宝生の樹

丸家れい

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第一章

巫覡の才

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 青は目を見開いて、童を見やる。

「東が?」

 腕を下ろした白ずくめの童――東は青に顔を向けて「うん」と頷いた。
 にわかには信じられないことではあるが、青は過去に東の兄・蓮水直政から聞いたことがあった。

 東には巫覡ふげきの才があると。

 倭ノ国には、古より神々が棲んでいると伝えられている。
 天上の神、地上の神、風や水、炎など自然界全てに神々が宿っているのだと。その目に見えない世界――常世と通ずることができる特殊な能力を持つ者を巫覡と呼んでいた。

 今では、神々が祀られている神社に勤めている者全般を巫覡と呼ぶが、本来は常人には持ち得ない能力を持つ者ことを言う。予知能力を持つ者、人々の不調を見極め癒す者、天気を自由自在に操る者など巫覡の能力は様々のようだ。

 巫覡の中でも、神々の姿を見ることができ、会話することが許されている者がいる。その者は巫覡の能力が第一等とされ、天皇家に召し抱えられるのが常であり《巫覡》ではなく《神子みこ》と特別な名称で呼ばれるのだと母親から聞かされたことを青は思い出していた。

 そして、天皇家の意に背く巫覡は牢獄、最悪、断罪だとも。

 無意識に渋面を作っていた青に、東は首を傾げた。

「青さん、どうしたの?」
 
 はっと我に返った青は表情を和らげて首を振った。

「いや、何でもない。……東、その能力のことは誰にも言うなよ」

 東は一泊間したのち、弱々しく言った。

「……気持ち悪いから?」

 青は腰を屈めて東の細い肩を掴み、布作面の向こうにある東の深紅の瞳をしかと見つめる。

「違う。……確かに、類稀なるその力は珍しい。だからと言って、自分を痛めつけるようなことを言うのではない。世の中には、東の特別な能力を利用しようと悪いことを企む奴もいるのだ。不安にさせたいわけではないが……わかるか?」

 東は、こくりと頷く。青も続けて頷き、白い頭巾の上から東の頭を撫でた。

「まぁ、私が守ってやるから安心しろ」
 
 そう微笑んで青は立ち上がり、小島が浮かぶ海を眺めた。本土と伊予ノ島に挟まれた内海――速津内海はやつないかいである。

 古来より、この内海には海神の眷属である龍神が海面を泳いでいたという逸話が残っており、そこから速津と名付けられたのだという。浜辺に打ち寄せる波は小さく、穏やかな海である。

 幼馴染だった直政と農村の子供らと共に、波を漂って浜辺に打ち上げられた流木や貝を拾って遊んだことを思い出した青は懐かしげに目を細めた。

 釣りをしたり、木の枝を刀に見立てて殺陣の練習をしたり。もっぱら男子の遊びを好んでいた青は、武家の姫君らしい和歌や茶道を嗜むようなことは一切しなかった。
 
 母親には女子なのだからと窘められていたが青は構うことなく直政たちと遊んだ。
 今も尚、姫君のような煌びやかな着物に袖を通すことなく、動きやすい袴を着ている。

 脳裏に刻まれた直政との色褪せない記憶に青は笑った。

「これからなのだぞ。東の人生は。悲しく辛いこともあるだろうが、その分、楽しいことも嬉しいこともあるからな」

 青が東に瞳を転がすと、ふわりと青い風に煽られてわずかに布作面が揺れた。不意に東の柔らかな弧を描く口元が垣間見え、青もまた微笑んだ。

 



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