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勇者様と提案

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「ん。着いた」

着いたのは、白雪姫の小人の家のようななんともメルヘンチックなおうち。あれだ、シル◯ニアファミリーだ、なんて思いながら彼を見つめた。

「ここが、貴方の家ですか?」

「うん、そう。昔は勇者やってたんだけど用無しになったからね。五年くらい前からここでご隠居生活送ってる」

……勇者? そう聞いた瞬間、自分の耳を疑った。今代の勇者を指すのは「ツバサ・アヤカワ」ただ一人だ。突然発生したSランクの黒竜を難なく倒し、世界を救った人物だというのか。信じられなくなって私は自分の頬を抓った。

「……うん、痛い」

「何やってんの、そんなことやったらそりゃ痛いでしょ。ほら手当するよ」

呆れた顔で彼はヒールが折れた靴を脱がせる。そして擦りむいた膝を水を掛けて洗い流し、薄い脱脂綿のようなものを被せて固定してくれた。

「ほい、できた。……これで悪化しないはず……」

治癒魔法使えたらよかったんだけど、と彼は申し訳なさげに手を合わせた。

 私は「勇者様」がこんなふうに焦って心配している、と物珍しさか、嬉しさからか小さく笑っていた。

「ううん、助けてくださっただけでとっても感謝でいっぱいです! このまま死ぬところでした、ほんっとうに助かりました」

「いや俺は当然のことをしただけだし…… そういえば君、これからどうするの? 見たところどっかに嫁ぎに行くみたいな衣装着てるけど。よければ送るよ」

ここでそうだ、と言うべきなのか。本当はリリーシアに嫁ぎに行かねばならない。

 なのにせっかく封じ込めていた気持ちが溢れ出てきていた。……やっぱり行きたくない。嘘をついたらリリーシアに行かなくて済むのではないか、とそう思ってしまった。

「……私は、貴方の言う通り、リリーシアに嫁ぎに行くことになっています」

嘘はつけなかった。優しく私を見つめてくれるこの人にはできなかった。私を匿ったらこの人は騙されただけだったとしても殺される。私が王族だから。そのことに思い至って、心が苦しくなったから嘘なんて言えなかった。

「……そっか。でも、行きたくないんでしょ、その様子だと」

彼の意図が分からないまま、私は縦に首を振る。……この人だって貴族のことは分かっているはずだ。元勇者だったんだから、私なんかを匿ったら処罰を与えられることくらい。 
 
「君さ、盗賊に襲われたんでしょ? ……なら、途中で失踪していたっておかしくない。相手側だって諦めるさ。……ってことでここに住む?」

「は?」

この勇者様は何を言っているのでしょうか。



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