宝生の樹

丸家れい

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第一章

陰と陽

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 ***

 障子を通した淡い月明かりに満たされる部屋の中で東は目を覚ました。
 ゆっくりと、細心の注意を払って身体を起こす。

 東は隣で眠る青にゆっくりと深紅の瞳を転がした。しかし、ぼんやりと青が横たわっている影が滲んでいるだけで青の寝顔を映し出すことはできない。だが、部屋の中がうっすらと明るいことは感じ取れる。

 白人は光に弱い。太陽の光に直接照らされると皮膚に火傷の症状が現れてしまい、光に敏感な瞳は過度に眩しく感じてしまう。

 兄の直政から話を聞いていたのか、青は毎朝、着物から露出する自分の首や手足に包帯を巻いてくれる。

 青は自分のことを大切に扱ってくれる。

 白人だと露見してはいけないから。
 直政から託された弟だから。

 東は自分の胸に手を当てる。

 なんだろう。この胸に靄が渦巻くような感情は。

 今までの生活では考えられないくらい贅沢な生活をさせてもらっているのに、大切にしてくれているのに。

 満たされない心がある。

 得体の知れない筋違いな感情を誤魔化すように息を吐いた。
 隣で眠る青の規則正しい寝息を確認して東は布団を捲って静かに障子を開けて縁側へ歩を進めた。

 美弥藤家に連れて来られて間もない頃、夜半に目が覚めることが多かった。外の空気を吸いに縁側へ向かおうと身体を起こすだけで、青は目を覚ましていた。

 自分のことを案じてくれていたということもあったのかもしれないが、青の部屋……というより美弥藤家には霊や妖怪の類がそこここに棲みついていた。

 そんな目に見えない常世の住人の存在を敏感に感じ取っていたのか、青は眠りが浅かったようだ。眠るときも蒲団の脇に刀を置いて眠るほどに。
 
 古より予波ノ島は、まつろわぬ民と朝廷軍が長く争っていた戦乱の地だった。戦が終わり、二百年経った今も予波ノ島は陰の気に包まれていた。

 現世や常世関係なく、この世は相反する陰陽の調和によって成り立っている。

 太陽の光によって影ができるように、人の心も喜怒哀楽という感情がある。
 常世にも、神や精霊など光の存在があれば、闇の存在がある。

 どれも陰陽の関係であり、どちらかが欠けてしまうと世の流れが止まって鈍色の世界を創り出してしまう。どんなに清らかな水でもその場に留まり続けてしまえば、淀んで濁っていくように。

 当然ながら、土地にも陰陽の性質がある。

 陰の気を持つ土地には闇の存在が。
 陽の気を持つ土地には光の存在が集まりやすい。

 ただ、予波ノ島は元来から陰の気質を持っているようには思えなかった。
 どこか空間が捩じれているような感覚がある。
 長らく戦が行われていたせいで陰の気が漂い妖魔が跋扈しているのか、何かの影響で気の流れが滞ってしまっているのかはわからない。

 どちらにせよ、予波ノ島の村人は妖怪に憑かれている人が多かった。

 昼間に青と会っていた又吉という村人にも妖怪が憑いていた。腐敗した藻のように深緑色の肌をした妖怪は、又吉から放たれる陰の波動で英気を養っている。

 人が抱く不安や憂懼は陰の波動を放ち、妖魔を引き寄せて憑かれてしまう。そして何より、陰の波動は妖魔の餌となる。逆もまた然り。神や精霊は人が放つ幸福感や感謝の陽の波動で力を得ることができるのだ。

 妖魔に憑かれると、常に不安に駆られて苛立ちやすくなり、身体が重くなってしまう。途切れない倦怠感に疲労が蓄積し、物事を見る視点が暗い物ばかりになる。

 そうなると人は不安に怯え、さらに不満を抱き、妖魔が好む陰の波動を放ち続けるという悪循環が出来上がってしまうのだ。

 又吉に憑いていた深緑色の妖怪は、骨が浮かび上がるほど痩せた身体に鎧を身に着けた武者の出で立ちをしていて、締まりのない口から土色の長い舌を垂れ流していた。

 その汚らしい舌を、青にまで伸ばそうとしていたので、東はすかさず結界を張った。

 陰の波動は、妖魔を呼び寄せる。

 深緑色の妖怪は青に潜む陰の気に引き寄せられたのだ。

 

 
 

 

 
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