宝生の樹

丸家れい

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第一章

七彩の光

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 実のところ、青も知らず知らずのうちに気を病ませている。
 気概ある性格で、周りの人には気付かれないのだろうが、心の内に抱える感情に蓋をしているようだった。

 このまま、小さな違和感を蔑ろにしていると自分を見失いかねない。

 東は青の気を病ませている原因を突き止めてはいる。だが、今の自分にはどうしようもないことも悟っていた。

 縁側に置かれた青のお守りから感じる気配に東はわずかに顔を歪める。
 もっと、強くなれたら青を守れるのに、と拳を握り締め、無力感に襲われていた東は、不意に数か月前まで嵌められていた手枷の感覚を思い出した。
 物心がついた頃より見ていた夢と共に。
 
 暗闇の中で、螺旋状を描いて動く七彩の光を放つそれは、同じところをぐるぐると巡っていた。何を意味しているのかはわからないが、暗闇の中でもがいているようにも見えた。

 成長するにつれて、七彩の光が予波ノ島のどこかにあるのではないかと東は思うようになった。ただの直感だった。何の確証もない。それでも気になった東は二年前に一度だけ地下室を抜け出したことがある。

 家から出たのは、そのときが初めてだった。

 だが、研ぎ澄まされた感覚を持って生まれた東は微量な気配でどこに何があるのか理解していた。そのおかげで、門番の隙をついて難なく屋敷を抜け出せてしまった。

 罪悪感を抱きながらも、屋敷を出た後に大きく吸った空気が今でも忘れられない。
 
 肺に蓄積されていた地下室の孤独な空気が押し出されて、澄んだ空気が肺を満たす感覚。
 冴えわたる冬の気配が肌を撫でていく感覚。
 裸足で地面を噛み締めるたびに心が躍り出す感覚。

 すべてが新鮮だった。

 泡が弾けるように全身の細胞が震えた。
 解放感に満ちた軽やかな感覚に心が、魂が喜んでいた。

 結局、七彩の光がどこにあるのか見つけることはできなかった。そもそも、自分の直感が当たっているかもわからない。もしかしたら、ただ外に出たかっただけなのかもしれない。

 夜が明ける前に帰宅することができた東だが、朝の支度をしていた侍女に見つけられてしまい、手枷を嵌めることになってしまった。

 手首に蘇る手枷の感覚を振り切るように、東は頭を一振りして腰を下ろした。
 そして青のお守りを手に取る。手のひらに乗せるだけで、胸が重苦しくなるほどの念がお守りに纏わりついていた。

 どうしていつもこのようなものを身に付けているのかと気にはなっていたが。
 幾人もの念がこびりついていることから、昔から受け継がれてきたお守りなのだろうと東は察する。

 希望に縋りついた人たちの気持ちが失望へと転じて、執念と化してしまっていた。

 東は、青の眠っている気配を確認してお守りの袋を開けて中身を取り出した。
 東が青の部屋と庭に結界を張ってしばらくすると青は安らかに深い眠りに就くようになった。

 それでも、このお守りに付着した念が自分の拙い結界に歪をつくってしまう。

 麻織物を開いた東は石を指でつまんで埃を払うように息を吹いて念を祓って、庭にぽいっと捨てる。受け継がれてきた石も砂利に溶け込んでしまえば何の変哲もない石ころだ。

 そして、袂からいつも持ち歩いている緑色の石を取り出した。
 この石は本土で産出される翡翠なのだそうだ。深い緑色と淡い緑の濃淡が美しいらしく、母親が蓮水家へ嫁ぐときに両親から贈られたのものだと兄の直政から聞かされた。

 母親が亡くなる前に翡翠を託されていた直政は、あの騒動が起きる数日前に東に渡していた。
 お守りだと言って、手のひらに乗せて翡翠を触らせてくれたことを思い出す。

 冷たいだろうと思っていた翡翠だが、柔らかい温かさが帯びていた。

 それは今も変わらない。
 胸にじんわりと響く熱っぽさが溢れ出し、心を満たしてくれる。
 
 顔も覚えていない母親のことを想い、直政のことを思い出した東はぎゅっと翡翠を握り締めた。

 そっと手のひらを開いて、麻織物に包み込んだ。
 
 先に入っていた石より少し大きいが問題はないだろう。
 青は特別気に入ってこのお守りを身に付けているわけでもない。

 お守りの中を見ることもないだろう。
 
 そうお守りの石を取り換えてお守り袋に納めようとして手を止めた。
 あることを思いついた東は再び麻織物を開いて翡翠を取り出して、屈託のない笑みを浮かべた。

 

 





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