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第五章 闇バイト
第14話 秋葉原にて
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小野瀬から連絡があり、今回の事件について奏明社から記事を書いて欲しいと依頼があった。
坪川に了解を取り、正式に依頼を引き受けた。
次週に掲載したいということで、急いで取り掛かることにした。
黒田にお願いをして、何人か取材を申し込ませてもらった。「私が判る範囲であれば、協力させていただきます。ただ、本人が了解しなかった場合は申し訳ありませんが」という返事で、それでも十分に助かる協力だった。
結果的に木島と古屋夫妻とアポを取ることができた。古屋夫妻は妻の雅子が楓と話したいと言ってくれたそうだ。
古屋夫妻とは明日、小野瀬と共に行くことになり、木島とは今日一人で会うことにした。
木島は秋葉原にあるフューチャーテックというシステム会社でエンジニアをしていた。主に企業向けのシステム開発を請け負う会社のようだ。
木島の仕事終わりに合わせ、駅前のファストフード店で待ち合わせた。
木島はサイズ感の合ってない皺の目立つシャツにジーンズ姿だった。私服でも構わない仕事なのだろう。
「お忙しいところありがとうございます」
という楓の言葉に「いえ」と答えた。ボソっとした声だ。
「私のこと覚えてますか?」
「もちろんです。すごくよく食べる女性だなって、見てました」
聞くんじゃなかった。
「すみません。あの時は、羽目を外しすぎてしまって……」
「事件のことですけど、僕は話せることなんてないですよ」
それならば、なぜインタビューに協力したのだろうか。内心では思ったが、口に出すことはしなかった。
「そうですよね。施設で亡くなった清水さんを見たりしましたか」
「いえ、警察にも言ったけど、僕は何も」
木島からは特に得られるものはなさそうだ。少し雑談をして、切り上げよう。
「仕事はエンジニアをされているんですよね」
「ええ。今はAI関係のシステムの開発をしてます。僕しか扱えないのに、最近は色々な会社から話を持ち掛けられていて大変です。今もクレームの手直しをしなきゃいけない案件を抱えてますし」
「ああ。そうなん……ですね。そういえば、ユミさん、でしたっけ。ご一緒の女性はあれから話しをされたりはしませんでしたか?」
「ユミ? ああ、何も。本当に、何もなかった! なんだよ。人がせっかくリゾートの招待状を渡して誘ってやったっていうのに」
それまではどちらかというとオドオドしていたのに、急に口調が激しくなった。
「あの、ユミさんとはどういったご関係で?」
森月から聞いてはいたが、一応訊いてみることにした。
「リフレの店員の子ですよ。もう二年も常連で通って指名し続けてたのに。プライベートでどうしても会いたくて誘ったのに。店は関係ないはずなのに。店は、指名の上に外で会うのであれば一日デートのオプションが必要です、なんて言いやがって。しっかり二日分請求された。その上、お泊りオプションの別料金まで吹っ掛けやがった」
激昂する口調で思い出した。到着した日に、トイレの中で電話越しにまくし立てていた木島は、おそらく店とこの件で揉めていたのだ。
「そ、それに対してユミさんは、なんて?」
「『泊まりで出掛ける時は、店に報告しなきゃいけないんです』だって。そんな訳ねえだろ。最後には開き直って『プライベートだなんて全く思ってませんでしたよ』なんて言いやがって。『お店の外で会えるの嬉しいな』とか言ってたくせに」
「じゃあ……結局ユミさんとはそれきり?」
「こっちから願い下げだ。あんな店二度と使わない」
本人が見限ったつもりでも、きっと店からすれば搾り取るだけ搾り取って見限ったという思いだろう。
「事件どころじゃないですね……じゃあ、インタビューはこれくらいにさせていただいて、ありがとうござ……」
言いながら席を立とうとした楓を木島は呼び止めた。
「あ、待って」
先ほどまでの昂ぶりが治まり、元のボソっとした喋り方に戻っていた。
「なんでしょう?」
「あ、あの。月島さんって……」
木島はテーブルに目を落としながら独り言のように呟く。
「か、彼氏……いますか? よかったら……このあとご飯でも」
