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家事と引き換え

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 言いたいことは理解した。私を盗賊に襲われたことにして、ここに隠居しろということだ。……なんで彼がそんなリスクを犯すのかが分からない。

 そんな私の心情を察したかのように、彼は理由を話しだした。

「あー、気に入ったの。面白そーだし。ちょうど話し相手も欲しかったしね。家事全般をやってくれることと引き換えにここに住んでもいーよ」

それともリリーシアまで行く?と聞かれてしまったら私は申し出をありがたく受け入れるしかない。理由になっていない気がしなくもなかったが。……だってリリーシアに行くよりはよっぽどいいじゃんか。野垂れ死なずに生きていけるならリリーシアになんてさらさら行く気がなくなった。……ああ、この人が悪い人ではないことを祈るしかない。

「……じゃあ、よろしくお願いします」

「よろしく。……じゃ、早速夜ご飯作ってほしいな。俺、ここに来た時学生だったせいでさ、焼くか茹でるしか出来なくて。最低限しか作れないんだよなあ」

あはは、と苦笑いする彼を見て考える。……確か彼が来たのは十五歳、中三か高一といったところだ。なら仕方ないかもしれない。私もそれくらいの時は料理なんてからっきしだったし。

「じゃあ作ってきます! えっと、キッチンは――」

「あっち。使い方分からなかったら言って。あと、バスケットの中のネコちゃんに牛乳あげとくね。――あ、そうだ。キミさ名前はなんてゆーの?」

ああ、忘れていた。やっちゃったや、なんて思いながら彼に返す。

「ステラ、です」

「ああ、あの王女様か。俺はツバサ」

「じゃあツバサさん、今度こそご飯作ってきます」

「ん、行ってらっしゃい」

私は彼の言っていたキッチンまで走っていく。

「……おぉ、さすが勇者様だわ……」

キッチンを見た途端に零れ出たのはそんな言葉だった。

 だって、冷蔵庫もどきを完備している。冷却魔法を常にかけ続けられる、緻密な魔法陣を書く能力とそれを動かし続けられる膨大な魔力が必要な、王宮の厨房なんかにしかない代物。それをたった一人のために置いていたとは。

「なんて考えてる場合じゃないじゃん。作らなきゃ」

追い出されて野垂れ死には断固拒否したい。とにかく何か作ればいいのだ。

「はいはい。肉と野菜と謎な調味料ねー うんどうしよう」

うん、当たり前だけど日本と全然違う。見たことないものばかりだ。今生は一応、お姫様だったせいで料理なんて絶対にさせてもらえなかった。基本的な調理方法を本で読んだことがあるくらい。

「やってみるか」

私は袖を捲りあげて、気合を入れるために両頬を平手でパンと叩いた。




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