宝生の樹

丸家れい

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第一章

予波ノ島

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 倭ノ国・予波ノ島よはのしまは歪な菱形の形をした島で、およそ二百年前までは戦乱の地だった。

 当時の予波ノ島は、天皇家に帰順しないまつろわぬ民――伊予の一族が占拠していた。伊予の一族には、神や精霊、妖魔が棲む常世と繋がれる不思議な能力を持つものがおり、呪術で予波ノ島を豊かにしていたのだという。

 一方、本土は飢饉に見舞われ、戦が絶えず民は疲弊していた。

 どうして、予波ノ島だけが気候や農作物に恵まれるのか。
 
 予波ノ島は、呪術を使って倭ノ国の豊かさを独り占めしているのではないか、と疑った時の天皇・神能かのう天皇は、伊予の一族を率いる族長に話し合いの場を設けた。

 しかし、伊予の一族が断固拒否したことにより、戦端が開かれた。
 私利私欲に塗れ、現人神である天皇を蔑ろにした悪しき一族と朝廷軍との戦いは長年続いた。

 不毛な戦を終わらせようと慈悲深い神能天皇は再び一族の族長との会談を求めたが、一族は天皇の御所がある都・京樂けいらく(通称・中央)を襲った。
 
 朝廷軍に捕えられた伊予の一族の族長をその場で斬首。
 
 まつろわぬ民を討伐した神能天皇は、倭ノ国に平和をもたらしたとされている。

 そして、戦で貢献した賜姓皇族の美弥藤みやふじ家に予波ノ島を与えた。

 予波ノ島は、一年を通して比較的温暖な気候で作物がよく育ち、住みやすい土地だった。美弥藤家が中央より引き連れた民が田畑を耕し、農作物を豊富に作り出すには時間がかからなかった。

 ただひとつ問題だったのは、数年に一度やってくる日照りだ。

 百日以上雨が全く降らず日照りが続くこともある。昨年も春先から雨が降らなかったが、どうにか初夏にまとまった雨が降り、秋には金色に光る稲穂がふっくらと膨らんで豊作となった。

 だが、しかし。
 斜面に紫陽花が咲く堤体に立つ美弥藤青は、ひとりごちた。

「梅雨の時期だというのに、こうも晴天続きでは池の水が干上がってしまうな」

 そう眉間の皺を寄せながら溜池を覗いていた青は深く艶のある黒色――呂色の瞳を天へ転がした。

 清々しいほどの雲一つない青空。

 ひとつに結い上げた黒髪を青嵐に棚引かせ、青は困ったように唇を歪める。
 今年もまた春先からまとまった雨が降らず、日照りが続いていた。どうにか、無事に田植えを終えたものの、溜池の水位が日に日に下がり続けていることに農民は不安を抱えているようだった。

 先月、青が視察に訪れたときはまだ半分以上あった溜池の水が半分もない。これでは半月も持たないだろう。

「……へぇ。これでは米が作れませぬ。国守さまに御納めするどころか、わしらの分も収穫できるかどうか……」

 前歯が抜けた中年男性――又吉またきちが、青白い色をした顔を顰めていた。

 天皇家から予波ノ島を与えられてからの二百年もの間、溜池を増やして渇水に備えてはいるが、自然相手に人間の意思が通じるわけもなく手の施しようがない。

 昨年の日照りに耐えられたのは、溜池近くにある村ばかりだった。溜池近くの農家が、自分たちの田んぼを優先して溜池の水を流していたのだ。

 今現在、予波ノ島は五つの農村に区分けされ、それぞれの村には長がいる。溜池から離れてしまっている村人は年貢を納めきれず、美弥藤家の家臣だった蓮水直成なおなりによって農村の長がひとり処刑されてしまった。

 直成の独断だったのだが、国守である青の父・美弥藤保親やすちかの命だと思う村人も多かった。恐れを成した民の中には、溜池近くの村人を襲い、領地を奪う者や、海を渡って逃げた者もいる。

 そして、青の隣に立つ又吉もまた村を統括する長のひとりである。このまま雨が降らず年貢を納められなければ、処刑されてしまうのではないかと又吉は恐れていた。

 父上はそんなことをしない、と言い切れない青は苦虫を噛んだように顔を歪めた。
 現に、当時の直成は主上である保親から「次はない」と忠告を受けただけだった。

 独断で、予波ノ島を支えてくれている民をひとり殺したのだ。
 もっと重い罪を科してもよかったのではないかと青は思い、保親に意見したが取り合ってもらえなかった。

 もしかしたら、直成と同様に見せしめをすることで民を脅かして、何が何でも年貢を納めさせようという考えなのではないかと疑ったこともあった。

 だが、何か他に考えがあるのだろうと今は思い直してはいるが。

 どちらにせよ、渇水の影響で村人の生活が脅かされていることは変わらない。

 どうしたらよいだろう。

 納めてもらう年貢の割合を減らすよう保親に話を持ち掛けてみようか、と青が腕を組んで思案していると、静かに背後に立っていた白い頭巾を被り、白い布作面を付けた童がぽつりと呟いた。

「明日、降るよ」

「え?」

 青が振り返ると、童は再び口を開いた。

「雨、降るよ。絶対に」

 何故わかるのだ、と青が問う前に、又吉が苛立ったように抜けた前歯から息を吐き出した。

「たわけたことを言わんでくれ! こっちは命がかかっておるのだぞ! なんの気休めにもならんわい!」

 又吉は肩を震わせて雑草を踏み倒しながら斜面を下りて行った。近くにいた村人にも、愚痴めいたことを言っている。

 青は又吉から視線を外して天を仰ぐ。

 雲一つない晴天がどこまでも広がっていて、そよぐ風からは海の香が。海に面した遠くの空にも白い影はなかった。

 隣に歩み寄ってきた童に青は聞く。

「本当に降ると思うか?」

 白地に銀色の刺繍が施された着物を纏った童は、袖口から包帯を巻いた腕を出し、人差し指を天へ示した。

「空気中の水を集めて、降らせばいい」

「……誰がするのだ?」

「僕がするよ」

 
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