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第3章 魔獣の棲家 編
第58話 雷電封じ
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港町ダールドの埠頭を出航した『ネーレウス号』。
最新鋭艦だというポートマス家の新領主の証言が示す通り、船足は相当速く、みるみる陸を離れて行った。
あっという間に、リゾート地のビーチが小さくなっていく。
この船の船長は、チェスターといい永らくマークス家に仕える水兵だった。デューク救出の際も戦船を指揮し参戦していたが、奇跡的に助かった者の一人である。
あの時は、落雷と同時に船が大破し、船員ともども大海原に投げ出された。どうやって自分が助かったのかは、まるで覚えていない。
気がついた時には、病室の天井を見上げていたのだ。
あの戦いは、ほぼ記憶がなく終わったが、今も喪失感だけが残る。この心の中に、ポッカリと空いた穴をふさぐには、バルジャック兄弟にやり返すしかなかった。
そういった経緯もあり、今回、『ネーレウス号』への乗船を志願したのである。
船長チェスター以下の乗組員も、乗船理由は同じだった。この『ネーレウス号』は、バルジャック兄弟に対する復讐心を燃やす者たちで、構成されていると言っても過言ではない。
兄弟、同僚の敵討ちであったり、単純に自分の自尊心を取り戻すための戦い。
何も出来なかった。いや、させてもらえなかった悔しさが、彼らの原動力となっているようだ。
ただ、そんな船内構成に、レイヴンは不安を抱く面がある。
それはバルジャック兄弟に大敗したことが、彼らのトラウマになっていないかという事だった。いざ、『雷電』が放たれた時、無意識でも腰が引けてしまうのではないかという危惧である。
しかし、そんな不安を払しょくする言葉を船長チェスターが言い放った。
「俺たちは海の男だ。一度、海に出れば、嵐にも遭うし雷だって落ちることはある。悪いが、あまり舐めないでいただきたい」
その言葉を聞いた時、レイヴンは自分の安易な考えに頭を下げて謝罪する。それと同時に、自分の命を彼らに預けてもいいという気持ちになった。
『ネーレウス号』は順調に海面を航行し、海賊のアジトがある小島へと一直線に進む。
そして、そろそろ、敵の警戒網に入るところにまで差し掛かるのだった。
前回は、この近くでオロチの『雷電』によって、艦隊が全滅させられたのである。今回は、たった一隻での強行突破。
落雷対策をとってはいるが、成功するかどうかは分からない。
それでも『ネーレウス号』の進路に迷いはなかった。レイヴンがチェスターたちを信じたように、彼らもレイヴンを信用したのである。
放たれた矢が的に向かうように、『ネーレウス号』もただ、バルジャック兄弟ののど元に食らいつくように、ひた走るのだった。
エルフィーの予告通り、ダールドから軍船がやって来たと聞いて、オロチは「ほうっ」と唸る。
懲りない奴らだと思いながら、その陣容を聞くと不機嫌に眉間にしわを寄せた。
「本当に一隻で、こちらに向かってきているのか?」
「へい。さすがに一隻を見間違う事はありません」
物見の言うことはもっともだ。一隻となれば、数え間違いようがない。
まさか、一隻なら舐めてかかり、見逃してくれるとでも思っているのか?
確かに、乗船している水兵の数もたかが知れている。
例え乗り込まれようとも、屁とも思わないが、敵の思惑通りに進むのは面白くないのだ。
オロチは、その軍船一隻を、さっさと沈めて、海の民を相手取る準備を始めようと考える。
見晴らしのいい物見台に登ると、早速、スキルを唱えた。
『雷電』
次の瞬間、落雷が、勢いよく向かってくる戦船に直撃する。
それを見届けると、これでお終いとばかりにオロチは物見台を降りようとした。
ところが・・・
「お頭、・・・船が、まだ、向かってきます」
「何ぃ?」
そんな訳がないと、自分でも確認するが確かに敵の船は、何事もなかったかのように、こちらに真っ直ぐ向かってきている。
直撃したように見えたが、見間違えたか?
オロチは、今度は念入りに見定めて、呪文を唱えた。
『雷電』
稲光が、今度こそ、間違いなく船に直撃する。煙と水蒸気が立ち込め、その中に赤い火の手まで見えたのだ。
手間取らせやがってと、オロチが一息つこうとしたのも束の間、煙が晴れると、爆走を継続する敵船が、そこに見える。
「そ・・・そんな馬鹿な」
気を取り直して、再度、呪文を唱えるが、やはり同じ。ダールドの船を燃やすのはおろか、止めることもできないのだ。
「ちっ。どんな魔法を使ったのかしらねぇが・・・てめぇら、迎え撃つぞ」
バルジャック兄弟が、この島にアジトとして居座ってから、敵を陸地に迎え入れるのは初めての事。
守備をするという意識が、これまでなかったため、海賊の中には多少の混乱が生まれる。
「要は、目の前の敵をぶっ倒せばいいだけだ。いつもと何も変わらねぇ」
オロチは、配下の者どもを𠮟咤し、雰囲気を締め直した。
それと、あのエルフィーの忠告をようやく認めたのである。
今回、やって来ているのがレイヴンって野郎なのか、まだ、確証はないが、今までのダールドの連中ではないことは確かだ。
きっと、そうなのだろうと決め込む。
自分のスキルを、ここまでコケにされたことがなかったオロチは、まだ、会ったこともないレイヴンに怒りを覚えるのだ。
『簡単には殺さねぇぞ』
散々いたぶって、この世に生まれて来た事すら、後悔させてやろうと誓うオロチだった。
一方、最後の雷撃も避雷針で受け、次の瞬間、レイヴンのスキルで船を修復する。
そんな神業を連続で見せつけられた『ネーレウス号』の船内は、活気に満ち溢れていた。
あの憎たらしいバルジャック兄弟の兄、オロチがさぞ悔しがっているだろうと思えば、溜飲が下がるのである。
さすがはラゴス王の『黒い翼』だと、称賛の声と歓声が沸いた。
もう感覚がマヒしてきたのが、レイヴンは否定するのを止める。今は、この熱気を冷ますような発言は控えた方がいいという計算も働いたのだ。
「上陸したら、バルジャック兄弟は俺たちに任せてくれ」
「分かりました。雑魚の掃討は、我らに任せて下さい」
船長チェスターが、自分の剣を入念に確認してから、レイヴンの指示を承認する。数では負けるが、あの兄弟以外の海賊であれば、後れを取る気はないと気を吐くのだ。
その意気やよしと思いながら、注意点を付け加える。
「それから、アンナとモアナを拉致した相手は別にいる。そいつも、きっと強力なスキルホルダーだろう。見つけたら、手出しせず俺に報告してくれ」
まだ、どんな相手か分からないが、『梟』の可能性も考えられた。
万が一、そうだった場合、チェスターたちでは手に負えないはず。
『水の宝石』を諦めさせるため、きっちり、やっつけておかなければならないのだ。
それに、可能であれば、そいつから『梟』の情報も引き出しておきたい。
『金庫』の中に、収納できなかったアンナの鉄笛を腰に提げているレイヴンは、彼女たちの安否も気遣う。
『待っていろ。必ず、助けてやるから』
逸る気落ちを抑えながら、黒髪緋眼の青年は、上陸の瞬間を待つのだった。
最新鋭艦だというポートマス家の新領主の証言が示す通り、船足は相当速く、みるみる陸を離れて行った。
あっという間に、リゾート地のビーチが小さくなっていく。
この船の船長は、チェスターといい永らくマークス家に仕える水兵だった。デューク救出の際も戦船を指揮し参戦していたが、奇跡的に助かった者の一人である。
あの時は、落雷と同時に船が大破し、船員ともども大海原に投げ出された。どうやって自分が助かったのかは、まるで覚えていない。
気がついた時には、病室の天井を見上げていたのだ。
あの戦いは、ほぼ記憶がなく終わったが、今も喪失感だけが残る。この心の中に、ポッカリと空いた穴をふさぐには、バルジャック兄弟にやり返すしかなかった。
そういった経緯もあり、今回、『ネーレウス号』への乗船を志願したのである。
船長チェスター以下の乗組員も、乗船理由は同じだった。この『ネーレウス号』は、バルジャック兄弟に対する復讐心を燃やす者たちで、構成されていると言っても過言ではない。
兄弟、同僚の敵討ちであったり、単純に自分の自尊心を取り戻すための戦い。
何も出来なかった。いや、させてもらえなかった悔しさが、彼らの原動力となっているようだ。
ただ、そんな船内構成に、レイヴンは不安を抱く面がある。
それはバルジャック兄弟に大敗したことが、彼らのトラウマになっていないかという事だった。いざ、『雷電』が放たれた時、無意識でも腰が引けてしまうのではないかという危惧である。
しかし、そんな不安を払しょくする言葉を船長チェスターが言い放った。
「俺たちは海の男だ。一度、海に出れば、嵐にも遭うし雷だって落ちることはある。悪いが、あまり舐めないでいただきたい」
その言葉を聞いた時、レイヴンは自分の安易な考えに頭を下げて謝罪する。それと同時に、自分の命を彼らに預けてもいいという気持ちになった。
『ネーレウス号』は順調に海面を航行し、海賊のアジトがある小島へと一直線に進む。
そして、そろそろ、敵の警戒網に入るところにまで差し掛かるのだった。
前回は、この近くでオロチの『雷電』によって、艦隊が全滅させられたのである。今回は、たった一隻での強行突破。
落雷対策をとってはいるが、成功するかどうかは分からない。
それでも『ネーレウス号』の進路に迷いはなかった。レイヴンがチェスターたちを信じたように、彼らもレイヴンを信用したのである。
放たれた矢が的に向かうように、『ネーレウス号』もただ、バルジャック兄弟ののど元に食らいつくように、ひた走るのだった。
エルフィーの予告通り、ダールドから軍船がやって来たと聞いて、オロチは「ほうっ」と唸る。
懲りない奴らだと思いながら、その陣容を聞くと不機嫌に眉間にしわを寄せた。
「本当に一隻で、こちらに向かってきているのか?」
「へい。さすがに一隻を見間違う事はありません」
物見の言うことはもっともだ。一隻となれば、数え間違いようがない。
まさか、一隻なら舐めてかかり、見逃してくれるとでも思っているのか?
確かに、乗船している水兵の数もたかが知れている。
例え乗り込まれようとも、屁とも思わないが、敵の思惑通りに進むのは面白くないのだ。
オロチは、その軍船一隻を、さっさと沈めて、海の民を相手取る準備を始めようと考える。
見晴らしのいい物見台に登ると、早速、スキルを唱えた。
『雷電』
次の瞬間、落雷が、勢いよく向かってくる戦船に直撃する。
それを見届けると、これでお終いとばかりにオロチは物見台を降りようとした。
ところが・・・
「お頭、・・・船が、まだ、向かってきます」
「何ぃ?」
そんな訳がないと、自分でも確認するが確かに敵の船は、何事もなかったかのように、こちらに真っ直ぐ向かってきている。
直撃したように見えたが、見間違えたか?
オロチは、今度は念入りに見定めて、呪文を唱えた。
『雷電』
稲光が、今度こそ、間違いなく船に直撃する。煙と水蒸気が立ち込め、その中に赤い火の手まで見えたのだ。
手間取らせやがってと、オロチが一息つこうとしたのも束の間、煙が晴れると、爆走を継続する敵船が、そこに見える。
「そ・・・そんな馬鹿な」
気を取り直して、再度、呪文を唱えるが、やはり同じ。ダールドの船を燃やすのはおろか、止めることもできないのだ。
「ちっ。どんな魔法を使ったのかしらねぇが・・・てめぇら、迎え撃つぞ」
バルジャック兄弟が、この島にアジトとして居座ってから、敵を陸地に迎え入れるのは初めての事。
守備をするという意識が、これまでなかったため、海賊の中には多少の混乱が生まれる。
「要は、目の前の敵をぶっ倒せばいいだけだ。いつもと何も変わらねぇ」
オロチは、配下の者どもを𠮟咤し、雰囲気を締め直した。
それと、あのエルフィーの忠告をようやく認めたのである。
今回、やって来ているのがレイヴンって野郎なのか、まだ、確証はないが、今までのダールドの連中ではないことは確かだ。
きっと、そうなのだろうと決め込む。
自分のスキルを、ここまでコケにされたことがなかったオロチは、まだ、会ったこともないレイヴンに怒りを覚えるのだ。
『簡単には殺さねぇぞ』
散々いたぶって、この世に生まれて来た事すら、後悔させてやろうと誓うオロチだった。
一方、最後の雷撃も避雷針で受け、次の瞬間、レイヴンのスキルで船を修復する。
そんな神業を連続で見せつけられた『ネーレウス号』の船内は、活気に満ち溢れていた。
あの憎たらしいバルジャック兄弟の兄、オロチがさぞ悔しがっているだろうと思えば、溜飲が下がるのである。
さすがはラゴス王の『黒い翼』だと、称賛の声と歓声が沸いた。
もう感覚がマヒしてきたのが、レイヴンは否定するのを止める。今は、この熱気を冷ますような発言は控えた方がいいという計算も働いたのだ。
「上陸したら、バルジャック兄弟は俺たちに任せてくれ」
「分かりました。雑魚の掃討は、我らに任せて下さい」
船長チェスターが、自分の剣を入念に確認してから、レイヴンの指示を承認する。数では負けるが、あの兄弟以外の海賊であれば、後れを取る気はないと気を吐くのだ。
その意気やよしと思いながら、注意点を付け加える。
「それから、アンナとモアナを拉致した相手は別にいる。そいつも、きっと強力なスキルホルダーだろう。見つけたら、手出しせず俺に報告してくれ」
まだ、どんな相手か分からないが、『梟』の可能性も考えられた。
万が一、そうだった場合、チェスターたちでは手に負えないはず。
『水の宝石』を諦めさせるため、きっちり、やっつけておかなければならないのだ。
それに、可能であれば、そいつから『梟』の情報も引き出しておきたい。
『金庫』の中に、収納できなかったアンナの鉄笛を腰に提げているレイヴンは、彼女たちの安否も気遣う。
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