宝生の樹

丸家れい

文字の大きさ
9 / 40
第一章

白銀の龍神

しおりを挟む
 そのときのことを思い出した青はお守りから手を離し、逃げるように満月を見上げてため息をついた。自分の心の内とは反して、雲一つなく、白銀に輝く星屑の歌声が流れ落ちてきそうな夜空である。

 本当に明日は雨が降るのだろうか、と青が思っていると背後から声をかけられた。

「明朝に雨乞いをするから、大丈夫だよ」

 そう苦笑交じりに言って青の隣に腰を下ろしたのは東だった。
 青は苦笑いを浮かべる。

「東のことを信じていないわけではないが……自分が見たことのない世界を信じるのは難しいな」

「だろうね。……けど、青さんは、昔は――前世は目に見えない世界に棲む神様と繋がっていたんじゃないかな」

「え?」

 思いがけない東の言葉に青が瞳を瞬かせていると、東は続けた。

「たぶん、ずっと昔。白い着物を纏って、翡翠色の勾玉を首から下げた巫覡のような女性だった。鹿の角を施した白い面をつけて舞を踊っていたのが見えたことがある」

 青は小首を傾げる。

「鹿の角?」

 東は頷いた。

「そう、鹿の角。龍神には鹿のような角が生えているでしょう? 龍神のために舞を踊って祈りを捧げていたんだと思う」

 そういえば、保親と兄と共に一度だけ中央に赴いたときに神社で見たことがある。
 黒々とした龍神の絵が天井に描かれていたのを青は思い出していた。

 螺旋を描くように蠢く黒い龍神が牙を剥き出しにしているのを見て、恐れよりも、美しいと思ったのを覚えている。

「龍神は黒いのか?」

 東は思案するように言う。

「……うーん。確かに、黒いのもいるけど、青や赤、金……色が混ざったような龍神もいるよ。ここにもいるんだよ」

 と東は地面を指さした。青も東に倣って、地面に指を差す。

「ここに?」

 何の変哲もない砂利が敷かれ、雑草が生えた庭である。想像でしかないが、龍神が存在するところはもっと清廉としたところなのだと思っていた。

「えっとね、……予波ノ島の地中に、銀色に輝く白い龍神が眠ってるんだよ」

 こう予波ノ島の縁に沿うように、と東が手振りで教えてくれる。手に巻き付けている包帯が緩んでいたので、青はそっと東の手を取った。

「そうか」

 と、手の甲にある包帯の結び目をほどきながら青は小さく笑った。

 あれから――東の父親である蓮水直成が逆賊として捕らえられてから四か月が経つ。
 東の兄・直政が蓮水家では白人を匿っていると美弥藤保親に告げ口をしたことがきっかけに、蓮水家の背信行為が露呈した。

 蓮水家は、美弥藤家が京樂に住んでいた頃から仕える譜代の臣だった。

 美弥藤家も重臣として、家臣団の中でも蓮水家を特別扱いしていたらしい。が、保親は蓮水家を贔屓にしなかった。保親から直接話を聞いたわけではないが、幸子からの情報によれば蓮水家が家臣団内で威張り倒し、上辺だけの忠儀が気に食わないと愚痴を漏らしていたようだ。

 事実、蓮水直成は天皇家に仕える一部の公家と蜜月関係にあり、保親を予波ノ島国守から引きずり降ろそうとしていたことが発覚した。

 直成は、日照りに喘ぎ苦しむ民からの信頼を損なわせるために長の処刑を独断で行ったのだろうと保親は言っていた。

 そして、直政は白人を匿っているという話は虚言であり、憂さ晴らしに混乱を招いたのだと主上である保親に告げ、自害。直成は逆賊として断罪。蓮水家はお取り潰しとなった。

 それから青は、東の素姓を隠して美弥藤家で面倒を見ている。当然ながら東が白人であることは知られてはならない。

 故に、孤児を連れ帰ったことにしている。
 浜辺に打ち上げられいてた、上半身に大火傷の痕が残っている女児だと偽って。

 連れ帰った子供が男児だと正直に伝えると、別室は必至。白人だと発覚する可能性が高くなる。

 東はまだ八つの子供だ。
 同室でも問題はないだろうと青は判断し、東は自分にしか心を開いておらず、共に生活することを許可してほしいと保親に申し出た。

 苦しい言い分ばかりだと青も思った。
 だが、ここで押し切らなければ東は生きていけない。

 必死な感情を抑え込み、悠然とした表情を繕った青を知ってか知らずか、保親は何も言うことなく青の願いを受け入れてくれた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...