御曹司様はご乱心!!!

萌菜加あん

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第二十三話 二人の母

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「あの……今日からこちらでお世話になることになりました
望月さくらです。よろしくお願いします」

あたし、望月さくらはそう言って、あたしを迎えてくれた老婆にお礼を言った。

「ふんっ! いくら総一郎坊ちゃんが連れてきたとはいえ、
特別あつかいはしないよ。さあ、はやくこれに着替えなっ!」

そういって老婆に渡されたのは、老婆が着ているものと同じ、
この屋敷のお仕着せだ。

どうやらこれはガチのバイトらしかった。

あたしは案内された女子ロッカールームで、
お仕着せに着替えた。

黒のビロード地のワンピースに、
白のフリフリのレースをふんだんにあしらったエプロンをつけて、
頭にはそれと同じヘッドドレスを着用する。

「寸法はどうだい?」

そう言って老婆はあたしの着ているお仕着せの
肩口のあたりや、袖のあたりを厳しい眼差しでチェックする。

そして全身を見回して、

「ふんっ! よく似合っているじゃないか」

眼差しは厳しいが、機嫌は悪くはないらしい。
むしろご満悦の様子であたしを見つめている。

「さあ、着替えが済んだらぼやっとしてないで、
さっさと仕事にとりかかりな。
新入りのあんたには一階のフロアの掃除を任せるよ」

老婆は威厳に満ちた声色であたしにそう指示した。

「はっ、はい」

慌てて一階のフロアに向かうあたしを、
なぜだか他のメイドたちが青い顔をして見守っている。

「キ……キヨさま」

何かモノ言いたげな表情で、ちらりと老婆に視線を送りながら。

「えっと……掃除道具はここかしら?」

廊下の隅にある用具入れを開けたあたしを
やっぱり別のメイドが気の毒そうな眼差しで見つめている。

「あの望月様……お掃除などおやめください。
あなた様は総一郎様の……」

言いにくそうに言葉を切る。

「ああ、どうか気を使わないでください。
確かにあたしは鳥羽さんの紹介でこちらに寄せて頂きましたが、
もともとアルバイトという話でお受けしたのですから、
働くのは当然です」

そう言って微笑むあたしに、メイドさんはパチパチと目を瞬かせる。

「それにあたし、こう見えてもお掃除得意なんですよ。
いつも実家のスーパーのお店やバックヤード、それにバイト先でも
日々研鑽を積んでいますからね」

あたしは用具入れからモップを取り出して、
意気揚々とモップを握りしめたときだった。

ジーー--!!!

あたしの横を円盤型の物体がしれっと通り過ぎていく。

「え? まさかのルンバさん?」

固まったあたしを見て、思わずメイドさんがぷっと噴き出した。

「ふんっ! 日々家電は進化してるんだよ。
まだまだ修行がたりないようだね、ひよっこが」

キヨさんはそんな憎まれ口を叩きながらも、
手作りのパウンドケーキを振舞ってくれて、
あたしはすっかり打ち解けてしまったメイド仲間たちと
お茶のもてなしを受けた。

っていうか、キヨさんのケーキが半端なく美味しいんですけど。

パウンドケーキにふんだんに使われているドライフルーツは、
多分キヨさん自らが洋酒につけこんだものだ。

一口、口に含むとふわっと芳醇な香りが広がって、
甘い生地が口の中にほろっと崩れては溶けていく。

もう、食べるのが勿体ないくらいの一品なのである。

「どうしたんだい? 新入り。
あたしのケーキがお気に召さないのかい?」

キヨさんの言葉に、あたしはとんでもないと
首をぶんぶんと横に振った。

「いえ、そうではなくて、あまりに美味しかったものですから。
ついうっかりと感慨にふけってしまったのです」

あたしの言葉にキヨさんがふっと表情を緩めた。
そして深い眼差しであたしを見つめて言った。

「そうかい、そりゃあ良かった。
あんたにはこのレシピをはじめ、総一郎坊ちゃんの好物、このお屋敷のこと、
そして鳥羽家のしきたりやら交友関係なんかを
すべて叩き込むつもりでいるから覚悟しな」

その言葉にあたしは、うっかりとケーキを喉に詰まらせてしまった。

◇◇◇

例の記事がすっぱぬかれるや否や、
俺は継母に呼び出しを喰らい、

今は本社にある継母の執務室、
もとい社長室に呼び出された。

「これは一体どういうことなのかしら?」

そう言って継母は俺の前にポンと週刊誌を放って寄こした。

俺が望月さくらの差し出したソフトクリームを齧っている写真が
デカデカと表紙を飾っている。

「『鳥羽家の御曹司、熱愛発覚!!!』見出しそのままです」

俺が抑揚のない声でそう言ってやると、
継母が甲高い声で嗤った。

「まあ、熱愛ですって? あなたが?」

きつく塗られたルージュが、
視界を掠めるために何かが抉られる。

その唇の色は、俺の心が流す血の色に見えた。

「この期に及んで、あなたはまだ
愛などというバカげた幻想を信じているの?」

継母の漆黒の髪が、嗤うたびに小さく揺れる。

そして俺を映す闇色の瞳は、
この世で最も冷たい色を宿している。

(総ちゃん、愛しているわ)

生前、実母はよくそう言って俺を抱きしめてくれたものだ。

幼過ぎて、その面影はもうしかとは思い出せない。

だがその言葉と温もりだけは、
今も鮮やかに、俺の中に生き続けている。

そしてその温もりだけが、
俺を生かしてくれたのだ。

「ええ、信じていますよ。
俺はこう見えてロマンチストですからね」

微笑んでそう言ってやると、
継母の顔からすっと笑みが引いた。


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