宝生の樹

丸家れい

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宝生の樹

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 東の脳裏に、暗闇の中で青がひとりきりで蹲っている映像が過った。闇霧の言葉に揺さぶられて不安が作り出した未来に、東は奥歯を噛み締めた。

 予波ノ島を見捨てて、青と二人で違う土地に行って幸せに暮らすことも選べる。
 今のままでも、予波ノ島の人々は生きていける。

 妖魔が蔓延っていようとも、渇水に喘いでいたとしても、今と変わらない暮らしが送れるだろう。
 
 二人で、共に歩める未来がある。
 俺はそれを望んでいた。
 
 それなのに。

 胸の奥で燻る痛みを伴った小さな違和感に東は瞳を閉じた。

 ……俺は、違う未来を望む。

 一切の光を閉ざした瞼の裏に浮かび上がるのは風に揺れる、実り豊かな金色の稲穂。
 明るく笑い合う島の人々。
 赤子を抱く青の慈愛に満ちた笑顔。
 保親と章子の間に生まれてくる子供たちの姿。
 青が大切に想っている人々から生まれ繋がっていく、生命の光。
 そして、天翔ける白銀の龍の姿。

 次々と映し出されるそれらは、予波ノ島の未来。
 東は自分の手に添えられている青の温もりを感じながら、口を開く。

「青、もしも俺がこの杭を抜けなかったら、他の巫覡を探してくれ」

 そう意を決して言葉を繰る東に青は目を見開いた。
 が、一泊間したのち青は強気に笑って見せる。
 
「任せておけ」

 迷いのない青の言葉に、東が瞳を開けて刹那の色を口の端に滲ませた。
 同時に闇霧が酷薄に笑う。
 胸に――心臓に醜悪な圧を感じたそのとき、突如として地響きが轟いた。

 地面から伝わる感覚に東が驚く。
 
 龍神が、動いた……?
 
 不意に、東の頭上できらりと光が瞬く。

 東が咄嗟に顔を上げると、天には白銀の至大な尾が揺らめいていた。

 すでに杭を外している胴体を動かした龍神が尾を振り上げたのだ。
 龍神の思わぬ動きに動揺した闇霧の黒い手が、東の心臓を手放した。

 その一瞬の隙に、東は杭を全力で引き抜く。
 未来の予波ノ島を想い描きながら。

 杭を抜いた勢いをそのままに身体が傾いだ東を青が抱きとめ、二人は水溜まりの中に倒れ込んだ。

 瞬時、泉が湧き上がるように地面から七彩の光の波が溢れ返る。

 七彩の波は輪を描くように二人を包み込み、うねりながら大蛇へと姿を変えた。
 牙を剥いた大蛇は、光の波に足を取られて逃げられなくなった闇霧を呑み込んで光の粒と化して散った。

 龍の尾が地面を叩きつけた瞬間に、解放された龍神が七彩の光を放ちながら天高く駆けていく。

 千紫万紅、光の粒が地上に降り注ぐ。

 青の腕の中で心を緩めた東の深紅の瞳には、夕明かりの空を泳ぐ悠々たる白銀の龍の姿が滲んでいた。

 七彩の光を爛然と放つ隻眼の龍神が。

 ゆっくりと瞳を閉じた東の耳朶に、青のおぼろげな声が触れる。

「宝生の樹……」

 二人を見守っていた森の葉に残る余滴が、龍神が放つ光を含んで七彩に輝いていた。





                  *


雅環がかん十六年 予波ノ島に封印せる龍神蘇りき。突然のことに驚きし神子は惑ひて神志名天皇に伝へき。即座に神志名天皇は隠密を放ちけり。

雅環十八年 巫覡の才を持つ悪しき白人及び白人を隠匿せる女人を捕縛。のちに両者共に京樂にて断罪とす。

                                         【神子記 より】








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