18 / 26
第十八話 源さんの必殺技
しおりを挟む
「死なばもろともってな。
俺たちゃあんたについていくぜ、ダケさんよう」
若葉商店街のうどん屋『つるつる』の主人、
源さんが鼻を啜った。
源さんはそう言って、
グラウンドから見える商店街の煤けた赤いアーケードを見つめた。
商店街の発足の為に皆で知恵を出し合い、
役所に掛け合った日のこと。
漸くのことで役所から許可が降りた日のこと。
工事中、毎日のように胸を躍らせながら皆で現場に向かった日のこと。
過ぎ去りし日の思い出は、あまりにも記憶のなかに鮮烈で、
源さんは目頭が熱くなるのを懸命に堪えた。
時代の流れであるということは、重々承知している。
しかし、今思えばこの商店街には、
自分の人生が詰まっているのだ。
例えこの試合に負けたとしても、
『寿』は自分たちのこれからの生活は、保障してくれるという。
しかし……。
「泣くのはまだ早いですよ。戦いはこれからです。
必ず勝って皆さんの商店街を守りましょう」
宝生がぽんと源さんの肩をたたいた。
「う……うるせいやい! ちょっと風が目に染みただけだよ
。俺りゃあ、別に泣いてなんかいねえんだよ」
源さんは肩で風をきって、
大股でグラウンドへと向かった。
グラウンドでは、ダケさんを中心に
商店街チームのメンバーが円陣を組んでいた。
「みんな、最後までわしを信じてついてきてくれて本当にありがとう。
これがわしらにとって、最後の試合となるかもしれん。
正々堂々と悔いの残らない試合にしよう」
ダケさんの言葉にメンバーは口をへの字に曲げて、
懸命に涙を堪えた。
ダケさんの手の上に、
メンバーが手を重ねてゆく。
「ひとりは皆の為に、皆はひとりの為に!」
「ファイトォー!」
グラウンドでは、既に紫の縦じまに身を包んだ『寿ファイターズ』が整列していた。
キャプテンの二宮がにやにやとその光景を眺めている。
「いまどき流行らない、
青春ドラマでも気取ってるんですか? お熱いことで」
二宮が大仰に帽子をとって煽いで見せると、
源さんは思い切り鼻を顰めて呟いた。
「今に見ていろ!」
両チームが整列し、帽子をとって挨拶をする。
「よろしくお願いします!」
そのとき。
「今だ。くらえ! 目つぶし」
源さんは小さく呟いて、
自らの不毛の頭皮に太陽光を当て、二宮目がけて反射させた。
「うぉっ、眩しい。なんだこれはっ」
二宮はよろめいてその場に尻もちをついた。
キラリと光線が二宮の視界を横ぎり、
その後視界が真っ白になってしまったのである。
「ふっ、あんたらわしらを
舐めててたらエライ目に遭うで。覚えとき」
すれ違い様に、源さんが二宮に低く囁いた。
アンパイアの『プレイボール』の掛け声とともに、
こうして決戦の火蓋は切って落とされたのであった。
雲ひとつない晴天を見上げ、源さんは内心ほくそ笑んだ。
サードの真後ろから照りつける太陽は、
夏ほどの強力な威力はないが、それでも充分にこの技は通用する。
ピッチャーの榎本が、セットポジションをとった。
(後方支援は任せてや! 榎本さん)
源さんは心の中で囁いた。
榎本のセットポジションから放たれる白球。
「今や!」
源さんは頭皮に太陽光を反射させた。
「うわっ、眩しい」
源さんの目つぶしをくらい視界を失った『寿』の一番打者がぶんぶんと、
闇雲にバットを振り回した拍子に、
バットの芯が白球をジャストミートし、小気味のよい音を立てた。
真っ青な空に白球が弧を描き、スタンドへと吸い込まれていった。
「うおー、やったぜ!」
『寿』の一番打者がガッツポーズでホームベースを踏むと、
源さんが膝を折った。
(ごめん――――)
源さんは心の中で皆に詫びた。
バッターボックスに『寿』の二番打者が立つと、
源さんはサードから、決意も新たに光線を送ろうと身構えた。
そして――――あれは!
『寿』の二番打者が、
源さんを見て鼻で笑った。
彼はサングラスをかけていたのである。
「このわしが三十年かけて編み出した必殺技が……」
源さんはがっくりとうなだれ、頭を垂れた。
タイムアウトをとって、
源さんがピッチャーの榎本のもとに走り寄る。
「どうしよう。わしの必殺技が……」
「いいから、もう余計なことしないでください。
おかげで計算が狂ってホームランを打たれてしまったじゃないですか」
榎本はそう言って分厚い黒ぶちの眼鏡をくいっと上げた。
「それとも私の力を信用しておられないのですか?
源さん。私のあだ名は……」
「『ミスターコントロール』だったよな」
そういってにっかりと笑っているのは、
キャッチャーの梅さんだ。
「『投げる精密機械』の異名は伊達じゃない。
ちゃあんとわかってますって」
梅さんが白球を榎本に手渡す。
「頼みますよ。榎本さん」
榎本のセットポジションから、
白球が放たれる。
しかしキャッチャーミットに吸い込まれる直球は、
それほど早くはない。
『寿』の二番打者は、うむと頷いた。
(これなら自分でも打てそうだ)
そしてセットポジションから第二球が放たれた。
(よっしゃ! タイミングは完璧にとらえた――――)
打者の大振りのフルスィングが、空を切る。
「な……に?」
白球はバットからボールひとつ分ずれて、
キャッチャーミットに吸い込まれていった。
「ドロップカーブだ。
フォークが主流のいまどきのあんたらは知らんだろうがな」
キャッチャ―マスクを直しながら、
にやりと笑って梅さんが呟いた。
俺たちゃあんたについていくぜ、ダケさんよう」
若葉商店街のうどん屋『つるつる』の主人、
源さんが鼻を啜った。
源さんはそう言って、
グラウンドから見える商店街の煤けた赤いアーケードを見つめた。
商店街の発足の為に皆で知恵を出し合い、
役所に掛け合った日のこと。
漸くのことで役所から許可が降りた日のこと。
工事中、毎日のように胸を躍らせながら皆で現場に向かった日のこと。
過ぎ去りし日の思い出は、あまりにも記憶のなかに鮮烈で、
源さんは目頭が熱くなるのを懸命に堪えた。
時代の流れであるということは、重々承知している。
しかし、今思えばこの商店街には、
自分の人生が詰まっているのだ。
例えこの試合に負けたとしても、
『寿』は自分たちのこれからの生活は、保障してくれるという。
しかし……。
「泣くのはまだ早いですよ。戦いはこれからです。
必ず勝って皆さんの商店街を守りましょう」
宝生がぽんと源さんの肩をたたいた。
「う……うるせいやい! ちょっと風が目に染みただけだよ
。俺りゃあ、別に泣いてなんかいねえんだよ」
源さんは肩で風をきって、
大股でグラウンドへと向かった。
グラウンドでは、ダケさんを中心に
商店街チームのメンバーが円陣を組んでいた。
「みんな、最後までわしを信じてついてきてくれて本当にありがとう。
これがわしらにとって、最後の試合となるかもしれん。
正々堂々と悔いの残らない試合にしよう」
ダケさんの言葉にメンバーは口をへの字に曲げて、
懸命に涙を堪えた。
ダケさんの手の上に、
メンバーが手を重ねてゆく。
「ひとりは皆の為に、皆はひとりの為に!」
「ファイトォー!」
グラウンドでは、既に紫の縦じまに身を包んだ『寿ファイターズ』が整列していた。
キャプテンの二宮がにやにやとその光景を眺めている。
「いまどき流行らない、
青春ドラマでも気取ってるんですか? お熱いことで」
二宮が大仰に帽子をとって煽いで見せると、
源さんは思い切り鼻を顰めて呟いた。
「今に見ていろ!」
両チームが整列し、帽子をとって挨拶をする。
「よろしくお願いします!」
そのとき。
「今だ。くらえ! 目つぶし」
源さんは小さく呟いて、
自らの不毛の頭皮に太陽光を当て、二宮目がけて反射させた。
「うぉっ、眩しい。なんだこれはっ」
二宮はよろめいてその場に尻もちをついた。
キラリと光線が二宮の視界を横ぎり、
