オオカミちゃんと四人のメンヘラとヤンデレ

苔桃

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03.オオカミちゃんと嘘つき 後編

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 床に水をまいてからデッキブラシでこすって綺麗にし、ふかふかの藁を敷いて、額の汗を拭えばようやく仕事はおしまいです。ピカピカ、とまではいきませんがそれなりに清潔になった小屋の中を見回してランは満足そうに頷きました。
「ベリエに報告しに行くのだ」
 そう言ってランはベリエの姿を探しますが、彼の姿はどこにも見当たりません。周りの人に聞いてもただ首を傾げるばかり。困ったランはあちこち走り回ってベリエの名前を呼びました。するとその途中で子羊が一匹、群れからはぐれているのを見つけました。親とはぐれて寂しいのでしょうか、メエメエとしきりに鳴いています。
「一人でいると危ないのだ」
 そう言ってランは子羊を抱き抱えると再びベリエを探して歩き始めました。歩き回っていると段々と人も羊もいない、朽ちた小屋やボロボロの農具がある場所に出ました。
「あ、ベリエ!」
 そこの小屋の扉の前にベリエは立っていました。ランが声をかけると彼は驚いたように振り返りました。
「な、どうして、ここにいるって」
「え? なんか適当に歩いてたらついただけなのだ。ねー」
 ランがそう言って子羊に同意を求めると、同意するようにメエと短く鳴きました。その様子をベリエは眩しいものでも見るかのように目を細めてみています。
「それよりもお仕事が終わったから確認してほしいのだ」
「……ああ、分かった。今行くよ」
 そう言って二人と一匹はその場を後にして羊小屋の方へ向かいました。
「なあ」
 二人で歩いている途中、ベリエが話し始めます。
「あの、さ。ランのこと、色々知りたいんだけど、聞いてもいい?」
 ランがベリエの顔を見ると、そっぽを向いてますが耳の先っぽが真っ赤になっています。きっとベリエはランとお友達になりたいのだ、そう思ったランは迷いなく頷きました。
「構わないのだ」
「じゃあ、そうだな。好きな食べものは?」
「ランはやっぱりお肉が好きなのだ。兎や鳥は手に入りやすくて好きなのだ」
「嫌いな食べ物は?」
「うーん、苦いのはあんまり好きじゃないのだ。あと、匂いが強いのも」
 それからランは色々なことに答えていきました。好きな色の事、小さい頃の思い出、最近の悩み、ベリエが次々と質問し、ランもまた次々と答えてきました。
 ただ、段々と答えていくうちに質問の内容が変なものになっていきました。
「恋人は今いる?」
「いないのだ」
「じゃあ付き合ってた人は何人?」
「今も昔も、恋人はいないのだ。だからゼロ人なのだ」
「へー、じゃあ好きな人は?」
「うーん、その、は馬鹿だから恋とかよく分かんないのだ。だから、そう言う意味で好きな人はいないと思うのだ」
「じゃあ、恋人にしたいなって思うのはどういう人?」
「え? ええっと、頼りになる人?」
「頼りになるってどんな風に? 経済的に? それとも力が強いってこと?」
「えと、うーんと」
 聞かれたことのない恋愛に関する質問を矢継ぎ早にされて、ランは混乱してしまいます。頭がパンクしそうになってきたころ、ようやく羊小屋に着いたのでランはこれ幸いとばかりにベリエの質問を一時中断しました。ベリエは少々不満そうな顔をしたものの、ランが後で答えるからというと渋々羊小屋のチェックをし始めました。
「……うん。問題ないよ。お疲れさまでした」
「ありがとうなのだ。あ、この子はどうすればいいのだ?」
「ああ、ソイツはこっちの柵に入れてくれればいいよ。それで、質問の続きなんだけど」
「あ、あの! その、は恋人とか好みの人とかよく分からないから、別の質問にしてほしいのだ」
「……そっか。分かった」
 そう言うとベリエは少し考えた後、ランに少し待つようにいってからどこかに行きました。しばらくすると、何やら四つ折りの紙と万年筆を持って帰ってきました。彼は適当な木箱の上で紙を広げると、しゃがんで万年筆を構えます。
「君の家ってどこら辺?」
 ベリエが持ってきたのは森の地図でした。ラン達が住んでいる村については書かれていないものの、川や大きな道などが記されているあたり少し古い地図なのでしょう。
「どこら辺、と、言われても」
 さて、ランは困ってしまいました。何せ彼女は地図なんて持っていないし、ましてや途中でルージュの家に寄ったのでどこをどう通ったのかなんて分かりません。それに気が付いたのか、ベリエは質問を変えました。
「君の住んでるところには何がある? 生えてる草とか、花とか」
