御曹司様はご乱心!!!

萌菜加あん

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第二十六話 素敵な大胸筋

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「恥じる必要はない。だが、男と女が一糸まとわぬ姿で、
浴室で二人きりでいるというこの状況は、この上もなく、
エロチックな状況であることは確かだな」

鳥羽さんがすっと眼差しを細めた。

視線があたしの身体を這う。

あたしはその視線を直視できない。

「望月さくら、お前、すっげぇかわいい」

少し掠れた低い声色が、耳朶に落ちてくる。

「だからお前も……俺を見て」

(無理、無理無理無理無理!!!)

あたしは恐怖に震え慄いて、小刻みに首を横に振った。

「そんで、俺に触って?」

鳥羽さんのダークグレイの瞳が、
熱っぽくじっと見つめてきたかと思いうと、
あたしの手を取って自身の身体に導く。

「だ……だ、だ、大胸筋、上部、中部、下部……。
まあ……と……とても素敵ですこと……」

息も絶え絶えに、妙にひっくり返った声が出てしまった。

「う~ん、大胸筋、大胸筋が~……」

そしてあたしはそのまま、目を回してひっくり返った。

「ちょっ……おまっ……望月さくらー---?!!!」

途切れ行く意識の中で、鳥羽さんがあたしの名前を絶叫してた。

◇◇◇

「ほら水だ。まずは飲め」

そう言って差し出されたペットボトルを受け取って、
あたしはそれを一気に飲み干す。

そんなあたしを見つめる鳥羽さんが、
ジト目でじっとあたしを見つめている。

お風呂で目を回したあたしは、
どうやら鳥羽さんによって寝室に運ばれたらしい。

一応お互いにバスローブを羽織っている態である。

「気分はどうだ?」

そう問われて、しばし考えてみるが、
特に悪いということはなかった。

「平気です」

そう答えると、鳥羽さんは安心したように
ほっと息を吐いた。

「悪かったな、なんか無理させちまったらしくて。
嫌だった?」

真顔でそう問われて、
あたしは返答につまる。

「嫌だったわけでは……ないと思うのですが、
ただちょっと刺激が強すぎただけで」

先ほど触れた鳥羽さんの大胸筋の感触が脳裏に蘇って、
あたしは激しく赤面してしまい、

なんとも尻すぼみな返答になってしまった。

「今日継母に会ってきた」

鳥羽さんが苦し気に、下を向いた。

あたしはベッドから起きて、
そっと鳥羽さんを抱きしめた。

「望月……さくら?」

一瞬鳥羽さんが驚きに目を見開いた。

「あいにくあたしは、鳥羽さんほどいい身体はしていなくて、
っていうか、とても慎ましやかなんですけど、
それでもあなたを温めるのは、あたしでありたい」

あたしは鳥羽さんに口づける。

額に、瞼に、そして鼻先に。

「無理すんな、震えているぞ」

その制止の言葉に、
あたしは静かに首を横に振った。

しかし同時に涙が零れてしまった。

本当は怖い。
怖くて仕方がない。

「あほっ! 震えて泣いてる女をどうこうするほど、
俺は鬼畜じゃねぇよ!」

鳥羽さんが不意に、あたしの頬をむにっと引っ張った。

「いひゃい、いひゃい、鳥羽しゃん、マジでいっひゃい」

涙目で講義するあたしに、鳥羽さんがぷっと噴き出した。

「今はその言葉だけで十分だ」

そして今度はあたしをぎゅっと抱きしめた。

「だがな、望月さくら、俺たちの間に既成事実はまだないにしても、
俺とお前はともに一夜を過ごし、こうしてお互いの裸を知ってしまったわけだ。
これはもはや、他人ではない」

鳥羽さんが、びしっと人差し指をあたしの鼻先に翳した。

「これがどういうことか、理解できるか?
望月さくら」

あたしはきょとんとして、目を瞬かせる。

「お前は俺のものだってこと。
そして俺は、お前のものだってことだ」

あたしは温かな鳥羽さんの胸の中で、
小さく頷いた。

鳥羽さんの掌が、何度も何度も愛おしそうに、
あたしの髪を撫でていく。

「それを確認したかったのかもしれねぇな、俺は」

ふと鳥羽さんが、視線を彷徨わせた。

「実は俺もビビってる。
継母がどんな手を使って俺たちを引き裂こうとしているのか、
考えただけでも身の毛がよだつ」

そして意思のこもった強い眼差しをあたしに向けた。

「だがな、お前のことは必ず守ってみせるから」

その言葉にあたしは、にっこりと微笑んでこくんと頷いた。

◇◇◇

「おっ、ハンバーグじゃん」

鳥羽さんの瞳が輝く。

その夜あたしはキヨさんに、鳥羽さんの夕飯を
あたしが作ることを許可してもらった。

鳥羽さんのお母さんが残したレシピをできるかぎり忠実に再現したのだけれど、
果たしてその味が出せるのかどうかは、あたしにはわからない。

それでも鳥羽さんはそのハンバーグを一口、
口に含んだ瞬間に何とも言えない表情をした。

「母さんのレシピ……だな」

それでも、鳥羽さんが至極幸せそうに笑うから、
あたしはそれで満足だった。

「ちゃんとつけあわせの人参のグラッセも食べてよね」

そう言ってやると、鳥羽さんは軽く鼻の頭に皺を寄せて

「はいはい、わかりました~」

と憎たらしく応じる。

そのとき、

また不意にエントランスの呼び鈴が鳴った。

「あら、誰かしら? こんな時間に」

あたしは何気なくエントランスの方に視線をやった。

来客の応対には、どうやらキヨさんが行くらしい。

リビングの窓を激しく雨が叩きつける。

どうやらまだ春の嵐はおさまりそうにないらしい。

◇◇◇

「おや、こんな嵐の夜に誰かと思えば」

キヨはきつい眼差しを、対峙する来客者に向けた。

「お久しぶりね、キヨさん」

そう言葉を紡ぐ、濡れたルージュが、
艶めかしく冷たい微笑を浮かべた。
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