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赤と青
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目を開けると馴染みのない天井が視界に写った。驚いてガバっと起き上がると頭がゴンっとどこかにぶつかった。
「いったあっ……」
まさに最悪の目覚め。それも何故かソファの上にいた。……床じゃないだけマシ、と思っておこう。昨日はどうやら外に出たあと戻ってきたら、眠気に襲われてソファの上に倒れ込んだまま眠ってしまったらしかった。道理で体が怠いわけだ。そうやってソファの上なんかで眠ったせいで着ていたパーカーはぐちゃぐちゃでこのままでは外に出ることも出来ない見るも無惨な状態だ。
「……あー洗濯したい、え、この世界洗濯機あるの?」
月が二つだとか魔法が存在しているだとか私にとっての常識、つまり前の世界の常識と全く違う。洗濯機もない可能性のほうが高い。引きこもりといえども私は潔癖な方だ。洗濯だってするし、もちろん掃除もする。……最悪だ。
今の自分のパーカーとジーンズを今日も着るというわけにはいかないので、取り付けてあったクローゼットを開けた。
「は!?」
女子らしくない声が出たのは許してほしい。だってそこにあったのは、私に似つかわしくない、普段なら絶対に着ないであろうフリフリヒラヒラの服ばかりだったから。これが噂に聞くロリータ服とやらか、なんて他人事のように現実逃避してしまうくらいに私はなっていた。
着れるものを探さないと。端から服を一枚ずつ見ていく。殆どが絶対に着ることが無さそうなもの。好みに合うものがない。一番ましなのは藍色のワンピースのような服、かな。それでもありえないくらいひらひらしていて着たくもないけれど。
「やっぱ似合わない……」
仕方ない。服がないから仕方ないのだ。自分にそう言い聞かせて昨日のように部屋を出た。
「シオン様?」
なんて、部屋を出た途端に爽やかにその白い髪を靡かせて私に声を掛けたのは。――そう、あのクレイという明らかに陽キャで私と生きる世界が違うだろうとしか思えない王子様だ。洗濯が出来ないということに続き、最悪だ。ああぁ、どうすれば逃げられるだろうか。そんなことを考えている間にも、王子様は私に接近してきている。そして、手を掴まれた。私はされるがままで目の前の部屋に連れ込まれてしまった。
「何か、御用でしたか」
コミュ障が発動していることに自分自身少し嫌気がさした。もう少し話せたらこうやって流されることも無かったのにな、とネガティヴな方向にどんどん思考が逸れていっていた。
「昨日の件、考えてくださいましたか?」
あ、勿論今決めなくていいですし、嫌だったら嫌でいいんですけど。と読めない笑顔で言い放たれた。昨日のトールと違い、強引で、会話が早くて言葉が喉元でつっかえて出てこない。
「……えっと、」
やっと絞り出したのは掠れた、聞こえるか聞こえないくらいの声。もう少し話せたら良かったのに、と目に水の膜が張って視界が少し歪んだ。
「すいません。少し言い過ぎましたね。……そういえば、弟と会っているらしいですね。あの子は人を寄せ付けないから珍しいと思いまして。あの子と、弟と仲良くしてやってください」
さっきと一転、表情を崩して、優しい兄の表情をして笑った。……弟、は誰なのだろう。直ぐに浮かんでくれない。そんな言い方をしたということは会ったことがあるはずなのだが。
「弟……?」
「……仲良くしてあげて。僕には、もう出来ないけれど、君なら」
敬語から崩れた言葉と、私が何も返せなくなるほど哀しげな表情。私は彼に背を向けて、部屋から出て行った。
昨日の図書室に入り、長椅子に腰掛けているトールの隣に座る。彼は厚い本を手に持って読んでいた。しばらくして私の存在に気づいたようで、此方を向いて昨日のように優しく、柔らかく笑った。
「……シオン。来てくれたんだ」
どこかやつれたような表情。彼の顔を覗き込むと、なぜ入って来た時に気づかなかったのかと驚いてしまうほど濃い隈が目の下にあった。
「トールさん、寝ましたか?」
「勿論、寝て…… ないな」
あははっ、忘れてたや、と苦しそうに笑うのは最早見ていられない。
「……寝ましょう。寝てください」
彼が持っていた本を取り上げる。余程眠かったのか、女である私でもさほど力を使わずに取り上げることが出来た。
「ふふっ、そこまで言うのなら寝ることにするよ」
少し横になるね、と長椅子に彼は寝転がって目を閉じた。やはり相当眠かったのだろう、しばらくしたら規則正しい寝息が聞こえてきた。
少しの悪戯心で、彼のサラサラした白い髪を撫でる。想像通りサラサラで、そして意外に柔らかかった。閉じられた目を縁取る睫毛は女である私よりふさふさで長い。その姿を眺めていると、一瞬誰かが彼の姿に重なった。知っているのだ。彼にそっくりな誰かを。
「……誰だろう……」
『あの子と、弟と仲良くしてやってください』
『僕には、もう出来ないけど、君になら』
フラッシュバック、と言ったやつだろうか。数時間前に話していた彼、クレイとの会話が頭に流れた。
「……まさか」
白い髪。長い睫毛。整った顔。白い肌。……なぜ、気づかなかったのだろう。彼は、トールは、クレイとそっくりだということに。兄弟、と言うよりは双子のよう。目の色が、青と赤と違うことを除いては。そう思ってしまったが最後、それ以外には全く見えない。……もしかしたら、トールはクレイの双子の弟なのではないか。
「……じゃあ、何でトールは此処に……?」
もしも王族ならこんなところにいるのは可笑しい。こんなに寂れた図書館なんかにいるのは。
……これ以上考えるのは止めよう。私はトールと話してみたいと思っただけで、王家のゴタゴタお家騒動、ましてや聖女問題なんかに関わるつもりはない。私はもう一度トールの柔らかい髪をクシャリと撫でた。
「いったあっ……」
まさに最悪の目覚め。それも何故かソファの上にいた。……床じゃないだけマシ、と思っておこう。昨日はどうやら外に出たあと戻ってきたら、眠気に襲われてソファの上に倒れ込んだまま眠ってしまったらしかった。道理で体が怠いわけだ。そうやってソファの上なんかで眠ったせいで着ていたパーカーはぐちゃぐちゃでこのままでは外に出ることも出来ない見るも無惨な状態だ。
「……あー洗濯したい、え、この世界洗濯機あるの?」
月が二つだとか魔法が存在しているだとか私にとっての常識、つまり前の世界の常識と全く違う。洗濯機もない可能性のほうが高い。引きこもりといえども私は潔癖な方だ。洗濯だってするし、もちろん掃除もする。……最悪だ。
今の自分のパーカーとジーンズを今日も着るというわけにはいかないので、取り付けてあったクローゼットを開けた。
「は!?」
女子らしくない声が出たのは許してほしい。だってそこにあったのは、私に似つかわしくない、普段なら絶対に着ないであろうフリフリヒラヒラの服ばかりだったから。これが噂に聞くロリータ服とやらか、なんて他人事のように現実逃避してしまうくらいに私はなっていた。
着れるものを探さないと。端から服を一枚ずつ見ていく。殆どが絶対に着ることが無さそうなもの。好みに合うものがない。一番ましなのは藍色のワンピースのような服、かな。それでもありえないくらいひらひらしていて着たくもないけれど。
「やっぱ似合わない……」
仕方ない。服がないから仕方ないのだ。自分にそう言い聞かせて昨日のように部屋を出た。
「シオン様?」
