2 / 4
偽聖女と断じられたので、気ままに従者とスローライフを目指したい
しおりを挟む
「お久しぶりですね、殿下。なにか御用が?」
「しらばってくれるな! 今まで聖女のフリをして、権力と財力をものにしようとしていたのだろう? 見損なったぞ!」
……あぁ、その話か。ありがちな嫌がらせというかなんというか、聖女を夢見た女の子が流したらしい噂を殿下はあろうことか信じ込んでいるらしい。わざわざ握りつぶすまでもないとは思ったが、そんなアホらしい噂に引っかかるこうも阿呆な殿下が王太子でこの国はこのままでは立ち行かないだろう。王もかわいそうに、まあでも第二王子は割に聡明だったからどうにかなるのだろうか、あぁ、それでも他の公爵令息なんかも阿呆に呼応するかのように頭の残念な方々しかいなかったと思うからやっぱり厳しいだろうか、などというところまで考えてから、まぁどうでもいいか、と笑みを形作って答えを返すことにした。こんな王子でも一応は聖女に関する諸事の担当なので、この人の言うことを無視するとあとが面倒だから。
「なるほど、そういうお話でしたか。ではその噂通りに処分を下していただいて構いません。火のない所に煙は立たぬ、と言いますし、殿下がそうお思いになるならばそれが事実なのでしょう」
「……っ、そう言うのならば処分を下そうではないか! 聖女の位を詐称することは国外追放にあたる! そなたの爵位を取り上げたうえで、国外追放とする!」
「分かりました、ではその旨を書類に記していただけますか?」
「あぁ、勿論だとも!」
売り言葉に買い言葉とよく言うが、まさにそのような感じで王子はさらさらと羊皮紙に記入していきサインと印章を押してしまう。内容は聖女を騙ったとされる私への婚約破棄と国外追放、爵位剥奪がもちろん書いてある。もちろんカケラも迷うことなく自分の名前を記入した。
「では、お話はそれだけですか?」
「そ、そうだが…… 国外追放だぞ、分かっているのか!?」
「ええ、構いませんわ。そのような嫌疑をかけられた時点で聖女には相応しくないでしょうし」
では、失礼します、とだけ言い残して、王城の会議室を出た。
◇
「あの阿呆とのお話は終わりましたか、お嬢様」
苛ついた様子で馬車の前に佇んでいた私の従者、エヴァンはその苛つきを隠すこともなく吐き捨てるようにそう聞いてくる。
「阿呆なんて言っちゃダメよ、阿呆なんて。たとえそれが事実でもね。あの男、どうにも頭が残念で甲斐性なしなお馬鹿さんではあるけれど腐っても王太子なんだから」
「お嬢様のほうが手酷いようには思われますが、承知いたしました。で、お話の内容を教えて頂けますか?」
「馬車の中でなら、ね」
「では、今すぐ帰路につくといたしましょう」
急いてはいるが、それでも丁寧に馬車に乗せられる。ところどころに苛立ちは滲んでいるが、他の人には余程エヴァンと関わりがない限りわからないだろう。あの阿呆にもエヴァンを見習ってもらえたら、とついため息が。
「お嬢様?」
「大丈夫よ、阿呆のことで頭が痛くなっただけ」
「あぁ、なるほど。あの阿呆……やはり排除するべきでは、」
「腐ったリンゴばっかりのこの国からたった一つ取り除いたとて、変わらないわよ。諦めなさい」
「……まぁ、そうでしょうけど」
「さあ、貴方も馬車に乗りなさい、出るわよ」
「はい」
◇
「もう郊外ですし教えてもらって構わないですよね?」
「ええ。私もあのおバカのことを貴方に話したいと思っていたところよ」
かたかたかたかた、地面の凸凹に合わせて上下する、心地いいとは言い難い車内で、ゆっくりとあのお馬鹿の言ったことを反芻する。残念ながら記憶力は非常によいので一言一句違わず言える程度には覚えているのだ。
「……なんと、腹立たしい! お嬢様ほど聖女がふさわしい方は明らかに存在しないでしょうに、あの王子は頭だけでなく目もお悪くいらっしゃったのですか。あぁ、腹立たしい」
「仕方ないわよ、あのおバカには虚言を見抜くだけの才覚すらなかったのは明らかだったもの。――それよりも、こうなってくれたからには以前から考えていた策を実行する必要があるわね」