「え、ええと、少し歩いたところに川があるのだ。それから、夏になるとキイチゴのなる木があって……あ! あと、ちょっと遠いけどお花畑もあるのだ」
「川、キイチゴ、お花畑、ね。んー……まだ絞れないな。ねえ、君の村って町に何か卸しに来てる?」
「来てる、けど」
「どんな商品? あと大体月何回くらい卸しに来てる?」
「あ、あの、その質問答えなきゃダメなのだ?」
 最早自分とは関係のない質問に戸惑い、ランは思わず聞いてしまいました。しかしベリエは迷うことなく「うん」と答えます。どうして、そう聞いたランにベリエは当然のことのように答えました。
「知りたいんだよ。君の事。君が今日、オレに出会うまで何を見て、何を聞いて、何を思ったのか。好きな食べ物は何か、どうしてそれが好きなのか、味の好みと関係しているのか、それを食べてどう思ったのか、昨日食べたものは何か、一昨日食べたものは何か、一週間前に食べたものは何か。恋人は? 好きなタイプは? 手をつないだことは? キスをしたことは? ……知りたい、全部知りたいんだよ君の事。頭の先からつま先まで、皮膚の一片から骨の髄まで、君に関係してることなら全部知りたいんだ」
 そこまで言うと、ベリエは再びランに村が町にどんな商品を卸しているのか聞いてきました。しかし、ランはそれに首を横に振ってこたえました。単純に知らないということもあったのですが、何だか目の前のベリエがルージュと同じような目をしているような気がして怖かったのです。
「うーん……」
 その後、ベリエは地図を見ながらブツブツ呟き、万年筆で地図の上にいくつかの丸を書いていきました。ランは町に行きたいのですが、今はとてもじゃないけれどそんなことを言い出せる空気ではありません。そこでランはこんな提案をすることにしました。
「あ、あの、ベリエ」
「うん? どうしたの、ラン」
はまだ分かんないこといっぱいあるから、とりあえず今日は用事を済ませて帰って、村の大人たちに色々聞いてから、またベリエの質問に答えるのだ。そうすればベリエも聞きたいこと聞けるし、良いと思うのだ!」
 ちらりとベリエの反応を見ると少し眉根を寄せています。どうやら彼にとってはあんまり良い提案ではないようです。しかし、ベリエもランが元々町に行く予定だったことを思いだしたのでしょう。悩みに悩んだ末に、とうとうランの提案を受け入れました。
「でも条件がある」
「条件?」
「まず、町に行った帰りに必ずオレのところに寄って。長時間引き留めはしないし顔を見せに来るだけでいいから。必ず直接オレに会いに来て」
「わ、分かったのだ」
「二つ目は次いつ会いにこれるか、今ここで約束して。明日? それとも明後日?」
「い、今なのだ? えーと、明日は、無理かもしれないのだ」
「じゃあ明後日? 一週間後、とか言わないでよ?」
「う、うーんと、じゃあ三日後! 今日から数えて三日後に会いに来るのだ」
「オッケー、三日後ね。時間はいつ? 朝、昼、夕方、夜、どのくらいの時間帯で来るの?」
「え、えーと、多分今日と同じくらい」
「朝と昼の間ね」
 ベリエは地図の端っこの部分にランとの約束について書きつけると、地図をまた四つ折りにして立ち上がりました。
「じゃあ、ラン。君を町まで送る、と言いたいところだけど生憎オレは体力も無いし、君ほど足も速くないから町に着くころには夜になってしまうだろう。だから、ここで見送らせてもらうね」
「あ、うん。ありがとうなのだ!」
 ベリエとランは二人が出会った道端まで戻ります。それじゃあ、とランが足を上げたところでベリエが待ったをかけました。
「ラン、後ろの襟のところにゴミがついてる。取ってあげるよ」
「わ、ありがとうなのだ」
 ランがベリエに背中を向けると、少しチクッとした痛みと共にベリエから「ゴミが取れたよ」と声をかけられます。
「じゃあ気を付けてね、ラン。約束忘れないでね」
「分かってるのだ。それじゃあベリエ、またねなのだ!」
 そう言うとランは道を走っていきました。あっという間に背中が小さくなっていきます。ベリエはその背中が見えなくなるまで、いいえ、見えなくなってもしばらくはランが走っていったその方向を見つめていました。
 やがて、ベリエは自分の握りこぶしを開きます。するとそこには赤みがかった茶色い一本の毛がありました。先ほどベリエがランにゴミがあると嘘をついて、彼女の頭から一本引き抜いたものです。
 ベリエはそれを握りしめると、風にさらわれたり、うっかり落として失くさないように、大事に大事に保管するために一旦、自分の家へと戻ることにしました。
 太陽は少し傾いて、もうすぐ空が赤く染まる頃合です。けれど夜になるにはまだまだ時間がかかるでしょう。
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