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第2章 炎の砂漠 編
第37話 アンナの捜索
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目の前にある砂嵐の壁。この中にアンナが一人、取り残されている。
そして、精鎮の儀式の刻限も迫っているという事実。
この二つの現実に、レイヴンは頭を抱えた。
今回の儀式でカーリィを助けるとは言ったが、それはアンナを見捨ててもいいという事にはならない。
「メラ、その方位磁石は『砂漠の神殿』の内部でも必要か?」
「いえ、辿り着いてからは、不要です。・・・砂嵐の中に戻るおつもりですか?」
方位磁石を必要とする意図を紐解けば、その結論は容易に想像できた。
だが、カーリィとメラは、複雑な表情をする。
あの砂嵐の中には、デスストライカーが待ち受けている可能性が高かった。普通に考えたら、レイヴンを止めるべきなのだが、それだとアンナを見捨てることになってしまう。
どちらも選ぶのが困難であれば、レイヴンの判断に任せるしかない。命を賭けるのは、彼本人なのだ。
「俺はアンナを救いに行く。儀式が終わるまで、三日の内には必ず戻る。それまで、三人で何とか頼む」
三人というのは、クロウも含めた数。レイヴンの判断では、弟を連れて行くのはやはり危険とジャッジしたようだ。
もしかしたら、はぐれてしまう懸念もある。
「兄さん、大丈夫?」
「ああ、問題ない。お前は、いわば保険だ。クロウを残して、俺が死ぬ訳にいかないからな」
そう言って、クロウをカーリィに預けると、代わってメラから方位磁石を受け取った。
これさえあれば、また、この場所に戻って来られるはずなのだ。
「・・・アンナも心配だけど、無理はしないでね」
「分かっている。カーリィも原理が分からない以上、慎重にな」
お互い、無事を祈り合うと、黒髪緋眼の青年は、先ほど出てきたばかりの砂嵐の中へ、再び舞い戻る。
その後ろ姿を見送った三人は、しばらくダネス砂漠の方向を見つめていたが、誰が声をかけるでもなく、『砂漠の神殿』に向かって、歩き始めた。
残された者たちにも、やらなければならない使命がある。
当初の目的から言えば、こちらの方が本命なのだ。
後ろ髪を引かれる思いはあるが、弟のクロウですら振り返る事はしない。
皆、レイヴンの事を信じて、気持ちを精鎮の儀式だけに向けるのだった。
砂嵐の中に戻ったレイヴンは、相変わらずの視界の悪さに閉口する。
ただ、闇雲にこの灰みがかった黄色い世界を、探し回っても見つかるとは思えなかった。
何か音を立てれば、耳がいいアンナが気づくかもしれないが、砂漠の王者デスストライカーにも、居場所がばれてしまうかもしれない。
レイヴンは、考え抜いた末、やはり声をかけることにした。
モンスターに見つかった時は、見つかった時の話である。
「アンナ!俺の声が聞こえたら、笛を鳴らしてくれ」
しばらく待つが、反応はなかった。この近くにはいないのだろうか?
逃げる方向は示したはずで、大きく逸れるとは思えないのだが・・・
しかし、このホワイトアウトならぬイエローアウトとでも言うべき状況では、一度、方角を見失ったとしたら、どうなるか分からない。
レイヴンは、『金庫』の中に何か大きな音を鳴らせる物がないか探した。
ところが、音を鳴らすという事は想定しておらず、そんな準備はしていない。
仕方なく取り出したのは、鉄製の平手鍋、いわゆるフライパンと料理を皿や器に注ぎ入れるスープレードルだった。
両手に持った姿は、何とも締まらないが仕方ない。
レイヴンは、フライパンの底をスープレードルで叩きながら、砂嵐の中を進んだ。
だが、アンナからの反応は一向になく、歩いていく内にデスストライカーと対決した場所に辿り着く。
なぜ、それが分かったかというと、あの大蠍に破壊された壁の残骸が散らばっていたからだ。
最後、何重も作った壁をレイヴンは、そのまま放置していたのである。
この瓦礫を、このままにしておくと『砂漠の神殿』を往来する人にとって、邪魔かもしれない。
レイヴンは、『買う』で買い戻した後、『金庫』の中に収納した。
あらかた、片付け終えるとレイヴンの耳に、何か呻き声のようなものが飛び込んでくる。
両手を顔の横に当て、耳をそば立てながら、歩くレイヴンは、微かな音を頼りにその元を探した。
風の音に邪魔されながらも、目を閉じて全神経を耳に集中させるレイヴン。
すると、何かを捉えたのか、刮目して走り出した。
聞こえた呻き声は気のせいではなく、紛れもなくアンナの声だったのだ。
しかも、そのか細い響きから、かなり弱っているものと考えられる。
「アンナー!」
レイヴンの叫び声に、微かに身動きする影があった。近づくと、砂の上に横たわっている少女がいる。それは間違いなくアンナだった。
彼女の横に着くと、半分、砂に埋もれた体を掘り起こす。
何とか意識はあるようだが、レイヴンの呼び掛けに対する反応は薄かった。よく見ると、アンナは右足と頭に怪我を負っている。
レイヴンは、すぐに『買う』を唱えた。
それで、出血も止まり、アンナはようやく目を開ける。
「・・・レイヴン・・さん?」
「おう、俺だ。一応、治ったと思うけど、痛むところはあるか?」
体のだるさはあるが、痛みはまったく消えた。アンナは、小さい声で「大丈夫です」と答える。
話を聞くと、大きな石のような塊りが飛んできて、走っている途中、右足に直撃したそうだ。そして、痛みのために蹲っているところ、頭を打ったらしい。
話を総合して考えると、おそらく、デスストライカーが破壊した壁の破片が、運悪くアンナを襲ったのだろう。
そういう事であれば、レイヴンのミスとも言えた。
「俺が迂闊だった。すまない」
「いえ、謝らないでください。こうして見捨てず助けに来てくれて・・・本当にありがとうございます」
アンナは砂漠に取り残され、動くことができないと分かった時点で、最後の覚悟をした。誰もいない孤独な世界で、ゆっくりと迫り来る死の世界。
この小さな体で、その恐怖を受け止めていたのだ。
それが助かったと分かった、この瞬間、どうしょうもなく涙が溢れて来る。
女の子の涙に、どう対処していいか分からないレイヴンは、『金庫』の中から、ハンカチを取り出し、目を逸らしながら渡すのだった。
歩く体力まで回復していないアンナを、丁度、お姫さま抱っこの形で持ち上げると、方位磁石を確認する。
レイヴンは、『砂漠の神殿』に向かって歩き出した。
「あの・・・重たいので、おろしてもらっても大丈夫です」
「全然、大丈夫だ。そんな心配より、体力の回復だけを心掛けてくれ」
サラマンドラの遺跡の中でも何が起こるか分からない。アンナを戦力と見ているからこその話しだ。
レイヴンの腕に抱えられたアンナは、そのまま身を預ける。安心感が手伝ってか、やや力が抜けた森の民の少女は、頬を染めながら胸に顔をうずめた。
何とも気恥ずかしく、まともにレイヴンの顔を見られない。
夢心地のようなこの時間が、このまま続けばと思っていた矢先、黒髪緋眼の青年の足が止まった。
無理矢理、現実の世界に呼び戻す相手が現れたのである。
「ちっ、また、お前かよ」
レイヴンの視線の先には、大蠍デスストライカーが、その両手の鋏を広げて構えを取っているのだ。
本来であれば、耳がいい自分が先に気づくべきと、アンナは自省する。どうも調子が狂っているみたいだ。
レイヴンは、優しくアンナを砂の上に下ろすと、ゆっくりとデスストライカーに向かって歩き出す。
アンナがこの状態では、戦うしか選択肢がないのだ。しかし、それは苦渋の選択という訳ではない。
レイヴンには、さらさら負ける気などなかった。
助かったと思い、流した女の子の涙を無にする気は、毛頭ないのである。
「それじゃあ、第二ラウンドを始めようぜ」
レイヴンの言葉に反応するように、デスストライカーは大きな咆哮をあげるのだった。
そして、精鎮の儀式の刻限も迫っているという事実。
この二つの現実に、レイヴンは頭を抱えた。
今回の儀式でカーリィを助けるとは言ったが、それはアンナを見捨ててもいいという事にはならない。
「メラ、その方位磁石は『砂漠の神殿』の内部でも必要か?」
「いえ、辿り着いてからは、不要です。・・・砂嵐の中に戻るおつもりですか?」
方位磁石を必要とする意図を紐解けば、その結論は容易に想像できた。
だが、カーリィとメラは、複雑な表情をする。
あの砂嵐の中には、デスストライカーが待ち受けている可能性が高かった。普通に考えたら、レイヴンを止めるべきなのだが、それだとアンナを見捨てることになってしまう。
どちらも選ぶのが困難であれば、レイヴンの判断に任せるしかない。命を賭けるのは、彼本人なのだ。
「俺はアンナを救いに行く。儀式が終わるまで、三日の内には必ず戻る。それまで、三人で何とか頼む」
三人というのは、クロウも含めた数。レイヴンの判断では、弟を連れて行くのはやはり危険とジャッジしたようだ。
もしかしたら、はぐれてしまう懸念もある。
「兄さん、大丈夫?」
「ああ、問題ない。お前は、いわば保険だ。クロウを残して、俺が死ぬ訳にいかないからな」
そう言って、クロウをカーリィに預けると、代わってメラから方位磁石を受け取った。
これさえあれば、また、この場所に戻って来られるはずなのだ。
「・・・アンナも心配だけど、無理はしないでね」
「分かっている。カーリィも原理が分からない以上、慎重にな」
お互い、無事を祈り合うと、黒髪緋眼の青年は、先ほど出てきたばかりの砂嵐の中へ、再び舞い戻る。
その後ろ姿を見送った三人は、しばらくダネス砂漠の方向を見つめていたが、誰が声をかけるでもなく、『砂漠の神殿』に向かって、歩き始めた。
残された者たちにも、やらなければならない使命がある。
当初の目的から言えば、こちらの方が本命なのだ。
後ろ髪を引かれる思いはあるが、弟のクロウですら振り返る事はしない。
皆、レイヴンの事を信じて、気持ちを精鎮の儀式だけに向けるのだった。
砂嵐の中に戻ったレイヴンは、相変わらずの視界の悪さに閉口する。
ただ、闇雲にこの灰みがかった黄色い世界を、探し回っても見つかるとは思えなかった。
何か音を立てれば、耳がいいアンナが気づくかもしれないが、砂漠の王者デスストライカーにも、居場所がばれてしまうかもしれない。
レイヴンは、考え抜いた末、やはり声をかけることにした。
モンスターに見つかった時は、見つかった時の話である。
「アンナ!俺の声が聞こえたら、笛を鳴らしてくれ」
しばらく待つが、反応はなかった。この近くにはいないのだろうか?
逃げる方向は示したはずで、大きく逸れるとは思えないのだが・・・
しかし、このホワイトアウトならぬイエローアウトとでも言うべき状況では、一度、方角を見失ったとしたら、どうなるか分からない。
レイヴンは、『金庫』の中に何か大きな音を鳴らせる物がないか探した。
ところが、音を鳴らすという事は想定しておらず、そんな準備はしていない。
仕方なく取り出したのは、鉄製の平手鍋、いわゆるフライパンと料理を皿や器に注ぎ入れるスープレードルだった。
両手に持った姿は、何とも締まらないが仕方ない。
レイヴンは、フライパンの底をスープレードルで叩きながら、砂嵐の中を進んだ。
だが、アンナからの反応は一向になく、歩いていく内にデスストライカーと対決した場所に辿り着く。
なぜ、それが分かったかというと、あの大蠍に破壊された壁の残骸が散らばっていたからだ。
最後、何重も作った壁をレイヴンは、そのまま放置していたのである。
この瓦礫を、このままにしておくと『砂漠の神殿』を往来する人にとって、邪魔かもしれない。
レイヴンは、『買う』で買い戻した後、『金庫』の中に収納した。
あらかた、片付け終えるとレイヴンの耳に、何か呻き声のようなものが飛び込んでくる。
両手を顔の横に当て、耳をそば立てながら、歩くレイヴンは、微かな音を頼りにその元を探した。
風の音に邪魔されながらも、目を閉じて全神経を耳に集中させるレイヴン。
すると、何かを捉えたのか、刮目して走り出した。
聞こえた呻き声は気のせいではなく、紛れもなくアンナの声だったのだ。
しかも、そのか細い響きから、かなり弱っているものと考えられる。
「アンナー!」
レイヴンの叫び声に、微かに身動きする影があった。近づくと、砂の上に横たわっている少女がいる。それは間違いなくアンナだった。
彼女の横に着くと、半分、砂に埋もれた体を掘り起こす。
何とか意識はあるようだが、レイヴンの呼び掛けに対する反応は薄かった。よく見ると、アンナは右足と頭に怪我を負っている。
レイヴンは、すぐに『買う』を唱えた。
それで、出血も止まり、アンナはようやく目を開ける。
「・・・レイヴン・・さん?」
「おう、俺だ。一応、治ったと思うけど、痛むところはあるか?」
体のだるさはあるが、痛みはまったく消えた。アンナは、小さい声で「大丈夫です」と答える。
話を聞くと、大きな石のような塊りが飛んできて、走っている途中、右足に直撃したそうだ。そして、痛みのために蹲っているところ、頭を打ったらしい。
話を総合して考えると、おそらく、デスストライカーが破壊した壁の破片が、運悪くアンナを襲ったのだろう。
そういう事であれば、レイヴンのミスとも言えた。
「俺が迂闊だった。すまない」
「いえ、謝らないでください。こうして見捨てず助けに来てくれて・・・本当にありがとうございます」
アンナは砂漠に取り残され、動くことができないと分かった時点で、最後の覚悟をした。誰もいない孤独な世界で、ゆっくりと迫り来る死の世界。
この小さな体で、その恐怖を受け止めていたのだ。
それが助かったと分かった、この瞬間、どうしょうもなく涙が溢れて来る。
女の子の涙に、どう対処していいか分からないレイヴンは、『金庫』の中から、ハンカチを取り出し、目を逸らしながら渡すのだった。
歩く体力まで回復していないアンナを、丁度、お姫さま抱っこの形で持ち上げると、方位磁石を確認する。
レイヴンは、『砂漠の神殿』に向かって歩き出した。
「あの・・・重たいので、おろしてもらっても大丈夫です」
「全然、大丈夫だ。そんな心配より、体力の回復だけを心掛けてくれ」
サラマンドラの遺跡の中でも何が起こるか分からない。アンナを戦力と見ているからこその話しだ。
レイヴンの腕に抱えられたアンナは、そのまま身を預ける。安心感が手伝ってか、やや力が抜けた森の民の少女は、頬を染めながら胸に顔をうずめた。
何とも気恥ずかしく、まともにレイヴンの顔を見られない。
夢心地のようなこの時間が、このまま続けばと思っていた矢先、黒髪緋眼の青年の足が止まった。
無理矢理、現実の世界に呼び戻す相手が現れたのである。
「ちっ、また、お前かよ」
レイヴンの視線の先には、大蠍デスストライカーが、その両手の鋏を広げて構えを取っているのだ。
本来であれば、耳がいい自分が先に気づくべきと、アンナは自省する。どうも調子が狂っているみたいだ。
レイヴンは、優しくアンナを砂の上に下ろすと、ゆっくりとデスストライカーに向かって歩き出す。
アンナがこの状態では、戦うしか選択肢がないのだ。しかし、それは苦渋の選択という訳ではない。
レイヴンには、さらさら負ける気などなかった。
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