「あぁ、確かにそうですね。こうも簡単に上手いこといくとは思っていなかったので、まぁ結果的には良かったということなんでしょうか。それにしても許せるわけではありませんが」
聖女、というのは名誉であり、それでかつ悲惨な立ち位置だ。聖女は生まれたときから並々ならぬ浄化の力を持っている女のことを指す。一世代に一人のみ生まれ、聖女を妃にすることで王はより安泰な地位を手にすることができるのだが、そうなった場合聖女に課せられるのは王城から一切出ることができず国のためにただひたすら祈りつつお世継ぎの育成に励んで国の象徴となることだ。人によってはこれは幸せと呼ばれるものにあたるのかもしれないが、私は断じてお断りだった。それはもう、本当に嫌で嫌で仕方なかったのだ。自らが尽くそうと思えるような相手なら納得もできたかもしれないが、相手はあのお馬鹿な王子。到底耐えられない。と、いうことで前々から私とエヴァンは聖女のお役目からどうにかして逃れるための策を前々から立てていたのだった。とはいえ、そんなこと普通は許されないのであくまで机上の空論、ただの子どもの絵空事程度のつもりだったのだけれど。
「まぁもう書類は作成されたんだから前向きなことだけ考えましょう。あの羊皮紙は正式な契約用のものだったから破棄には互いの同意が必要だし、隠蔽のために燃やすことも捨てることもできない特別なものだったわ」
「では国外追放はお嬢様が取り消しを望まない限り取り消されることはない、ということですか」
そう、あのとき真っ先に書類を求めたのは後戻りができないようにするためだ。あの王が王子の妄言だけで聖女を手放すわけがない、口約束のような軽いものでは一瞬で取り消される。その点、契約という形にしておけばもう覆ることはない。
「さあ、屋敷に帰ってさっさと荷物を纏めましょう。勿論あなたはついてきてくれるのでしょう、エヴァン?」
「当たり前ですよ、お嬢様。自分は貴方だけのためにある騎士であり、また従者なんですから。爵位がなくなった程度で貴方への愛が消えるわけ無いでしょう。どこまでもお供しますよ」
「そう。あなたのそういうところ割と好きよ」
「……今好きって言いました!?」
「さぁね。――行き先はこの領地から一番近いウェリタスよ。冬に入るまでの到着を目指したいわ」
「了解しました」
この先がどうなるかは誰にも分からない。ただ、それはきっと輝かしいものに違いない。
「これから楽しみね」
「そうですね、とても楽しみです」
これからの未来に思いを馳せ、唯一の私の騎士――そして実はひっそりと思いを寄せていた――エヴァンと微笑み合って、目を閉じた。
「しらばってくれるな! 今まで聖女のフリをして、権力と財力をものにしようとしていたのだろう? 見損なったぞ!」
……あぁ、その話か。ありがちな嫌がらせというかなんというか、聖女を夢見た女の子が流したらしい噂を殿下はあろうことか信じ込んでいるらしい。わざわざ握りつぶすまでもないとは思ったが、そんなアホらしい噂に引っかかるこうも阿呆な殿下が王太子でこの国はこのままでは立ち行かないだろう。王もかわいそうに、まあでも第二王子は割に聡明だったからどうにかなるのだろうか、あぁ、それでも他の公爵令息なんかも阿呆に呼応するかのように頭の残念な方々しかいなかったと思うからやっぱり厳しいだろうか、などというところまで考えてから、まぁどうでもいいか、と笑みを形作って答えを返すことにした。こんな王子でも一応は聖女に関する諸事の担当なので、この人の言うことを無視するとあとが面倒だから。
「なるほど、そういうお話でしたか。ではその噂通りに処分を下していただいて構いません。火のない所に煙は立たぬ、と言いますし、殿下がそうお思いになるならばそれが事実なのでしょう」
「……っ、そう言うのならば処分を下そうではないか! 聖女の位を詐称することは国外追放にあたる! そなたの爵位を取り上げたうえで、国外追放とする!」
「分かりました、ではその旨を書類に記していただけますか?」
「あぁ、勿論だとも!」
売り言葉に買い言葉とよく言うが、まさにそのような感じで王子はさらさらと羊皮紙に記入していきサインと印章を押してしまう。内容は聖女を騙ったとされる私への婚約破棄と国外追放、爵位剥奪がもちろん書いてある。もちろんカケラも迷うことなく自分の名前を記入した。
「では、お話はそれだけですか?」
「そ、そうだが…… 国外追放だぞ、分かっているのか!?」
「ええ、構いませんわ。そのような嫌疑をかけられた時点で聖女には相応しくないでしょうし」
では、失礼します、とだけ言い残して、王城の会議室を出た。
◇
「あの阿呆とのお話は終わりましたか、お嬢様」
苛ついた様子で馬車の前に佇んでいた私の従者、エヴァンはその苛つきを隠すこともなく吐き捨てるようにそう聞いてくる。
「阿呆なんて言っちゃダメよ、阿呆なんて。たとえそれが事実でもね。あの男、どうにも頭が残念で甲斐性なしなお馬鹿さんではあるけれど腐っても王太子なんだから」
「お嬢様のほうが手酷いようには思われますが、承知いたしました。で、お話の内容を教えて頂けますか?」
「馬車の中でなら、ね」
「では、今すぐ帰路につくといたしましょう」
急いてはいるが、それでも丁寧に馬車に乗せられる。ところどころに苛立ちは滲んでいるが、他の人には余程エヴァンと関わりがない限りわからないだろう。あの阿呆にもエヴァンを見習ってもらえたら、とついため息が。
「お嬢様?」
「大丈夫よ、阿呆のことで頭が痛くなっただけ」
「あぁ、なるほど。あの阿呆……やはり排除するべきでは、」
「腐ったリンゴばっかりのこの国からたった一つ取り除いたとて、変わらないわよ。諦めなさい」
「……まぁ、そうでしょうけど」
「さあ、貴方も馬車に乗りなさい、出るわよ」
「はい」
◇
「もう郊外ですし教えてもらって構わないですよね?」
「ええ。私もあのおバカのことを貴方に話したいと思っていたところよ」
かたかたかたかた、地面の凸凹に合わせて上下する、心地いいとは言い難い車内で、ゆっくりとあのお馬鹿の言ったことを反芻する。残念ながら記憶力は非常によいので一言一句違わず言える程度には覚えているのだ。
「……なんと、腹立たしい! お嬢様ほど聖女がふさわしい方は明らかに存在しないでしょうに、あの王子は頭だけでなく目もお悪くいらっしゃったのですか。あぁ、腹立たしい」
「仕方ないわよ、あのおバカには虚言を見抜くだけの才覚すらなかったのは明らかだったもの。――それよりも、こうなってくれたからには以前から考えていた策を実行する必要があるわね」
「あぁ、確かにそうですね。こうも簡単に上手いこといくとは思っていなかったので、まぁ結果的には良かったということなんでしょうか。それにしても許せるわけではありませんが」
聖女、というのは名誉であり、それでかつ悲惨な立ち位置だ。聖女は生まれたときから並々ならぬ浄化の力を持っている女のことを指す。一世代に一人のみ生まれ、聖女を妃にすることで王はより安泰な地位を手にすることができるのだが、そうなった場合聖女に課せられるのは王城から一切出ることができず国のためにただひたすら祈りつつお世継ぎの育成に励んで国の象徴となることだ。人によってはこれは幸せと呼ばれるものにあたるのかもしれないが、私は断じてお断りだった。それはもう、本当に嫌で嫌で仕方なかったのだ。自らが尽くそうと思えるような相手なら納得もできたかもしれないが、相手はあのお馬鹿な王子。到底耐えられない。と、いうことで前々から私とエヴァンは聖女のお役目からどうにかして逃れるための策を前々から立てていたのだった。とはいえ、そんなこと普通は許されないのであくまで机上の空論、ただの子どもの絵空事程度のつもりだったのだけれど。
「まぁもう書類は作成されたんだから前向きなことだけ考えましょう。あの羊皮紙は正式な契約用のものだったから破棄には互いの同意が必要だし、隠蔽のために燃やすことも捨てることもできない特別なものだったわ」
「では国外追放はお嬢様が取り消しを望まない限り取り消されることはない、ということですか」
そう、あのとき真っ先に書類を求めたのは後戻りができないようにするためだ。あの王が王子の妄言だけで聖女を手放すわけがない、口約束のような軽いものでは一瞬で取り消される。その点、契約という形にしておけばもう覆ることはない。
「さあ、屋敷に帰ってさっさと荷物を纏めましょう。勿論あなたはついてきてくれるのでしょう、エヴァン?」
