ロスムエルトスの報復〜ライター月島楓の事件簿2

加来 史吾兎

文字の大きさ
22 / 29
第六章 リフレクション

第19話 リフレクション

しおりを挟む
  *


 平日夜の首都高は混雑していた。それでも車は流れているので、電車を乗り継ぐよりは早かっただろう。
「黒田さん、大丈夫でしょうか」
「わかりません。でも、なんとか止めるしかないですね」
 小野瀬は「ただ」と呟いた。

「黒田さんが犯人だったとしたら、腑に落ちないことがあるんです」
「腑に落ちないことですか?」
「はい。鷹津さんが電車で殺されたとして、もし黒田さんが電車で鷹津さんを殺害したならば、時間的に間に合うんでしょうか。黒田さんはバスで来た僕らを出迎えてくれました、たとえ車で急いで戻ったとしても、わざわざそんなリスクを冒す必要性が感じられません」

「そういえばそうですね。有名な黒田さんが電車に乗ってたら、誰かに見られる可能性もありますし」
「何か、トリックがあると思うんです。ただ」
 小野瀬が前を見据えたまま続けた。
「太田さんと清水さんは拷問ともいえる凶行の末に殺されました。それだけ恨みが強かったというのに、鷹津さんは電車でアルコールを注射されて死んでいた。あとの二人への犯行と釣り合いが取れていないような気がします」

「たしかに、結果的に警察が事故と誤認しましたけど、他殺と判明してれば、容疑者は絞られますもんね」
「そうです。トリックを仕込んでいたとしても、リスクが高すぎると思います」
 その時、楓のスマホが鳴った。

「あ、楓姉さんですか!」
 ユミだった。
「どうしたの、ユミちゃん」
「私、リフレ辞めることにしました! この間、楓姉さんをマッサージしてて、やっぱり女の人の身体をマッサージする方がいいなって思って、今は女性向けのエステの求人探してます! 見つかったら来てくださいね」
「ああ、そう。ちょっと私、今忙しいからまた今度……」
「ごめんなさい! 決まったら連絡するんで、絶対妹に会いに来てくださいよ!」
「ユミちゃんは妹じゃないでしょ」
「いいじゃないですか。あ、あと私リフレではユミって名前でしたけど、本名は智子っていうんで、トモコって呼んでください!」
「はいはい。ちょっと本当に忙しいから、切るね」
「では!」
 何度目の嵐だっただろうか。

「またユミさんからですか」
「はい。なぜか姉と慕われてしまって。なんかユミちゃん、じゃなかった本名は智子ちゃんっていうらしいんですけど、長女で下に妹がいるみたいで、本当はお姉ちゃんが欲しかったって言ってて。私は一人っ子だから、あんまりよくわからないですが」

「月島さん、変わった妹ができましたね」
 苦笑していた小野瀬が急に「あれ?」と真顔になった。

「月島さん、至急調べて欲しいことがあります。坪川さんに連絡して、あることを調べて欲しいんです」


  *


「ふう。さすがに手も痛くなってきたな。確かに回数をいちいち数えてはいられないな」
 全身を殴られ、ユウトはグッタリとしていた。
「本当はタバコの火を押し付けたりもしたらしいが、生憎俺は嫌煙家でね。それに時間もないことだし」

「た……たすけ……」
 ユウトの口から声がこぼれた。どうやら殴った衝撃と口から出た血でガムテープがはがれかかっているようだ。

「助かりたいか?」
 Yes。

「いいか。口のテープを剥がす。ただ、叫ぶなよ。周りには誰もいないし、叫んだ瞬間にお前を殺すからな」
 Yes。

 口のテープを剥がすと、ユウトは「はあ、はあ」と息を吐いた。口からは血が滴っている。
「チクショウ。絶対に、赦さねえからな。俺のバックに誰がいるか知ってるか? こんなことして、無事で済むと思うなよ」

「知ってるよ。じゃあ、チャンスをやろう。携帯は持ってるだろ。それでお前のバックにいるという人物と話をしよう。さあ、お前の上司がどう出るかな」

 ユウトのポケットから携帯を取り出す。スマホではない古いタイプの携帯だ。おそらく闇バイトに使う飛ばしの携帯だろう。このタイプであればセキュリティロックもない。着信履歴を見ると「内羽組 矢島やじまさん」という名前が並んでいた。

