御曹司様はご乱心!!!

萌菜加あん

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第二十八話 身代わり

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ふいに車のヘッドライトが、視界を過った。

(眩しい)

あたしは立ち止まり、
目の上を手で覆った。

「望月さん! 乗って」

そう言って黒塗りの高級車から顔を出したのは

「一ノ瀬君っ?!」

思ってもみない人物の登場に、あたしはすっかり面食らってしまった。

「とりあえずこれで身体を拭いて」

そう言って渡されたタオルで
遠慮なく身体を拭いながら、

あたしは車内をきょろきょろと見回す。

「ルイーズはいないよ」

隣に座る一ノ瀬君がいつになく厳しい表情をしている。

「経緯を説明すると、君と鳥羽さんの熱愛報道が雑誌にすっぱ抜かれて、
ルイーズの実家から、審議を問い正すために使者が送られてきたんだ。
ただでさえ鳥羽建設は、今窮地に立たされている。
それでも先代の社長のときはその人柄に恩を感じていた人たちが
結束して会社に援助を申し出ていたんだけど、美恵子夫人では……」

一ノ瀬君はそう言って首を横に振った。

「今鳥羽建設はルイーズの祖国であるエクレシア公国にそっぽを向かれると、
非常に厳しい状況に陥る。当然美恵子夫人は代表取締役の地位を追われ、
会社の存続さえもひどく危ういものとなってしまうだろう。
だから美恵子夫人はそのことを一切認めず、
君たちのことを報道した雑誌社を名誉棄損で訴えたんだ。
そして今は何食わぬ顔をして、エクレシアの使者を交えて
食事会を行っているはずだよ。
そこにルイーズも無理やり連れていかれた」

一ノ瀬君が焦燥にぎりと歯を食いしばった。

車は某五つ星ホテルの前で止まった。

がたいのいいホテルマンが、車のドアを開けてくれるが、
あたしたち二人を見て、訝し気な顔をする。

「申し訳ございませんが、お客様。
当ホテルはドレスコードがございまして」

ホテルマンにそう言われてあたしたちは、
自分たちが着ている服をしげしげと見つめた。

濡れネズミのメイド服のあたしと、
ダメージジーンズにトレーナー姿の一ノ瀬君。

これでは確かに、このホテルに入ることすらできない。

「申し訳ありませんが、お引き取りを」

そう言って会釈をした、ホテルマンの名札が目に入る。

「うん? 望月ですって???」

そして顔を上げると、はたとホテルマンと目があった。

さらさらの黒髪はきちんとセットされ、
いささかあたしが知っていたころより大人びたとはいえ、

間違いない。
実の兄だ。

「え? 薫お兄ちゃん?」

あたしの素っ頓狂な声に、
相手も目を丸くする。

「っていうかそういうお前は、
もしかしてさくら……なのか?」

兄もまた予想だにしない、実の妹との再会に
ひどく驚いている様子だった。

兄は大学を卒業してすぐ、

『俺は世界を見てくる』

と言いおいて、バックパッカーとなり、
文字通りリュックひとつで家を飛び出した。

その後アマゾンあたりで連絡が途絶えたときに、
どうやら両親は覚悟を決めていたらしい。

「それよりお前ら、なんでこんなところに?」

あたしたちは、兄に事情を説明した。

「そういうことなら、任せておけ!」

兄がにやりと笑った。

◇◇◇

あたしたちはそれぞれ
ホテルの従業員の制服を拝借し、

貸し切りにされている最上階に潜入することができた。

「あっ、出てきた」

レストランから鳥羽さんとルイーズさん、そして年配の外国人のおじさんと、
鳥羽さんのお義母さんが、出てきた。

不意に鳥羽さんの足がよろけて、わきを固める黒服のお兄さんに支えられる。

「鳥羽さん?」

あたしはそれを見て血の気が失せた。

「まさかっ! 鳥羽さんの身体に何かあったんじゃ……。
さっきもスタンガンを押し当てられて意識を失っていたし……」

心配でいてもたってもいられないあたしを、
一ノ瀬君が制する。

「だめだよ、もう少し待って」

そう囁いて寄こす。

「おっ、どうやら体調の悪いらしい鳥羽さんの対応には、
君のお兄さんが当たるらしいよ?」

一ノ瀬君の言葉のとおり、兄が鳥羽さんのお義母さんと何かを話している。
そしてその横で頑なに抵抗しているルイーズさんには、
国からの使者だという外人さんが説得に当たっているらしかった。

しばらくのすったもんだの後で、二人はそれぞれ別の個室に連れていかれた。

「あの、さくらちゃんだっけ? 薫の妹さん」

そういってショートカットのお姉さんが、あたしを手招きする。

(あっ、この人、兄の好みのドンピシャな人だ)

そんな予感を覚える。

「あの人、鳥羽建設の御曹司くん、母親に薬を盛られたらしいわよ。
それで体調不良になって、少し部屋で休んでいくみたい。
お金持ちって怖いわねぇ」

そう言ってお姉さんは両肩を抱いて身震いした。

「それで、鳥羽さんは?」

血相を変えたあたしに、

「ああ、それはさすがに大丈夫よ。
多分きっかけが欲しかっただけだと思うわ。
それで今その部屋の用意をしているんだけど、
婚約者の女の子に御曹司の介抱をするようにって、
凄い圧力をかけてくるのよ。
だけど女の子は泣いてそれを拒んでいるわ。
かわいそうに」

お姉さんが眉根を寄せて、
心配そうにルイーズさんの連れていかれた部屋のほうを見ている。

「あっ、どうやら部屋の準備が整ったようね」

中央の部屋から客室清掃員たちが、準備を終えて出てきた。

そこにルイーズさんが連れてこられて、閉じ込められる。

その後、鳥羽さんが閉じ込められていた部屋から、悲鳴が上がったために、
警備するSPたちが一斉にそちらに走っていった。

「今だ、望月さん」

あたしたちはその隙をついて、
ルイーズさんが閉じ込められている部屋に駆け込んだ。

「涼平っ!」

感極まったルイーズさんが、一ノ瀬君の胸に飛び込んだ。

「ルイーズさん、はやくあたしと衣装を取り換えて下さい。
時間がありません」

あたしたちは素早く衣装を取り換えて、
一ノ瀬君に手にルイーズさんを託した。

そしてあたしはベッドに潜り込んで、頭からシーツを被った。

しばらくして部屋の戸が開き、
よろよろとした足取りの鳥羽さんが部屋に放り込まれた。

鳥羽さんがドアを背に、ずるりとその場に座り込むと、

「明日の朝、お迎えに上がります」

そう言って黒服のSPが部屋のドアを閉めた。

そして物々しい施錠の音がした。

「こちらは外からしか決して開くことが出来ない、
特殊な仕様となっておりますゆえ、
くれぐれも無駄な抵抗はなさいませんように」

無機質な声色でそう言いおいて、
人の気配がその場から去っていった。

「ちっくしょー……」

鳥羽さんはその場に座り込んだまま、掌で顔を覆って天を仰いだ。

「おい、ルイーズ、お前泣いてる場合じゃねぇぞ!
非常事態だ、武装しろ。
俺がお前に何かしそうになったら、
迷わずその椅子で俺をぶん殴れ!」

よく事情は分からなかったが、
とりあえずあたしは、その指示に従って
そこにあった椅子を振り上げる。

そしてそのシルエットに違和感を覚えた鳥羽さんが、
ひとしきり瞬きをした後で、

「ちょっ……おまっ……」

あたしの名前を絶叫しそうになった口を、
あたしは思わず掌で塞いだ。
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