木島と別れたあと、楓は深い溜息をついた。
インタビューを受けたのは事件に協力するでもなく、楓と会うためだと判った。誘いを全力で断ると、それきり木島はがっくりと肩を落としてしまった。
ただそれよりも心にきたのが「ああ、やっぱり一緒にいた人が彼氏、ですよね……」という呟きだった。何も返せなかった。
秋葉原の路上に出る。少し夜風に当たろう。
古屋夫妻とは、明日の午前中にアポを取っていた。夫妻は杉並区のマンションに住んでいて、自宅に招かれた。連絡があり、小野瀬も同行することになった。どんな顔をして会えばいいのだろう。
夜の秋葉原は仕事帰りのサラリーマンと観光客で賑わっていた。大通りから一本入った路地にはメイド喫茶の客引きの女の子たちが並んでいた。
どうやら客引きも多様化してきているようで、メイド服だけでなく、警官やナースのコスプレをした女の子までいた。
「お姉さん! 寄ってかないですか!」
どうやら男女問わず声を掛けているようで、楓も何度か声を掛けられた。断りながら大通りに戻ろうとすると、視界の端に見覚えのある女の子が立っているのが見えた。近づいていく。
「こんばんは。マッサージいかがですか。あれ? お姉さん、どこかで会ったような。あ! 黒田リゾートで一緒でしたよね? よく食べるお姉さん!」
コスプレらしい制服姿のユミも、楓の顔を望まない形で覚えていてくれたようだ。本当に、私はあの時どれだけ食べ散らかしたのだろうか。
「こんばんは。実は、さっき取材で木島さんと会ってきたの」
「取材? お姉さんもしかして、記者さん?」
「そんなような感じかな」
「そうなんだ。あの時って、有名な森月って人もいたよね」
「うん。私は普段はフリーライターだから関わりないけどね」
「ふーん。ねえ? せっかくだからマッサージ受けてきません?」
生憎、さっきの件があったので利用する気が起きなかった。
渋った顔を見られたのか、ユミは言った。
「あ、木島さんから聞きました? でもあの人が悪いんですよ。勝手に彼氏面して。心配しないでください、三十分くらいならタダでやってあげられますよ! お店には私から伝えますから!」
いまいち信用していいか判らなかったが、答える前に勝手に手を引かれた。
店は雑居ビルの二階にあった。階段はオペランドのビルに負けず劣らず古びていたが、店の入口だけはやたら新しくて綺麗なので、急に別世界に来たようだ。
「テンチョー。ちょっと知り合いの人が来てくれたんで、三十分だけサービスしていいですか?」
ユミの言葉に店長と呼ばれた顎髭の生えたスーツの男が反応した。
「サービス? 知り合いだからって、うちは慈善事業じゃないぞ」
「この間の、リゾートで一緒だったお姉さんなんですよ。いいじゃないですか、あれでかなり儲かったんですから」
「ったく。三十分だけだぞ」
「はーい!」
すんなり話がまとまったようだ。ユミに導かれ、個室に入った。中は狭く、部屋のほとんどがベッドで埋まっていた。
「靴はそこで抜いで、うつ伏せになってください。上着も脱いでください」
流されるまま云われるがまま横になる。二十七歳でまだ若いつもりでいたが、本当に若い女の子のパワーには勝てない。
「はじめます」
予想に反して、ユミのマッサージはとても気持ちが良かった。
「ああ。すっごく気持ちいい……」
肩の凝りが解れていく。ずっとパソコンに向き合うことが多いので、かなり肩が凝り固まっていた。
「えへへ。気持ちいいでしょ。これでもここで二年もバイトしてたから、すごく巧くなったんですよ」
森月の話を聞いて偏見を持っていたが、全ての店が風俗紛いの営業をしているわけではないそうだ。ユミがバイトしている店は、どれだけ頼まれてもその手のオプションはご法度らしい。
「でも、この間の木島さんみたいに、ありもしない有料オプションを請求することはありましたけどね」
どうやら木島は常連ではあったが、店からの評判はあまり良くなかったらしい。ユミに惚れ込み、これだけ通ってるんだから自由にやらせろとごねていたようだ。
リゾートの件は、お灸をすえるために店が仕組んだのだろう。
「でも、あのリゾートは行ってみたかったから、それはすごく良かったです」
ユミは飄々と言った。彼女は事件も気にせず、最後まで楽しんだようだ。
「木島さん、私と来てるのに、パーティーでずっとお姉さんのこと見てたんですよ」
「そうなんだ。全然、気付かなかった」
正しく言えば、何も覚えていない。
腰を揉んでいたユミの手が止まった。
「実は」
ユミの声が急に近くになった。顔を近づけ、耳元で囁いたのだ。
「実は、私もお姉さんのことずっと見てたんですよ」
急にユミが背中に抱きついた。
「え? ちょっとユミ……ちゃん……?」
「添い寝オプションです。気にしないで」
ユミの声が急に艶っぽくなる。添い寝というのが憚れるほど、身体が密着している。
ユミの身体はとても熱かった。
どうしていいか判らずにいたが、ユミは上から楓の全身を抱きしめているため、身動きできなかった。
「ああ、良い匂い。綺麗で可愛いお姉さん、大好き」
ユミの鼓動がこちらにまで伝わってきた。
「ねえ。お姉さん、チューしていい?」
「ちょ……ちょっと、ダメ!」
「ケチー。良いじゃーん。こんな仕事してるけど私、女の子の方が好きなの。逆かな、こんな仕事してたからそうなったのかも」
ユミの顔が迫ってくる。無理矢理押しのけようかと思った時、タイマーの音が部屋に響いた。
「ああ! もう時間になっちゃった。出ないと怒られちゃうな……」
ユミが渋々身体から降りた。
「ごめんなさい。自分が止められなくなっちゃって」
ユミの声は元に戻っていた。
「いや……うん。だ、大丈夫だから」
何が大丈夫なのか、自分でも判らなかったが、とりあえず口をついて出てしまった。呆然とした心地で靴を履いて店を出た。
ユミは店の前まで見送ってくれた。
「今日はありがとうございました。また是非来てください!」
楓は「う…うん」と力なく返した。何かあるとは思えないが、ユミに名刺を渡した。
「月島……楓さん! 楓さん何か思い出したら連絡します!」
思えば流されるうちに、ユミには名前を言ってなかった。
姿が見えなくなるまで、ユミはこちらに手を振っていた。
木島もそうだったが、ユミもまたスイッチが入ると暴走してしまう性格のようだ。
あの二人の見た目はお似合いとは思えないが、性格は案外似たもの同士だったのかもしれない。
リゾートに行って疲れて、マッサージをされて疲れて、最近はこんな思いばかりしているような気がする。疲れた顔で小野瀬に会いたくない。今日は、帰って早く寝よう。
夜の秋葉原を楓は力なく歩いて行った。
坪川に了解を取り、正式に依頼を引き受けた。
次週に掲載したいということで、急いで取り掛かることにした。
黒田にお願いをして、何人か取材を申し込ませてもらった。「私が判る範囲であれば、協力させていただきます。ただ、本人が了解しなかった場合は申し訳ありませんが」という返事で、それでも十分に助かる協力だった。
結果的に木島と古屋夫妻とアポを取ることができた。古屋夫妻は妻の雅子が楓と話したいと言ってくれたそうだ。
古屋夫妻とは明日、小野瀬と共に行くことになり、木島とは今日一人で会うことにした。
木島は秋葉原にあるフューチャーテックというシステム会社でエンジニアをしていた。主に企業向けのシステム開発を請け負う会社のようだ。
木島の仕事終わりに合わせ、駅前のファストフード店で待ち合わせた。
木島はサイズ感の合ってない皺の目立つシャツにジーンズ姿だった。私服でも構わない仕事なのだろう。
「お忙しいところありがとうございます」
という楓の言葉に「いえ」と答えた。ボソっとした声だ。
「私のこと覚えてますか?」
「もちろんです。すごくよく食べる女性だなって、見てました」
聞くんじゃなかった。
「すみません。あの時は、羽目を外しすぎてしまって……」
「事件のことですけど、僕は話せることなんてないですよ」
それならば、なぜインタビューに協力したのだろうか。内心では思ったが、口に出すことはしなかった。
「そうですよね。施設で亡くなった清水さんを見たりしましたか」
「いえ、警察にも言ったけど、僕は何も」
木島からは特に得られるものはなさそうだ。少し雑談をして、切り上げよう。
「仕事はエンジニアをされているんですよね」
「ええ。今はAI関係のシステムの開発をしてます。僕しか扱えないのに、最近は色々な会社から話を持ち掛けられていて大変です。今もクレームの手直しをしなきゃいけない案件を抱えてますし」
「ああ。そうなん……ですね。そういえば、ユミさん、でしたっけ。ご一緒の女性はあれから話しをされたりはしませんでしたか?」
「ユミ? ああ、何も。本当に、何もなかった! なんだよ。人がせっかくリゾートの招待状を渡して誘ってやったっていうのに」
それまではどちらかというとオドオドしていたのに、急に口調が激しくなった。
「あの、ユミさんとはどういったご関係で?」
森月から聞いてはいたが、一応訊いてみることにした。
「リフレの店員の子ですよ。もう二年も常連で通って指名し続けてたのに。プライベートでどうしても会いたくて誘ったのに。店は関係ないはずなのに。店は、指名の上に外で会うのであれば一日デートのオプションが必要です、なんて言いやがって。しっかり二日分請求された。その上、お泊りオプションの別料金まで吹っ掛けやがった」
激昂する口調で思い出した。到着した日に、トイレの中で電話越しにまくし立てていた木島は、おそらく店とこの件で揉めていたのだ。
「そ、それに対してユミさんは、なんて?」
「『泊まりで出掛ける時は、店に報告しなきゃいけないんです』だって。そんな訳ねえだろ。最後には開き直って『プライベートだなんて全く思ってませんでしたよ』なんて言いやがって。『お店の外で会えるの嬉しいな』とか言ってたくせに」
「じゃあ……結局ユミさんとはそれきり?」
「こっちから願い下げだ。あんな店二度と使わない」
本人が見限ったつもりでも、きっと店からすれば搾り取るだけ搾り取って見限ったという思いだろう。
「事件どころじゃないですね……じゃあ、インタビューはこれくらいにさせていただいて、ありがとうござ……」
言いながら席を立とうとした楓を木島は呼び止めた。
「あ、待って」
先ほどまでの昂ぶりが治まり、元のボソっとした喋り方に戻っていた。
「なんでしょう?」
「あ、あの。月島さんって……」
木島はテーブルに目を落としながら独り言のように呟く。
「か、彼氏……いますか? よかったら……このあとご飯でも」
木島と別れたあと、楓は深い溜息をついた。
インタビューを受けたのは事件に協力するでもなく、楓と会うためだと判った。誘いを全力で断ると、それきり木島はがっくりと肩を落としてしまった。
ただそれよりも心にきたのが「ああ、やっぱり一緒にいた人が彼氏、ですよね……」という呟きだった。何も返せなかった。
秋葉原の路上に出る。少し夜風に当たろう。
古屋夫妻とは、明日の午前中にアポを取っていた。夫妻は杉並区のマンションに住んでいて、自宅に招かれた。連絡があり、小野瀬も同行することになった。どんな顔をして会えばいいのだろう。
夜の秋葉原は仕事帰りのサラリーマンと観光客で賑わっていた。大通りから一本入った路地にはメイド喫茶の客引きの女の子たちが並んでいた。
どうやら客引きも多様化してきているようで、メイド服だけでなく、警官やナースのコスプレをした女の子までいた。
「お姉さん! 寄ってかないですか!」
どうやら男女問わず声を掛けているようで、楓も何度か声を掛けられた。断りながら大通りに戻ろうとすると、視界の端に見覚えのある女の子が立っているのが見えた。近づいていく。
「こんばんは。マッサージいかがですか。あれ? お姉さん、どこかで会ったような。あ! 黒田リゾートで一緒でしたよね? よく食べるお姉さん!」
コスプレらしい制服姿のユミも、楓の顔を望まない形で覚えていてくれたようだ。本当に、私はあの時どれだけ食べ散らかしたのだろうか。
「こんばんは。実は、さっき取材で木島さんと会ってきたの」
「取材? お姉さんもしかして、記者さん?」
「そんなような感じかな」
「そうなんだ。あの時って、有名な森月って人もいたよね」
「うん。私は普段はフリーライターだから関わりないけどね」
「ふーん。ねえ? せっかくだからマッサージ受けてきません?」
生憎、さっきの件があったので利用する気が起きなかった。
渋った顔を見られたのか、ユミは言った。
「あ、木島さんから聞きました? でもあの人が悪いんですよ。勝手に彼氏面して。心配しないでください、三十分くらいならタダでやってあげられますよ! お店には私から伝えますから!」
いまいち信用していいか判らなかったが、答える前に勝手に手を引かれた。
店は雑居ビルの二階にあった。階段はオペランドのビルに負けず劣らず古びていたが、店の入口だけはやたら新しくて綺麗なので、急に別世界に来たようだ。
「テンチョー。ちょっと知り合いの人が来てくれたんで、三十分だけサービスしていいですか?」
ユミの言葉に店長と呼ばれた顎髭の生えたスーツの男が反応した。
「サービス? 知り合いだからって、うちは慈善事業じゃないぞ」
「この間の、リゾートで一緒だったお姉さんなんですよ。いいじゃないですか、あれでかなり儲かったんですから」
「ったく。三十分だけだぞ」
「はーい!」
すんなり話がまとまったようだ。ユミに導かれ、個室に入った。中は狭く、部屋のほとんどがベッドで埋まっていた。
「靴はそこで抜いで、うつ伏せになってください。上着も脱いでください」
流されるまま云われるがまま横になる。二十七歳でまだ若いつもりでいたが、本当に若い女の子のパワーには勝てない。
「はじめます」
予想に反して、ユミのマッサージはとても気持ちが良かった。
「ああ。すっごく気持ちいい……」
肩の凝りが解れていく。ずっとパソコンに向き合うことが多いので、かなり肩が凝り固まっていた。
「えへへ。気持ちいいでしょ。これでもここで二年もバイトしてたから、すごく巧くなったんですよ」
森月の話を聞いて偏見を持っていたが、全ての店が風俗紛いの営業をしているわけではないそうだ。ユミがバイトしている店は、どれだけ頼まれてもその手のオプションはご法度らしい。
「でも、この間の木島さんみたいに、ありもしない有料オプションを請求することはありましたけどね」
どうやら木島は常連ではあったが、店からの評判はあまり良くなかったらしい。ユミに惚れ込み、これだけ通ってるんだから自由にやらせろとごねていたようだ。
リゾートの件は、お灸をすえるために店が仕組んだのだろう。
「でも、あのリゾートは行ってみたかったから、それはすごく良かったです」
ユミは飄々と言った。彼女は事件も気にせず、最後まで楽しんだようだ。
「木島さん、私と来てるのに、パーティーでずっとお姉さんのこと見てたんですよ」
「そうなんだ。全然、気付かなかった」
正しく言えば、何も覚えていない。
腰を揉んでいたユミの手が止まった。
「実は」
ユミの声が急に近くになった。顔を近づけ、耳元で囁いたのだ。
「実は、私もお姉さんのことずっと見てたんですよ」
急にユミが背中に抱きついた。
「え? ちょっとユミ……ちゃん……?」
「添い寝オプションです。気にしないで」
ユミの声が急に艶っぽくなる。添い寝というのが憚れるほど、身体が密着している。
ユミの身体はとても熱かった。
どうしていいか判らずにいたが、ユミは上から楓の全身を抱きしめているため、身動きできなかった。
「ああ、良い匂い。綺麗で可愛いお姉さん、大好き」
ユミの鼓動がこちらにまで伝わってきた。
「ねえ。お姉さん、チューしていい?」
「ちょ……ちょっと、ダメ!」
「ケチー。良いじゃーん。こんな仕事してるけど私、女の子の方が好きなの。逆かな、こんな仕事してたからそうなったのかも」
ユミの顔が迫ってくる。無理矢理押しのけようかと思った時、タイマーの音が部屋に響いた。
「ああ! もう時間になっちゃった。出ないと怒られちゃうな……」
ユミが渋々身体から降りた。
「ごめんなさい。自分が止められなくなっちゃって」
ユミの声は元に戻っていた。
「いや……うん。だ、大丈夫だから」
何が大丈夫なのか、自分でも判らなかったが、とりあえず口をついて出てしまった。呆然とした心地で靴を履いて店を出た。
ユミは店の前まで見送ってくれた。
「今日はありがとうございました。また是非来てください!」
楓は「う…うん」と力なく返した。何かあるとは思えないが、ユミに名刺を渡した。
「月島……楓さん! 楓さん何か思い出したら連絡します!」
思えば流されるうちに、ユミには名前を言ってなかった。
姿が見えなくなるまで、ユミはこちらに手を振っていた。
木島もそうだったが、ユミもまたスイッチが入ると暴走してしまう性格のようだ。
あの二人の見た目はお似合いとは思えないが、性格は案外似たもの同士だったのかもしれない。
リゾートに行って疲れて、マッサージをされて疲れて、最近はこんな思いばかりしているような気がする。疲れた顔で小野瀬に会いたくない。今日は、帰って早く寝よう。
夜の秋葉原を楓は力なく歩いて行った。
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