「この内羽組の矢島って人間がお前の指示者か?」
「……そうだ」

 電話を掛ける。
「ユウトか? どうした?」
 不機嫌な男の声が聞こえてきた。
「矢島さん! 助けてください! 変な男に……」
 ユウトの顔面を殴って黙らせた。

「どうも。こんばんは。私、黒田と申します。以前ユウトくんが指示した強盗殺人の被害者です」
 その言葉を受け、矢島はすぐに状況を察したようだ。
「そりゃ、どうも。その報復をしてるってことか」
「ええ。その通りです」

「ユウト、聞いてるか?」
「聞いてます。助けてください」
「お前、あの時なんで女を拉致ってマワして殺させたんだ」
「言葉を選んでいただかないと、今すぐユウトくんを殺してしまいそうです」

「俺のせいじゃありません。アイツらが勝手に……」
「バカ三人もまともに仕切れない人間なんていらねえよ。それにお前、森月って記者に情報流しただろ?」
「なんですか、それ! 俺、知りませんよ!」
「いいか、俺に嘘はつくなよ」
 矢島の声がより低く、冷たくなった。

「森月って記者は言ってたよ。強盗事件のこと、ユウトに金を掴ませたらあっさり白状したって。それで俺のところに来て言ったよ『ユウトは内羽組が強盗のバックにいるって言ってましたけど、ユウトの嘘ですよね? 嘘は記事にできませんから』と言われたから、『そうですね』って答えた」
 森月らしいやり方だ。

「本当じゃないですか、それこそ嘘ですよ!」
「ああ? お前、俺が嘘つきだっていうのか?」
「違いますよ!」
 ユウトの目から涙が溢れていた。
「いいか。俺はお前がは知らないからな」
「そんな……」
「ああ? なんて言った?」
「……はい」

「まともに返事もできないのかお前は。すみませんね、黒田さん。なんかユウトが勝手に叩きの仕事をやって迷惑かけたみたいで」
「迷惑なんて次元ではありません。茜と僕の人生を壊されました」

「申し訳ない。償いはユウトがするから、赦してやってくれ。何をしたって構わない。うちは関係ないしな」
「決して赦しはしませんが、かしこまりました」

 電話を切る。

「良い上司じゃないか。部下のことをしっかり見ている。理不尽だと思うか? けれどお前は言い掛けていたよな『アイツらが勝手にやった』と。それと同じことなんだよ」
「うるせえ……黙れ」
「黙るのは、お前の方だよ」
 再びガムテープを口に貼ってユウトを黙らせる。

「さて、切られたトカゲの尻尾に何をしてもいいそうだ。ちょっとドライブをしようか」


  *


 坪川の仕事は早かった。小野瀬の問いを投げたところ、ものの十分で答えが返ってきた。

「楓ちゃん、判ったぞ。知り合いの刑事に訊いたが、小野瀬くんの言ったとおりだった」
 興奮した坪川の少し上ずった声が車内に響く。

「坪川さん、ありがとうございます。これで確信できました」
 スピーカーホンにしていたので小野瀬が答え、通話を終えた。
「どういうことですか。私、頭が混乱しちゃって、何がなんだか」
 戸惑う楓に小野瀬が答える。

「廃村で清水さんを襲った件や、電車で鷹津さんを殺害した件で、黒田さんが犯行を行うにはアリバイの面で疑問がありました。清水さんの時間誤認のように、電車での鷹津さん殺害も何かトリックがあるのではと思ってたのですが、真実はもっと単純なものでした」
「どうやったんですか」

「黒田さんには共犯者がいたんです」
「共犯者……じゃあその共犯者が廃村と電車で犯行を?」
「おそらくそうでしょう。少なくとも黒田さんのアリバイがあるものについては、共犯者の手によるものと考えていいと思います」
「でも、信じられない……そんなようには見えなかったのに……」

「不思議に思ってたんです。黒田さんの一族と家族ぐるみの付き合いで、子ども同士のと言ってました。娘さんは三年前に大学を卒業して、そのまま結婚してハワイに行ってしまった。ということは、年齢は二十代半ばでしょう。黒田さんは現在三十五歳です。年齢が近いというほどではありません」

 小野瀬は高速を下りて一般道に入った。帰宅ラッシュで道はかなり混んでいる。

「つまり、あの方たちには娘が二人いて、姉妹だったということです。娘のうち、長女が黒田さんと歳が近かったことになります」

「だから坪川さんに、確認したんですね」
「ええ。そのやはりあの家は二人姉妹で、長女は黒田さんの二歳年下でした」
「それが、古屋茜さんだったわけですね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

1分で読める怖い話短編集

しょくぱん
ホラー
一分で読める怖い話を定期的に投稿しています。 感想などをいただけると嬉しいです。 応援よろしくお願いします。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/14:『でんしれんじ』の章を追加。2026/1/21の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。 2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

処理中です...