その後視界が真っ白になってしまったのである。
「ふっ、あんたらわしらを
舐めててたらエライ目に遭うで。覚えとき」
すれ違い様に、源さんが二宮に低く囁いた。
アンパイアの『プレイボール』の掛け声とともに、
こうして決戦の火蓋は切って落とされたのであった。
雲ひとつない晴天を見上げ、源さんは内心ほくそ笑んだ。
サードの真後ろから照りつける太陽は、
夏ほどの強力な威力はないが、それでも充分にこの技は通用する。
ピッチャーの榎本が、セットポジションをとった。
(後方支援は任せてや! 榎本さん)
源さんは心の中で囁いた。
榎本のセットポジションから放たれる白球。
「今や!」
源さんは頭皮に太陽光を反射させた。
「うわっ、眩しい」
源さんの目つぶしをくらい視界を失った『寿』の一番打者がぶんぶんと、
闇雲にバットを振り回した拍子に、
バットの芯が白球をジャストミートし、小気味のよい音を立てた。
真っ青な空に白球が弧を描き、スタンドへと吸い込まれていった。
「うおー、やったぜ!」
『寿』の一番打者がガッツポーズでホームベースを踏むと、
源さんが膝を折った。
(ごめん――――)
源さんは心の中で皆に詫びた。
バッターボックスに『寿』の二番打者が立つと、
源さんはサードから、決意も新たに光線を送ろうと身構えた。
そして――――あれは!
『寿』の二番打者が、
源さんを見て鼻で笑った。
彼はサングラスをかけていたのである。
「このわしが三十年かけて編み出した必殺技が……」
源さんはがっくりとうなだれ、頭を垂れた。
タイムアウトをとって、
源さんがピッチャーの榎本のもとに走り寄る。
「どうしよう。わしの必殺技が……」
「いいから、もう余計なことしないでください。
おかげで計算が狂ってホームランを打たれてしまったじゃないですか」
榎本はそう言って分厚い黒ぶちの眼鏡をくいっと上げた。
「それとも私の力を信用しておられないのですか?
源さん。私のあだ名は……」
「『ミスターコントロール』だったよな」
そういってにっかりと笑っているのは、
キャッチャーの梅さんだ。
「『投げる精密機械』の異名は伊達じゃない。
ちゃあんとわかってますって」
梅さんが白球を榎本に手渡す。
「頼みますよ。榎本さん」
榎本のセットポジションから、
白球が放たれる。
しかしキャッチャーミットに吸い込まれる直球は、
それほど早くはない。
『寿』の二番打者は、うむと頷いた。
(これなら自分でも打てそうだ)
そしてセットポジションから第二球が放たれた。
(よっしゃ! タイミングは完璧にとらえた――――)
打者の大振りのフルスィングが、空を切る。
「な……に?」
白球はバットからボールひとつ分ずれて、
キャッチャーミットに吸い込まれていった。
「ドロップカーブだ。
フォークが主流のいまどきのあんたらは知らんだろうがな」
キャッチャ―マスクを直しながら、
にやりと笑って梅さんが呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
春の雨に濡れて―オッサンが訳あり家出JKを嫁にするお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。なお、本作品はヒロイン目線の裏ストーリー「春の雨はあたたかい」のオリジナルストーリーです。
春の雨の日の夜、主人公(圭)は、駅前にいた家出JK(美香)に頼まれて家に連れて帰る。家出の訳を聞いた圭は、自分と同じに境遇に同情して同居することを認める。同居を始めるに当たり、美香は家事を引き受けることを承諾する一方、同居の代償に身体を差し出すが、圭はかたくなに受け入れず、18歳になったら考えると答える。3か月間の同居生活で気心が通い合って、圭は18歳になった美香にプロポーズする。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる