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第1章 王城の悪徳卿 編

第12話 白金のメダル

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市場の近くにスカイ商会の本社がある。今まで、縁もなく気にした事がなかったが、建物の近くに行くと、その大きさにレイヴンは驚いた。
冒険者ギルドも相当大きいが、それに匹敵するほどの大きさなのである。

続いて、入り口から中に入ると、そのロビーの広さと人の多さにも舌を巻いた。
人の動き、その流れを見ているだけで、何だが酔いそうな気分になってくる。
並んでいた受付窓口がやっと空いたので、レイヴンは受付の女性に声をかけた。

「すいませんが、ニックさんはいらっしゃいますか?」
「申し訳ございませんが、どの部署のニックでしょうか?」

部署を聞かれて、レイヴンは考え込む。会長のポストに部署など、あるのだろうか?
しかし、確かにこれほど大きな商会だと、ニックだけでは分からないというのもうなづける。もしかしたら、同姓同名の人物だっているかもしれないのだ。

レイヴンは、自分の言葉足らずを素直に認める。

「あ、すいません。ニック・スカイさんです。部署の方は、ちょっと・・・」

お詫びのつもりか出来るだけの笑顔で答えたレイヴンだったが、その発言で一気にロビーがざわつき始めた。
ニック・スカイなる人物は、スカイ商会の中では会長以外おらず、そのニックはイグナシア王国の中でも一、二を争うほど多忙で有名。

街の有力者は言うに及ばず、国の大臣クラスでも、前もってアポイントを取らないと会うことができないのだ。
そんなニックに対して、面会を求めるこの黒髪緋眼くろかみひのめの青年は、一体何者なのか?と好奇の視線がレイヴンに集中する。

「会長のニックでございますね。申し訳ございませんが、事前にお約束などございますでしょうか?」

それでも、さすが天下のスカイ商会の受付嬢だ。見た目、肩に黒い鳥を乗せ、怪しさ満点の男に対しても丁寧な対応をみせる。
この女性、どこかエイミと似ていると感じるレイヴンだった。

ただ、約束と言われると困ってしまう。昨日、思い立ってすぐに行動を起こしたのだ。
事前にアポイントをとることなど考えてもいなかったのである。

そういえば、スカイ商会に行くと言った時、トーマスが何か言いたげであったのは、こういう事を予期していたのかもしれない。

『その時、言ってくれれば・・・』

そんな事を考えても、いかんともし難いこの状況。弱るレイヴンにクロウが、小さな声でささやいた。

「兄さん、ニックさんから貰ったメダルを見せてみたら?」

そんなメダルの存在など、すっかり忘れていたレイヴンは、弟の助言に感謝する。
どれほどの効果があるのか分からないが、『金庫セーフ』の中からメダルを取り出した。

「すいません。約束はないのですが、ニックさんから、こんな物を受け取っています・・・」

レイヴンが、まばゆい輝きを放つ白金メダルを受付のカウンターに置くと、先ほどの比ではないほど、ロビーが大騒ぎとなる。
端正な顔の受付嬢も目を丸くしているのだ。

「スカイ商会の白金プラチナライセンスなんて、初めて見たぞ」
「いやいや、噂だけで、本当に実在するとは・・・」

何か遠くから、飛んでもない会話が聞こえてくる。これは、いい事なのか悪い事なのか?
それすらも分からないレイヴンは、受付嬢の反応を待った。

すると、咳ばらいを一つして、気を取り直した彼女が、「ご案内いたします」とカウンターを離れる。
どうやら、ニックに会わせてくれるようだ。

長い廊下を歩き、会長室と書かれた扉の前で立ち止まる。
ノックをすると、「レイヴンさまが会長にお会いしたいとのことです」と、取り次いでくれた。
程なくして、扉が開かれると、にこやかな表情をしたニックが出迎えてくれる。

「レイヴンさん、ようこそ、いらっしゃいました」
「何か急に、すいません」
「そんな事、気になさらずに・・・さあ、どうぞ」

諸手を挙げて歓迎するニックを見て、受付嬢もホッとした。
彼女自身も白金プラチナのライセンスを持つ客を案内するのは、初めての事。

万が一、メダルが偽物だった場合のことを考えて、少々不安だったのだ。
それにしても青年と黒い鳥の不思議な組み合わせ。入室の間際、その黒い鳥が自分に向けて会釈したようにも見えたが・・・

「気のせいよね」
そう呟いた受付嬢は、自身の持ち場へと戻って行くのだった。


「いきなり、やって来て頼み事で申し訳ないのですが・・・」
「とりあえず話してみて下さい。私にできることでしたら、何でも承りますよ」

勧められるまま、ソファーに腰を下ろしたレイヴンが、そう切り出すとニックは事も無げに請け負う約束をする。
ただ、その前に一つ確認が必要だった。

「スカイ商会は、内務卿のダバンと取引を行っていますか?」
「ダバン卿でしたら、それこそ嗜好品から食料品まで、お屋敷にご希望の品を届けさせていただいておりますよ」

それを聞いて一安心したレイヴンは、改めて頭を下げる。

「その商品を届ける運送係りの中に、俺を混ぜてもらえませんか?」
「それは・・・つまり」

呑み込みの早いニックは、ダバンの屋敷にレイヴンが侵入したいのだと悟る。
商人にとって、お得意さまを相手に無茶な注文だと知りつつも、安全に屋敷に入るにはそれしかないのだ。

おそらく悩むニックを何とか説得しなければと思った矢先、あっさりと承諾の返事をもらえる。逆にレイヴンの方が驚くのだった。

「いいんですか?」
「勿論です。ダバン卿のきな臭い噂は、私の耳にも届いております。その噂が本当だとすれば、あの方の失脚は免れません。長く取引する相手ではないという事ですよ」
「どうして、俺がその件を調べていると知っているのですが?」

軽く笑ったニックは、レイヴンに頭を下げる。それは気を悪くしたら、申し訳ないという前置きだった。
どうも、市場の件以降、ニックはレイヴンの事を調べていたようで、トーマスとの繋がりも把握しているとのこと。

二人が手を組んで、ダバンの事を調査するという時点で、その目的が予測できたらしい。
ニックの話では、丁度、明日の夜、ダバンの屋敷に届ける荷物があるというので、そこに紛れ込ませてもらうことにする。

「すいません。スカイ商会には迷惑をかけないようにしますから」
「なに、ラゴス王と懇意のレイヴンさんなら、何があっても安心ですよ」

ニックは王城であった裁判でのレイヴンとラゴスの一幕すら、掴んでいるようだ。
つい、昨日の事なのに、何と耳の早い事か・・・

「商人は情報が命ですから。私も打算あってのこと。気にしないでください」

レイヴンを通してラゴス王ともつながりを持てたらと考えるのは、商人としては当然のことだ。
スカイ商会のような大きな組織の会長が、ただのお人好しのわけがないのである。
レイヴンは、ニックのしたたかさに脱帽するのだった。
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