なんて、部屋を出た途端に爽やかにその白い髪を靡かせて私に声を掛けたのは。――そう、あのクレイという明らかに陽キャで私と生きる世界が違うだろうとしか思えない王子様だ。洗濯が出来ないということに続き、最悪だ。ああぁ、どうすれば逃げられるだろうか。そんなことを考えている間にも、王子様は私に接近してきている。そして、手を掴まれた。私はされるがままで目の前の部屋に連れ込まれてしまった。
「何か、御用でしたか」
コミュ障が発動していることに自分自身少し嫌気がさした。もう少し話せたらこうやって流されることも無かったのにな、とネガティヴな方向にどんどん思考が逸れていっていた。
「昨日の件、考えてくださいましたか?」
あ、勿論今決めなくていいですし、嫌だったら嫌でいいんですけど。と読めない笑顔で言い放たれた。昨日のトールと違い、強引で、会話が早くて言葉が喉元でつっかえて出てこない。
「……えっと、」
やっと絞り出したのは掠れた、聞こえるか聞こえないくらいの声。もう少し話せたら良かったのに、と目に水の膜が張って視界が少し歪んだ。
「すいません。少し言い過ぎましたね。……そういえば、弟と会っているらしいですね。あの子は人を寄せ付けないから珍しいと思いまして。あの子と、弟と仲良くしてやってください」
さっきと一転、表情を崩して、優しい兄の表情をして笑った。……弟、は誰なのだろう。直ぐに浮かんでくれない。そんな言い方をしたということは会ったことがあるはずなのだが。
「弟……?」
「……仲良くしてあげて。僕には、もう出来ないけれど、君なら」
敬語から崩れた言葉と、私が何も返せなくなるほど哀しげな表情。私は彼に背を向けて、部屋から出て行った。
昨日の図書室に入り、長椅子に腰掛けているトールの隣に座る。彼は厚い本を手に持って読んでいた。しばらくして私の存在に気づいたようで、此方を向いて昨日のように優しく、柔らかく笑った。
「……シオン。来てくれたんだ」
どこかやつれたような表情。彼の顔を覗き込むと、なぜ入って来た時に気づかなかったのかと驚いてしまうほど濃い隈が目の下にあった。
「トールさん、寝ましたか?」
「勿論、寝て…… ないな」
あははっ、忘れてたや、と苦しそうに笑うのは最早見ていられない。
「……寝ましょう。寝てください」
彼が持っていた本を取り上げる。余程眠かったのか、女である私でもさほど力を使わずに取り上げることが出来た。
「ふふっ、そこまで言うのなら寝ることにするよ」
少し横になるね、と長椅子に彼は寝転がって目を閉じた。やはり相当眠かったのだろう、しばらくしたら規則正しい寝息が聞こえてきた。
少しの悪戯心で、彼のサラサラした白い髪を撫でる。想像通りサラサラで、そして意外に柔らかかった。閉じられた目を縁取る睫毛は女である私よりふさふさで長い。その姿を眺めていると、一瞬誰かが彼の姿に重なった。知っているのだ。彼にそっくりな誰かを。
「……誰だろう……」
『あの子と、弟と仲良くしてやってください』
『僕には、もう出来ないけど、君になら』
フラッシュバック、と言ったやつだろうか。数時間前に話していた彼、クレイとの会話が頭に流れた。
「……まさか」
白い髪。長い睫毛。整った顔。白い肌。……なぜ、気づかなかったのだろう。彼は、トールは、クレイとそっくりだということに。兄弟、と言うよりは双子のよう。目の色が、青と赤と違うことを除いては。そう思ってしまったが最後、それ以外には全く見えない。……もしかしたら、トールはクレイの双子の弟なのではないか。
「……じゃあ、何でトールは此処に……?」
もしも王族ならこんなところにいるのは可笑しい。こんなに寂れた図書館なんかにいるのは。
……これ以上考えるのは止めよう。私はトールと話してみたいと思っただけで、王家のゴタゴタお家騒動、ましてや聖女問題なんかに関わるつもりはない。私はもう一度トールの柔らかい髪をクシャリと撫でた。
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