」
恋人のひいき目をもってしても与五郎の腕が落ちるというのなら、確かにその選抜基準が理解できない。
「その他、何か気になることはありますか?」
「そうですね。後は、この工事が着工した後、外部の者と連絡を取り合うことを禁じられています。一カ月、与五郎さんは宇都宮城から出ることができません」
将軍の寝所を改修する工事もあるため、情報機密をしっかりしているといったところなのだろうが、少々、やり過ぎな気がする。
福から、家光暗殺を企む黒幕が正純だと聞いているため、余計に怪しく感じるのだった。
「ありがとうございました」
お稲に礼を告げて別れた後、やはり、城の中に潜入する必要があると甲斐姫は考える。
屋敷の角を曲がったところで、「瓢太、おるか?」と声をかけた。
すると、「ここにいるよ」
いつの間にか、天秀の目の前には、普通の町人の格好をしている瓢太が現れるのだった。
もっとも、それを知ったのは、偶然立ち寄った蕎麦屋でのこと。
昼間っから、酒を煽った男が知人相手に管を巻いていた。その一言からである。
「何で、俺の方が腕がいいのに採用されねぇんだ」
「ん?宇都宮藩城の普請のことか?」
「ああ。与五郎の奴が選ばれて、俺が外れるのは納得いかねぇよ」
どうやら、その男は募集があった大工の定員から選外となったようだった。
腕がいいと言い張っているが、それは自己申告なので、実際のところは分からない。
ただ、甲斐姫と天秀は、今回の目的と合致する話に興味を持った。
「その話、面白いのう。もう少し聞かせてもらえるかえ?」
男は突然、妖艶な女性から話しかけられ、ドキッとする。あからさまに鼻の下を伸ばすのだが、強気だった姿勢は崩さなかった。
「何だよ、あんた?話っていっても、募集をかけられたのが二十人。その中に俺が入れなかったってことくらいしか話せないぜ」
「与五郎という者が選ばれたそうじゃが?」
「あいつは、元々、この町のもんじゃねぇんだが、一年くらい前だったか、ここに根付いちまって、大工の見習いをやっていた男さ」
大工の見習いが選ばれて、この男が落ちたとあっては、確かに荒れるのも仕方ない。
話を聞いていて、天秀はそう思ったが、次の瞬間、口に手を当てて驚いた。
調子に乗った男が、「なぁ、この後、俺と・・・」と、甲斐姫の手を取ろうとしたところ、見事に投げ飛ばされてしまったからである。
「何だよ。痛てて」
向かいに座っていた仲間内が、転がされた男にすぐ手を差し伸べて、起き上がらせようとした。
こちらの男の方がまともなようで、「与五郎のことなら、庄屋の娘、お稲さんに聞いた方がいいぜ」と、教えてくれる。
庄屋を務める植木藤右衛門には、内緒の話のようで、声色を落として、追加の情報も伝えてくれた。
何でも二人は、恋仲だそうである。
甲斐姫と天秀は、早速、植木藤右衛門宅を訪れることにした。
大藩の庄屋ともなれば、それなりにいい暮らしをしているのだろう。
目的の屋敷はすぐに見つかった。
門の前で呼びかけ、誰か家人の者を呼び出す。
すると使用人らしき男が出てくるのだが、二人を見て怪訝な表情を見せるのだった。
妖艶な雰囲気の女性とおかっぱ頭に黒の法衣を纏う女の子は、余程、おかしな組み合わせに映ったのだろう。
このままでは、門前払いもあり得たため、甲斐姫は福から預かった家光の黒印状を見せた。
これが効果てきめんで、使用人が勢いよく屋敷へと戻り、その勢いそのままに主と思しき人物が走って来る。
「私、植木藤右衛門という者ですが、家光さまのお使いの方が、一体、何の御用でございましょう」
いかに宇都宮が大藩といえど、そこの庄屋が将軍家と関わることなど、そうあることではない。
何か咎でも受けるのではと、心配しているようだ。
「いや、何も悪い話ではない。そちらの息女、お稲殿に用があるだけじゃ」
娘に用事と言われて、逆に不安になる藤右衛門だったが、家光の黒印状がある以上、会わせないわけにもいかない。
では、と屋敷の中へと案内しようとする。
「いえ、ごめんなさい。ただの世間話なので、こちらに呼んでいただけますか?」
天秀が咄嗟に拒んだのは、与五郎とのことを藤右衛門が知らないと聞いていたためだった。
父親の前では、お稲も話しづらいだろうという配慮からである。
天秀の意図に気づいた甲斐姫は、「お稲殿だけをこちらに、お願いする」と、重ねて藤右衛門に頼むので、入れ替わりでお稲がやって来た。
「私が稲でございますが、何でございましょう?」
父親に何か言われて来たのか、表情が硬い。やはり、警戒しているのだろう。
そんなお稲に天秀は近づいて、小声で話す。
「実は与五郎さんのことを聞きたかったんですけど、お父さまがいらっしゃるとまずいと思って、お稲さんだけを呼ばせてもらいました」
お稲は振り向いて、近くに父親がいないことを確認すると、「気を使っていただいてありがとうございます」とお辞儀した。
「それで、あの人の何を知りたいのでしょうか?」
「うむ。ちょっと小耳に挟んだところ、宇都宮の大工の募集。三倍の狭き門を与五郎殿が突破したそうじゃが、何か心当たりはあるじゃろうか?」
その点は、確かにお稲も不思議だったのである。与五郎が喜んでいるため、水を差すようで言い出せなかったのだが、腕のいい職人は他にも大勢いたと聞いていた。
その中で与五郎が選ばれる理由は、何か?
お稲にも見出せないでいたのである。
「その点は私もわかりません。何せ、この普請工事は、報酬がいつもより断然にいいので、多くの職人さんが集まったと聞いていたのですが・・・」
恋人のひいき目をもってしても与五郎の腕が落ちるというのなら、確かにその選抜基準が理解できない。
「その他、何か気になることはありますか?」
「そうですね。後は、この工事が着工した後、外部の者と連絡を取り合うことを禁じられています。一カ月、与五郎さんは宇都宮城から出ることができません」
将軍の寝所を改修する工事もあるため、情報機密をしっかりしているといったところなのだろうが、少々、やり過ぎな気がする。
福から、家光暗殺を企む黒幕が正純だと聞いているため、余計に怪しく感じるのだった。
「ありがとうございました」
お稲に礼を告げて別れた後、やはり、城の中に潜入する必要があると甲斐姫は考える。
屋敷の角を曲がったところで、「瓢太、おるか?」と声をかけた。
すると、「ここにいるよ」
いつの間にか、天秀の目の前には、普通の町人の格好をしている瓢太が現れるのだった。
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