ロスムエルトスの報復〜ライター月島楓の事件簿2

加来 史吾兎

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第五章 闇バイト

第15話 杉並区にて

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 翌日。
 杉並区にある古屋夫妻のマンションへ向かう。朝九時の希望だったので、寝坊しないようにタイマーを二つ掛けて、なんとか起きられた。

 今日は小野瀬も同行することになっていたので、駅で待ち合わせた。小野瀬の顔を見るなり驚いた。

 小野瀬は疲れているのか、目の下にはクマができていた。
 顔色も飯田のようにどことなく青白い。昨日は自分の顔色の心配をしていたが、小野瀬の方がとてもそれどころじゃなかった。

「小野瀬さん、顔がすごく疲れてるみたいですけど、大丈夫ですか」
「ええ。なんとか。ちょっと仕事がまた立て込んできて、睡眠時間があまり取れなくて」
「無理しないでくださいね」
「すみません。でも、大丈夫です。事件のことも気に掛かるので」

 昨日の木島とユミの件も話したが、木島に口説かれた話やユミとの一件はさすがに話せなかった。

 夫妻の住むマンションは、JRの駅から五分ほどのところにあった。駅前の商店街は朝から賑わっていた。アーケードを抜けるとすぐにマンションは見つかった。

 五階建てのマンションの四階の部屋だった。エントランスの入口は施錠されているので、部屋番号を押して開錠してもらう。インターフォンから雅子の声が聞こえ、開錠してくれた。

 エレベーターで上がり、改めて部屋のチャイムを鳴らした。
「おはようございます。月島です」
「いらっしゃいませ。朝から悪いわね」
 雅子が顔を出した。リビングに通される。誠二がダイニングテーブルの席に座っていた。
「いらっしゃい。そこに掛けて」

「朝早くから悪かったね。最近は歳のせいか早起きしてしまって、私たちは九時でも昼くらいの感覚でね」
「いえ、大丈夫です。こちらこそ、ご協力いただきありがとうございます」
「協力といっても、話せることは全然なくて悪いがね」

 二三の世間話をしたあと、質問を始めることにした。今回は楓が主導し、小野瀬はサポートにまわる。
「亡くなった清水さんと施設で会ったり、見かけたりしましたか?」
 夫妻は少し考えたあと、雅子が口を開いた。
「いえ、私たちは何も」

「お二人は、黒田社長とは、どのようなご関係だったんですか?」
「彼の父親と仕事で一緒だったんだ。歳が近かったのもあって、昔から家族ぐるみの付き合いがあってね」
「そうだったんですか。じゃあ、かなり長いお付き合いなんですね」

「彼が小さい頃から知ってるよ。子ども同士も歳が近かったしね。昔はやんちゃ坊主だったのに、今じゃすっかり立派な社長になって」
「黒田社長はすごく真面目そうな印象だったので、やんちゃだったのって、想像つかないです」

「たしかに、彼は仕事に対してはとても真面目だよ。でも、五年前のことがあってからは」
「五年前って、事件のことですか」

「知ってたんだね。そうだ。あの時、彼はかなり落ち込んで自分を責めていた。『守ってやれなかったのは自分のせいだ』とね。見ていて居たたまれなくなるほどだったよ。でも、当時知り合った記者の方と話すようになって、少しずつ自分を取り戻していったようだ」
 坪川のことだ。

「実は、その記者は私の前の会社の上司なんです。先日も黒田社長とその者とご一緒させていただいて」
「そうだったのね。その方にもよろしく伝えてください。あの方のおかげで、立ち直れたと本人も感謝してました」
「はい、伝えさせていただきます」

「記者といえば最近、剛臣くんの周りを付き纏ってる記者がいてな。あの施設にも来ていた、名前はなんだったか」
 小野瀬と顔を見合わせる。
「森月晋太郎さん、ですか?」
「ああ、そうだ。そんな名前だったな。あんまり評判もよくない記者みたいだし、気になっていたんだ」

 そういえばあの時も森月は黒田にプライベートな用事があると言っていた。森月には何か目的があるのだろうか。

「ところで、この辺りってとてもいいところですね」
 暗いムードになったので、話題を変えることにした。

「ええ。静かでとてもいいところよ。前は多摩で一軒家に住んでたんだけど、三年前に娘が結婚して独立したの。大学卒業が近かったのに、就職活動をしている気配もないから変だとは思ってたけど、いきなり結婚するって言いだして、しかも相手はハワイに住んでる人」
「ハワイですか!」

「びっくりよ。今は二人だけになっちゃって、一軒家だと広すぎちゃうから、引き払ってこっちに引っ越したの」
「ちょっと歩くと緑のある公園もあったりして、住みやすい街だよ」
「お二人ともお元気ですよね。背筋もすっとしてて」

「二人とも歩くのが好きでよく散歩したり、最近は登山に行ったりしてるからね」
「登山といっても、高尾山とかそれくらいの手軽に登れる山ですけどね」
「マンションでもエレベーターを使わないんだ」

「そうなんですか。私たち、迷わずエレベーター使っちゃいました」
「この歳になると健康が一番だからね。なるべく身体を動かすようにしてるよ」
 不健康な生活をしているのでたまには運動をしなくては、と楓は自分を戒めた。

「主人は仕事もリタイヤしたし、二人になって時間もあるから、残りの人生を大切に生きようと決めたの」
「素敵です。憧れちゃいます」
「あなたたちはまだ若いんだから、しっかりと今を大切に生きなきゃ。人生、何があるかわからないんだから」


 夫妻にお礼を言い、マンションを出た。
「素敵なご夫婦ですね」
「そうですね。ただ、やはり事件については、なかなか進みませんね」

 清水は招待客であったが、施設には一時間ほどしかいなかった。関わったのも、フロントにいた佐久間だけである。
 尤も、関わりがあればもう警察に話しているだろうが。

 ふと住宅街の中に手作りのサンドイッチを売っているお店が目に入った。
「もうお昼ですね。小野瀬さん、せっかくだからお二人の言ってた公園に行ってみませんか? 天気もいいんであそこでお昼ご飯を買って」
「いいですね。そうしましょう」

 目移りしながらサンドイッチを選ぶ。相談相手は胃袋ではなく財布の中身だ。買おうとすると、小野瀬がまとめて支払いをしてくれた。

 自分の分を払おうとすると「色々とお世話になってるんで、僕の奢りです」と笑った。申し訳なくなり、待ってる間に自販機でペットボトルの紅茶を小野瀬の分も買って持って行った。

 公園は夫妻のいうとおり緑が豊かで、木立の間に池があったり、広々とした原っぱがあったりと、気持ちがいい場所だった。原っぱには何組か親子がいて、レジャーシートを引いてピクニックを楽しんでいるようだ。

「本当に気持ちいいところですね」
「今日は気候も穏やかなんで、行楽日和ですよね。戻ってまたデスクワークやるのが億劫になります」
 このまま穏やかな午後を小野瀬と過ごせたらどんなにいいかと、楓は考えていた。

「森月記者と黒田社長の件が気に掛かります」
「森月さんって、あの時も黒田社長と何かありそうにしてましたよね」
 この事を黒田に直接訊くべきか決めあぐねていた。

「それと、清水さんの行動も気になるんです」
「行動ですか?」
「はい。清水さんは昼に来て、一時間ほどで外出してます。男性を拉致してあの山道を登るのは難しいと思うので、おそらく清水さんは直接廃村に行ったんだと思います。だとすると、誰かに呼び出されたと考えるのが自然だと思います」
「そうですね。たしかに」

「あんな場所に呼び出すならば、相応の理由がいると思いますが、だとすると元々清水さんと面識のあった人がいたのではないかと思うんです」
「みんな清水さんは見てないし、初対面だったそうですけど、誰かが嘘を言っているとか?」
「その可能性もあります。もしくは」
「もしくは?」
 小野瀬は少し言いづらそうに、ぽつりと溢した。

「最初から清水さんが来ることを知っていた人物が、一人だけいますよね」
「それって……」
「はい、清水さんを招待した黒田社長です」
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