10 / 26
第十話 寿コンツェルン
しおりを挟む
(まったくこの男ときたら、一体どこまでが本気なんだろう)
聡子は朝日の輝く川辺をともに歩く金髪を見上げた。
泣く子も黙る宝生グループの凄腕社長、
と思いきや昨日みたいに下町の自分の父やダケさんとも、
いつの間にか心を交わしている。
お弁当を勝手に食べられたり、
『グラモンテ クラッシィ』の限定ランチボックスを買ってくれたり……。
挙句の果てはうちに泊まりにきたり、そしてよもや父に――――
(ああ、なんか思い出すのやめよ。
なんかいろいろ、面倒な気がする)
そこまで考えて、聡子は思考回路を停止させた。
交差点の向こう側に見える、古びたアーケード。
とりあえず、二人して商店街に帰ってきた。
宝生が時計を見る。
「六時か。とりあえず俺は寝る」
「私も寝るし」
東雲家、客用羽布団の上の二つのシルエットを、朝日がそっと抱きしめた。
二人の寝顔をベランダに降り立った雀が
不思議そうに小首を傾げて眺めていたのであるが、
爆睡中の二人には知る由もない。
その頃。
「おーい、練習始めるぞ!
富雄の大将はまだ来ないのか。めずらしいな」
下町の阪神をこよなく愛するメンバーで構成された、
若葉商店街の野球チーム、その名を『ボロ勝ち』という。
その名の通り輝かしい戦歴をもつのだが、
まさに『好きこそものの上手なれ』である。
『好き』という情熱はバカにできない。
二十五年前のタイガースの優勝とともに産声を上げたこのチームなのだが、
とにかくメンバーひとりひとりの意識が違う。
熱い想いは練習量に比例した。
サラリーマンとは違い、
一人ひとりがその店の主なので時間の都合はある程度つく。
朝は仕入れがあるので自主練とし、
店を開けた後、客足がひと段落した昼と、
夕飯の買い出しラッシュが終わった頃あいから、
近くの堤防にある球場に集まって、
ボールが見えなくなるまで練習する野球漬けの毎日を、
もう二十五年間も続けているのである。
如何せんこの商店街とともに年を重ね、
さすがにピーク時ほどの強さはないが、その分各々熟練した技がある。
「ノックいくぞ!」
『魚正』の大将、ダケさんの生きのいい掛け声とともに、
白球が小気味よい音を立てて朝焼けの空に放たれた。
その少し離れた土手の上に、
黒塗りのロールスロイスが停まっている。
「着いたのか? 二宮。俺は早く家に帰って寝たい」
後部座席にどっかりと座りこんだ、
黒髪の美丈夫が小さく欠伸をした。
「社長、彼らですよ。例の商店街の……」
昨晩は部下の二宮に連れて行かれたキャバクラで、
やたらと安い酒を飲まされた。
挙句、現在は悪夢の二日酔いの最中であり、
黒髪の男は軽くこめかみを押さえ、自嘲する。
(キャンキャンとやたらと騒がしいだけの品のない女どもなど、
ただウザイだけだったが、
たまにはそんな退廃した雰囲気に身を置きたい日もある。
酒はいい。
なにもかもをきれいさっぱりと流してくれる。
だが、この二日酔いというものだけはどうにもいただけない。
そういうわけで商店街とか、
この際どうでもいいからとにかく帰って早く寝させやがれ!)
というのが現在の彼の本音だった。
体調の悪さのゆえに、部下の二宮の声が少し遠くに聞こえる。
「で、どうやら宝生グループは、
この商店街の取り壊しに難色を示してるって話なんですよ」
そう言って二宮が鼻息を荒くした。
(宝生……)
二日酔いのボロボロ状態ではあるが、
その単語だけは耳に残った。
「宝生が?」
体調は最悪だったが、その名を聞くと全身に力が漲る。
「ほう、ならばあの馬鹿の泣きっ面を拝むのも一興だな」
黒髪の美丈夫が氷の微笑を浮かべ、携帯を取り出した。
◇ ◇ ◇
「その場所、どいてもらえませんか?」
ノックをしていたダケさんは手を止める。
「俺たちがこの練習場所を正規に買い取ったんで」
『寿ファイターズ』のロゴの入ったユニフォームを着た男たちが、
商店街チームの練習に割り込んできた。
「冗談いってもらっちゃあ困るよ、
ここは俺たちがあらかじめ予約しておいた場所なんだから!」
寿ファイターズのメンバーが、
バッドを立てていたビールケースを派手に蹴倒した。
派手な音を立てて、地面にバットが散らばる。
「怪我したくなかったら、さっさと立ち退きな!