「当たり前ですよ、お嬢様。自分は貴方だけのためにある騎士であり、また従者なんですから。爵位がなくなった程度で貴方への愛が消えるわけ無いでしょう。どこまでもお供しますよ」
「そう。あなたのそういうところ割と好きよ」
「……今好きって言いました!?」
「さぁね。――行き先はこの領地から一番近いウェリタスよ。冬に入るまでの到着を目指したいわ」
「了解しました」
この先がどうなるかは誰にも分からない。ただ、それはきっと輝かしいものに違いない。
「これから楽しみね」
「そうですね、とても楽しみです」
これからの未来に思いを馳せ、唯一の私の騎士――そして実はひっそりと思いを寄せていた――エヴァンと微笑み合って、目を閉じた。
315
あなたにおすすめの小説
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
婚約破棄?ああ、どうぞお構いなく。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢アミュレットは、その完璧な美貌とは裏腹に、何事にも感情を揺らさず「はぁ、左様ですか」で済ませてしまう『塩対応』の令嬢。
ある夜会で、婚約者であるエリアス王子から一方的に婚約破棄を突きつけられるも、彼女は全く動じず、むしろ「面倒な義務からの解放」と清々していた。
もう何も奪わせない。私が悪役令嬢になったとしても。
パリパリかぷちーの
恋愛
侯爵令嬢エレノアは、長年の婚約者であった第一王子エドワードから、公衆の面前で突然婚約破棄を言い渡される。エドワードが選んだのは、エレノアが妹のように可愛がっていた隣国の王女リリアンだった。
全てを失い絶望したエレノアは、この婚約破棄によって実家であるヴァルガス侯爵家までもが王家から冷遇され、窮地に立たされたことを知る。
婚約破棄は踊り続ける
お好み焼き
恋愛
聖女が現れたことによりルベデルカ公爵令嬢はルーベルバッハ王太子殿下との婚約を白紙にされた。だがその半年後、ルーベルバッハが訪れてきてこう言った。
「聖女は王太子妃じゃなく神の花嫁となる道を選んだよ。頼むから結婚しておくれよ」
断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。
パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。
将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。
平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。
根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。
その突然の失踪に、大騒ぎ。
婚約破棄がお望みならどうぞ。
和泉 凪紗
恋愛
公爵令嬢のエステラは産まれた時から王太子の婚約者。貴族令嬢の義務として婚約と結婚を受け入れてはいるが、婚約者に対して特別な想いはない。
エステラの婚約者であるレオンには最近お気に入りの女生徒がいるらしい。エステラは結婚するまではご自由に、と思い放置していた。そんなある日、レオンは婚約破棄と学園の追放をエステラに命じる。
婚約破棄がお望みならどうぞ。わたくしは大歓迎です。
さようなら、婚約者様。これは悪役令嬢の逆襲です。
パリパリかぷちーの
恋愛
舞台は、神の声を重んじる王国。
そこでは“聖女”の存在が政治と信仰を支配していた。
主人公ヴィオラ=エーデルワイスは、公爵令嬢として王太子ユリウスの婚約者という地位にあったが、
ある日、王太子は突如“聖女リュシエンヌ”に心を奪われ、公衆の場でヴィオラとの婚約を破棄する。
だがヴィオラは、泣き叫ぶでもなく、静かに微笑んで言った。
「――お幸せに。では、さようなら」
その言葉と共に、彼女の“悪役令嬢”としての立場は幕を閉じる。
そしてそれが、彼女の逆襲の幕開けだった。
【再公開】作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる