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第8章 兄弟の絆 編
第98話 藤次の告白
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天秀尼は瓢太から渡された紙を見ながら、記載されている場所に甲斐姫とともに向かった。
その近辺に到着し、暫く歩き続けるのだが、なかなか目的の家には辿り着かない。
綾から、お金を貢がれているはずなので、それなりの暮らしをしているはずなのだが・・・
周りを見回すも、こう言っては申しわけないが、みすぼらしい建物ばかりが並んでいる。
天秀尼が想像するような、邸宅は見当たらないのだ。
「瓢太の奴、間違えたかのう」
それは、天秀尼の頭にも何度か過ったこと。ただ、瓢太のあの口振りでは、ある程度確信を持っているように思う。
少なくとも、以前は住んでいたなり、何らかの痕跡は掴めるのではないかと、天秀尼は期待するのだった。
更にそのまま、探し続けていると、不意に男たちの騒ぎ声が聞こえてくる。
甲斐姫と天秀尼の視線は、自然とそちらの方向に移った。
「やめて下さい。中には貴重な薬もあるんです」
「うるせぇ」
見れば、複数の男たちが今にも傾きそうな家の前で暴れているのである。
それを一人のやせ細った男が、何とか防ごうとしていた。
事情は分からないが、これは明らかに止めた方がいい。
彼女たち二人は、その騒ぎの元へと急いだ。
突然の助っ人の登場に男たちは、一瞬、身構えるが、女性二人だと分かると逆に、にやけた表情となる。
飛んで火にいる夏の虫とでも、思い込んだのだろう。
ところが、一人の男が、走って来る女性が甲斐姫と天秀尼であることに気づいた。
「やばい。と、と、東慶寺だ!」
その言葉を聞くと、男たちは何か化物を見るような目をして、顔を青ざめさせる。蜘蛛の子を散らすように、一目散に逃げ出すのだ。
裏柳生も撃退したという風聞は、鎌倉界隈に尾ひれをつけて広がっており、この男たちの慌てようも致し方ないこと・・・
走りながら、『何て、失礼な人たち』と天秀尼が思いつつも、悪漢どもを追い払えたことについては、ホッとする。
ただ一つ、気になったのは、逃げた男の中の一人に見覚えがあったことだ。
『あの人、ひょっとして・・・』
遠く小さくなる影を天秀尼が目で追っているところ、視界が塞がれる。救われた男がお礼にやって来たのだ。
「助けて下さいまして、ありがとうございました。」
「何の妾は、何もしておらぬ。礼を言うなら、鬼の形相の天秀にじゃ」
どさくさに紛れて、甲斐姫はとんでもないことを言っている。その男も真に受けて、律儀に、改めて天秀尼に礼を言うのだった。
仕方なく天秀尼は、その礼を受け取る。
「いえ、私も何もしていません。それより、怪我はありませんか?」
「こう見えても医学の心得があります。自己診断では、軽い擦り傷だけでしょう」
何と、この男、見かけによらず医療を嗜む者のようだ。
それにしても、先ほどは何の騒ぎだったのだろうか?
そして、天秀尼がもっとも気になったのは、逃げた男の一人についてだった。
「何か諍いに巻き込まれているのでしょうか?」
「いえ、ちょっとした行き違いなんですよ。・・・兄の勘違いなんです」
兄という言葉が出てきたため、先ほど逃げた男と合わせて、一つの推測が生まれる。
天秀尼が見た後ろ姿は、間違いなく盛田屋の松吉だったのだ。
とすると、目に前にいる男は、ひょっとして・・・
「あなたが藤次さんですか?」
ずばり、名前を言い当てられて、藤次は目を大きく見開いた。
さらに、訝しい目に変わると、明らかに警戒の色を見せる。
「どうして、私の名前をご存知なのでしょうか?」
「私は東慶寺の天秀という者です」
「東慶寺さんですか・・・」
東慶寺という名前を初めて聞いたような反応を藤次は示す。先ほど、逃げた男たちが、東慶寺の名を口にしていたというのに、聞いていなかったようだ。
暫く、寺の名前を反芻した後、藤次がハッとする。
何かを思い出したらしい。
ここで天秀尼が綾の件を聞き出そうと口を開きかけたとき、逆に藤次からの質問攻めに合うのだ。
「東慶寺といえば、綾がお世話になっているお寺さんですよね?何か変わった様子はありますか?」
「いえ・・・特にはないと思います。この間、お酒をお飲みなっていたので注意をしたぐらいです」
「お酒ですか・・・止めろと言ったのに。・・・いや、まさか・・・」
藤次は、何やら考え込んでしまった。ただ、人妻を呼び捨てで呼ぶなど、綾と特別な関係にあることは、本人に聞かずとも伺い知れる。
余計なお世話かもしれないが、その辺の事情を天秀尼は、確認したいのだ。
「藤次さんは、綾さんとどういったご関係なんですか?」
「どういった関係・・・それは、色々ありますよ」
藤次の回答は、何やら意味深に聞こえる。できれば、具体的なことを聞きたいのだ。
そう質問をぶつけると、藤次は指を数えながら、話し出す。
「まずは、兄さんの嫁さんなので義理の姉。それと子供のころから一緒にいるので、幼馴染。昔は彼女に読み書きを教えたりもしていたので、教え子ですか・・・」
本当に色々あるようだが、親しい間柄だということは十分、伝わった。
藤次の口から、兄と行き違いがあったとも言っていたので、天秀尼らが想像する艶っぽい関係ではなさそうだ。
但し、藤次は、最後にとんでもない関係性を告げる。
「後、最後に彼女は私の患者です」
「え?」
患者ということは、綾は何某かの病気を患っていることになる。
そんな様子には見えなかったが・・・
天秀尼は、驚きながらも彼女の病気について、問い質すのだった。
その近辺に到着し、暫く歩き続けるのだが、なかなか目的の家には辿り着かない。
綾から、お金を貢がれているはずなので、それなりの暮らしをしているはずなのだが・・・
周りを見回すも、こう言っては申しわけないが、みすぼらしい建物ばかりが並んでいる。
天秀尼が想像するような、邸宅は見当たらないのだ。
「瓢太の奴、間違えたかのう」
それは、天秀尼の頭にも何度か過ったこと。ただ、瓢太のあの口振りでは、ある程度確信を持っているように思う。
少なくとも、以前は住んでいたなり、何らかの痕跡は掴めるのではないかと、天秀尼は期待するのだった。
更にそのまま、探し続けていると、不意に男たちの騒ぎ声が聞こえてくる。
甲斐姫と天秀尼の視線は、自然とそちらの方向に移った。
「やめて下さい。中には貴重な薬もあるんです」
「うるせぇ」
見れば、複数の男たちが今にも傾きそうな家の前で暴れているのである。
それを一人のやせ細った男が、何とか防ごうとしていた。
事情は分からないが、これは明らかに止めた方がいい。
彼女たち二人は、その騒ぎの元へと急いだ。
突然の助っ人の登場に男たちは、一瞬、身構えるが、女性二人だと分かると逆に、にやけた表情となる。
飛んで火にいる夏の虫とでも、思い込んだのだろう。
ところが、一人の男が、走って来る女性が甲斐姫と天秀尼であることに気づいた。
「やばい。と、と、東慶寺だ!」
その言葉を聞くと、男たちは何か化物を見るような目をして、顔を青ざめさせる。蜘蛛の子を散らすように、一目散に逃げ出すのだ。
裏柳生も撃退したという風聞は、鎌倉界隈に尾ひれをつけて広がっており、この男たちの慌てようも致し方ないこと・・・
走りながら、『何て、失礼な人たち』と天秀尼が思いつつも、悪漢どもを追い払えたことについては、ホッとする。
ただ一つ、気になったのは、逃げた男の中の一人に見覚えがあったことだ。
『あの人、ひょっとして・・・』
遠く小さくなる影を天秀尼が目で追っているところ、視界が塞がれる。救われた男がお礼にやって来たのだ。
「助けて下さいまして、ありがとうございました。」
「何の妾は、何もしておらぬ。礼を言うなら、鬼の形相の天秀にじゃ」
どさくさに紛れて、甲斐姫はとんでもないことを言っている。その男も真に受けて、律儀に、改めて天秀尼に礼を言うのだった。
仕方なく天秀尼は、その礼を受け取る。
「いえ、私も何もしていません。それより、怪我はありませんか?」
「こう見えても医学の心得があります。自己診断では、軽い擦り傷だけでしょう」
何と、この男、見かけによらず医療を嗜む者のようだ。
それにしても、先ほどは何の騒ぎだったのだろうか?
そして、天秀尼がもっとも気になったのは、逃げた男の一人についてだった。
「何か諍いに巻き込まれているのでしょうか?」
「いえ、ちょっとした行き違いなんですよ。・・・兄の勘違いなんです」
兄という言葉が出てきたため、先ほど逃げた男と合わせて、一つの推測が生まれる。
天秀尼が見た後ろ姿は、間違いなく盛田屋の松吉だったのだ。
とすると、目に前にいる男は、ひょっとして・・・
「あなたが藤次さんですか?」
ずばり、名前を言い当てられて、藤次は目を大きく見開いた。
さらに、訝しい目に変わると、明らかに警戒の色を見せる。
「どうして、私の名前をご存知なのでしょうか?」
「私は東慶寺の天秀という者です」
「東慶寺さんですか・・・」
東慶寺という名前を初めて聞いたような反応を藤次は示す。先ほど、逃げた男たちが、東慶寺の名を口にしていたというのに、聞いていなかったようだ。
暫く、寺の名前を反芻した後、藤次がハッとする。
何かを思い出したらしい。
ここで天秀尼が綾の件を聞き出そうと口を開きかけたとき、逆に藤次からの質問攻めに合うのだ。
「東慶寺といえば、綾がお世話になっているお寺さんですよね?何か変わった様子はありますか?」
「いえ・・・特にはないと思います。この間、お酒をお飲みなっていたので注意をしたぐらいです」
「お酒ですか・・・止めろと言ったのに。・・・いや、まさか・・・」
藤次は、何やら考え込んでしまった。ただ、人妻を呼び捨てで呼ぶなど、綾と特別な関係にあることは、本人に聞かずとも伺い知れる。
余計なお世話かもしれないが、その辺の事情を天秀尼は、確認したいのだ。
「藤次さんは、綾さんとどういったご関係なんですか?」
「どういった関係・・・それは、色々ありますよ」
藤次の回答は、何やら意味深に聞こえる。できれば、具体的なことを聞きたいのだ。
そう質問をぶつけると、藤次は指を数えながら、話し出す。
「まずは、兄さんの嫁さんなので義理の姉。それと子供のころから一緒にいるので、幼馴染。昔は彼女に読み書きを教えたりもしていたので、教え子ですか・・・」
本当に色々あるようだが、親しい間柄だということは十分、伝わった。
藤次の口から、兄と行き違いがあったとも言っていたので、天秀尼らが想像する艶っぽい関係ではなさそうだ。
但し、藤次は、最後にとんでもない関係性を告げる。
「後、最後に彼女は私の患者です」
「え?」
患者ということは、綾は何某かの病気を患っていることになる。
そんな様子には見えなかったが・・・
天秀尼は、驚きながらも彼女の病気について、問い質すのだった。
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