ここからも、そして商店街からもな!」
脅すように大声で怒鳴りつけた寿ファイターズのメンバーに、
かっとなったダケさんが腕をまくる。
「なんだと!」
「やめなよ、ダケさん」
息巻いたダケさんを米屋の『上田』の孫息子、
新之助が羽交い絞めにして止めた。
「え? 君ももしかしてメンバーなの?」
新之助を見て、一瞬毒気を抜かれたように
寿ファイターズのメンバーがきょとんとする。
新之助はまだ小学六年生だ。
小さいからだにダボダボのユニフォームを着ている。
「あっはっは、笑っちゃう。
なにこのチーム、老人と子供しかいないわけ?」
二宮が腹を抱えて笑いだした。
「笑うな! 新之助は亡き父親の意思をついでこのチームに入団した。
身体は小さいがわしらの大事な仲間じゃ」
笑うなと、商店街チームの誰もが二宮を睨みつけている。
「へえ、一寸の虫にも五分の魂って?
馬鹿みたい。弱いくせにさ」
「わしらが弱いとなぜ決めつける?」
ダケさんが二宮を睨みつける。
「へえ、だったら賭けようぜ。
俺たち『寿コンツェルン』はこの年末に青葉商店街の真ん前の工場跡地に
大型スーパーを建設する予定だ。
明日の試合に俺たちが負けたらその建設を取りやめてやる。
だがお前たちが負けたら、『土地の権利書』を渡せ」
二宮がにやりと笑みを浮かべた。
商店街チームのメンバーに一様のざわめきが起る。
皆を制し、やがてダケさんが口を開く。
「お前たちだったらやりかねんな。
ああ、わかった。そうしよう。
どのみちあの場所にスーパーを建設されたら、
わしらに生き残る術はないんじゃからな」
聡子は朝日の輝く川辺をともに歩く金髪を見上げた。
泣く子も黙る宝生グループの凄腕社長、
と思いきや昨日みたいに下町の自分の父やダケさんとも、
いつの間にか心を交わしている。
お弁当を勝手に食べられたり、
『グラモンテ クラッシィ』の限定ランチボックスを買ってくれたり……。
挙句の果てはうちに泊まりにきたり、そしてよもや父に――――
(ああ、なんか思い出すのやめよ。
なんかいろいろ、面倒な気がする)
そこまで考えて、聡子は思考回路を停止させた。
交差点の向こう側に見える、古びたアーケード。
とりあえず、二人して商店街に帰ってきた。
宝生が時計を見る。
「六時か。とりあえず俺は寝る」
「私も寝るし」
東雲家、客用羽布団の上の二つのシルエットを、朝日がそっと抱きしめた。
二人の寝顔をベランダに降り立った雀が
不思議そうに小首を傾げて眺めていたのであるが、
爆睡中の二人には知る由もない。
その頃。
「おーい、練習始めるぞ!
富雄の大将はまだ来ないのか。めずらしいな」
下町の阪神をこよなく愛するメンバーで構成された、
若葉商店街の野球チーム、その名を『ボロ勝ち』という。
その名の通り輝かしい戦歴をもつのだが、
まさに『好きこそものの上手なれ』である。
『好き』という情熱はバカにできない。
二十五年前のタイガースの優勝とともに産声を上げたこのチームなのだが、
とにかくメンバーひとりひとりの意識が違う。
熱い想いは練習量に比例した。
サラリーマンとは違い、
一人ひとりがその店の主なので時間の都合はある程度つく。
朝は仕入れがあるので自主練とし、
店を開けた後、客足がひと段落した昼と、
夕飯の買い出しラッシュが終わった頃あいから、
近くの堤防にある球場に集まって、
ボールが見えなくなるまで練習する野球漬けの毎日を、
もう二十五年間も続けているのである。
如何せんこの商店街とともに年を重ね、
さすがにピーク時ほどの強さはないが、その分各々熟練した技がある。
「ノックいくぞ!」
『魚正』の大将、ダケさんの生きのいい掛け声とともに、
白球が小気味よい音を立てて朝焼けの空に放たれた。
その少し離れた土手の上に、
黒塗りのロールスロイスが停まっている。
「着いたのか? 二宮。俺は早く家に帰って寝たい」
後部座席にどっかりと座りこんだ、
黒髪の美丈夫が小さく欠伸をした。
「社長、彼らですよ。例の商店街の……」
昨晩は部下の二宮に連れて行かれたキャバクラで、
やたらと安い酒を飲まされた。
挙句、現在は悪夢の二日酔いの最中であり、
黒髪の男は軽くこめかみを押さえ、自嘲する。
(キャンキャンとやたらと騒がしいだけの品のない女どもなど、
ただウザイだけだったが、
たまにはそんな退廃した雰囲気に身を置きたい日もある。
酒はいい。
なにもかもをきれいさっぱりと流してくれる。
だが、この二日酔いというものだけはどうにもいただけない。
そういうわけで商店街とか、
この際どうでもいいからとにかく帰って早く寝させやがれ!)
というのが現在の彼の本音だった。
体調の悪さのゆえに、部下の二宮の声が少し遠くに聞こえる。
「で、どうやら宝生グループは、
この商店街の取り壊しに難色を示してるって話なんですよ」
そう言って二宮が鼻息を荒くした。
(宝生……)
二日酔いのボロボロ状態ではあるが、
その単語だけは耳に残った。
「宝生が?」
体調は最悪だったが、その名を聞くと全身に力が漲る。
「ほう、ならばあの馬鹿の泣きっ面を拝むのも一興だな」
黒髪の美丈夫が氷の微笑を浮かべ、携帯を取り出した。
◇ ◇ ◇
「その場所、どいてもらえませんか?」
ノックをしていたダケさんは手を止める。
「俺たちがこの練習場所を正規に買い取ったんで」
『寿ファイターズ』のロゴの入ったユニフォームを着た男たちが、
商店街チームの練習に割り込んできた。
「冗談いってもらっちゃあ困るよ、
ここは俺たちがあらかじめ予約しておいた場所なんだから!」
寿ファイターズのメンバーが、
バッドを立てていたビールケースを派手に蹴倒した。
派手な音を立てて、地面にバットが散らばる。
「怪我したくなかったら、さっさと立ち退きな!
ここからも、そして商店街からもな!」
脅すように大声で怒鳴りつけた寿ファイターズのメンバーに、
かっとなったダケさんが腕をまくる。
「なんだと!」
「やめなよ、ダケさん」
息巻いたダケさんを米屋の『上田』の孫息子、
新之助が羽交い絞めにして止めた。
「え? 君ももしかしてメンバーなの?」
新之助を見て、一瞬毒気を抜かれたように
寿ファイターズのメンバーがきょとんとする。
新之助はまだ小学六年生だ。
小さいからだにダボダボのユニフォームを着ている。
「あっはっは、笑っちゃう。
なにこのチーム、老人と子供しかいないわけ?」
二宮が腹を抱えて笑いだした。
「笑うな! 新之助は亡き父親の意思をついでこのチームに入団した。
身体は小さいがわしらの大事な仲間じゃ」
笑うなと、商店街チームの誰もが二宮を睨みつけている。
「へえ、一寸の虫にも五分の魂って?
馬鹿みたい。弱いくせにさ」
「わしらが弱いとなぜ決めつける?」
ダケさんが二宮を睨みつける。
「へえ、だったら賭けようぜ。
俺たち『寿コンツェルン』はこの年末に青葉商店街の真ん前の工場跡地に
大型スーパーを建設する予定だ。
明日の試合に俺たちが負けたらその建設を取りやめてやる。
だがお前たちが負けたら、『土地の権利書』を渡せ」
二宮がにやりと笑みを浮かべた。
商店街チームのメンバーに一様のざわめきが起る。
皆を制し、やがてダケさんが口を開く。
「お前たちだったらやりかねんな。
ああ、わかった。そうしよう。
どのみちあの場所にスーパーを建設されたら、
わしらに生き残る術はないんじゃからな」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
春の雨に濡れて―オッサンが訳あり家出JKを嫁にするお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。なお、本作品はヒロイン目線の裏ストーリー「春の雨はあたたかい」のオリジナルストーリーです。
春の雨の日の夜、主人公(圭)は、駅前にいた家出JK(美香)に頼まれて家に連れて帰る。家出の訳を聞いた圭は、自分と同じに境遇に同情して同居することを認める。同居を始めるに当たり、美香は家事を引き受けることを承諾する一方、同居の代償に身体を差し出すが、圭はかたくなに受け入れず、18歳になったら考えると答える。3か月間の同居生活で気心が通い合って、圭は18歳になった美香にプロポーズする。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる