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魔法、制御不可能

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 トールは完全に眠りについたようで、隣で心地よさそうに眠っている。あの窮屈で私には不釣り合いとしか思えないほど豪華な部屋に、折角ここにきておいてすぐ帰ろうとはとても思えなかったので、起きるまで私は本を読むことにするか、と思って私は目の前の本棚に歩いていく。沢山の本があったがどれも魔法に関する本だ。まだ私に読めそうなものを、とひたすらタイトルを見ていく。「魔法学園一年生 初めての魔法 ~下級貴族用~」と書かれた教科書と思われる、比較的薄い本を取り出してページを捲り始めた。下級貴族用と上級貴族用の二種類があったが魔法を全く知らない私にはこれくらいで丁度いいのではないのだろうか。

 予想は当たっていたようで、オールカラー、大きな文字が目に飛び込んできた。恐らく小学一年生くらいを対象に作ってあるのだろう、魔法の知識がほぼ皆無である私でも理解することができた。正直丁寧すぎるくらいだ。

 ぱらぱらと重要そうなところを重点的に読んでいけば三時間ほどで大体の内容を理解できた。内容はこう。この世界には生活魔法と攻撃魔法、治癒魔法という三つに魔法は大きく分けられるらしい。生活魔法は魔力が低くても使えて、攻撃と治癒が使えるかどうかは才能の有無による。上級貴族は使える人が殆どらしい。一年生では生活魔法のみを習うようだ。そして生活魔法は呪文を使うと大きく魔力消費が抑えられるんだと。魔力操作に慣れれば無詠唱、つまり呪文なしでも簡単に発動できる。

「初めは物を浮かせてみましょうって…… 魔法って怖い」

驚きしか感じない。まるでラノベのようだ。……聖女として召喚された時点でそうか。そう思ってしまったが最後、一種の諦めのような感情が私に訪れた。腹を括って生きるしかないのだと。

 とりあえず実行してみよう。どうやら呪文は『フライ』らしい。そのまま英訳しただけでは、と思ってしまったのは許してほしい。まんまラノベだ、なんて思ったことも。……ああ、でもこれなら適当にそれっ厨二病ぽい単語言ってたら魔法を発動できそう。『ファイヤー』とか『ヒール』とか。

 さて、考えが明後日の方向に向かっていたが、話を戻そう。教科書を読み進めるとどうやらこれは浮遊魔法と言われるらしく、慣れたら自分の体を浮かせて飛べるらしい。危ないのでやらないようにしましょうと書いてあったが。やってはいけないなら書かないでくれ、絶対に試す人が出てくるから、と私は不意にそう感じた。

『フライ』

教科書を置いて、少し浮くようにイメージしながら呟く。教科書によると、魔法は要はイメージらしい。引きこもり時代のラノベやゲーム、小説のおかげでイメージは簡単に浮かんだ。

 ふわっ、と。教科書は重力に逆らって上に上がった。そう思ったのもつかの間。

「うわぁぁぁぁぁ……!? え、ちょっ、待って!?」

あっという間に天井まで教科書が上がっていく。止まれ、止まれ、と念じても無情なことに教科書は止まってくれない。……ああ、魔法がトラウマになりそう。

「教科書……!」

幸い本棚には同じものが数冊ある。私はそれをパラパラ捲って解決法をひたすらに探す。

「……あっ! これかな、魔法の解除法。百二十三ページ、っと」

『魔力の流れを止めましょう。そうすれば魔法は自然に解除されます』

魔力の流れを止めましょう。はて、どういうことだろうか? 目を瞑って意識してみると魔力が流れるだとかいうやつかと思ったらそういうわけでもなく、無情にもなんの変化も起こらなかった。

「……どうやったら止まるの!?」

神様、もう二度と魔法を使わないのでどうにかしてください。

 そう言いたくなってしまうほどに事態はさらに酷くなっていく。何故か教科書が未だにバタバタ動き、天井を突き破ろうとしている。図書室は全体的にオンボロなので天井を突き抜けて、城全体をいとも簡単に破壊してしまいそうでとても心配だ。魔法がどんなものか把握していないから余計。どんどんパニックになって血の気が引いていく。

「大丈夫、ゆっくり息をして」

後ろから包み込まれる。温かい。焦りがふと消えて、安心感を覚えた。すると突然、体の中の何かが蠢くような感覚に襲われた。――これが、魔力? 温かい何かが心臓の辺りから流れ出すような。

 そうして浮き上がっていた教科書はゆっくりと下に降りていった。

「大丈夫?」

私は小さく首を前に振った。驚きと、さっきまでの緊張が一気に抜けたことで声が出なくなっていた。

「魔力が多いから、呪文の強制力だけで簡単に発動に必要な分の魔力が引き出されたんだと思う。呪文である程度の割合の魔力が引き出せるように呪文は作られてるから。……引き出せるって言っても本当に少ない割合なんでけど」

普通は魔力の流れを意識してからじゃないと出来ないんだけど、と彼は苦笑いする。……つまり私が形式上「聖女」だから魔法に関する基本スペックが高いということですか。平穏な日常を過ごすには邪魔でしか無い。

「あの、トールさん、眠っていたのに起こしてしまってすいません」

「全然。朝よりとっても楽になったよ。結構寝れたから、ありがとう」

彼は床に無造作に落とされた教科書を拾い上げ着いたホコリをパンパンとはたいた。

「そうだ、明日から少し大変になるかもしれないけど、気負わずに」

大変に? 彼の言葉は謎に満ちていた。何かの警告、どうすればいいかのアドバイス。それが何に対してなのか全く分からなかった。

「どういう、」

「ま、いずれ分かるよ」

彼は意味深な笑みを浮かべる。それ以上彼が何かを教えてくれることはなかった。



「聖女様」

部屋に戻った私に、兵士らしい格好をした男性がそう呼びかけてきた。目の下に傷があり、厳つい雰囲気を醸し出しているからだろうか、私の手は少し震え言葉がうまく出てこなくなった。

「第一王子に面会を申し込まれております。ご同行していただいてもよろしいでしょうか」

「……は、い」

朝のような強引な呼び出しではなく、こうして兵士を通した正式な呼び出し。なにか大切で欠かせない話であるということはこの国の常識を全く知らない私でも安易に理解することが出来た。

『明日から少し大変になるかもしれないけど』

トールの意味深な言葉はこのことを指していたのか、とやっと私は理解した。

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