御曹司様はご乱心!!!

萌菜加あん

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第三十話 入り婿

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俺たちを迎えに来た鳥羽家のSPと、ルイーズの家の者が、
そのあられもない姿に凍り付いた。

「こっ……こっ……これは、一体どういうことですかな?
ことの返答次第ではっ……次第では……う~ん……」

ルイーズの執事が目を回した。

「言い訳は一切いたしません。
つまりは……こういうことですので」

そう言って、俺は望月さくらを抱き寄せる。

あいつはと言えば、

(おい、正気に戻れ、望月さくらっ! 
ここで白目をむくな! 根性見せろよ、おいっ!)

俺は目立たぬように、ぺちぺちとその頬を軽く叩いて、
正気付かせる。

はっと、意識を取り戻した望月さくらが、
宇宙遊泳している、が、この際は放っておこうと思う。

ルイーズの執事も、気付け薬を口に含んで、
正気を取り戻す。

「貴殿のっ、貴殿のお気持ちは、ようくわかりました。
結構! これにて主、ルイーズ・エクレシア様との婚約の話は
白紙とさせていただく!」

ルイーズの執事は、キッとこちらをきつく睨んで、
足音も勇ましく、部屋を後にした。

それに連なるように、わーっと他のお付きの者もいなくなる。

残された鳥羽家のSPたちも、互いに顔を見合わせて、
青くなっている。

間もなく、フロアにエレベーターの到着を知らせる鐘の音が響き、
義母が姿を現した。

能面のように表情の剥がれ落ちた顔をして、
つかつかと俺の前に歩み寄ったかと思うと、

強烈な平手打ちをかました。

「っ痛ぅ!」

どうやら唇の端を、切ってしまったようだ。
鮮血が滴る。

「鳥羽さんっ!」

望月さくらが驚愕の表情を浮かべるが、
ここは敢えて言いたい。

鳥羽さんではなく、総一郎と呼んでくれ……と。

「バカなことをしてくれたわね、
ルイーズ・エクレシアとの婚約破棄の件、
あなた一体どう落とし前をつける気なの?」

義母の漆黒の瞳が、
俺への憎しみで燃えている。

「さあ? まったくもって、見当もつきません」

俺は手のひらを振って、おどけて見せる。

「そう、じゃあそれは、
鳥羽家の跡取りとしての責務を放棄するという
意思表示だとみなすわね、それでよろしくて?」

義母は厳しい眼差しで、腕を組んだ。

「ご自由に」

そう言って微笑んでやると、

「わかったわ。以後、あなた名義のクレジットカードや預金を差し止め、
不動産もすべて差し押さえるから、どこへなりとも消えてちょうだい」

義母は酷薄にそう言い放って、部屋から出て行った。

それに伴って蜘蛛の子を散らしたように、SPたちも部屋を出て行った。

「どうするのよ、鳥羽さん……」

望月さくらが心配そうにこちらを伺っている。

「まあ、そういうことだから。
俺、お前ん家の入り婿になる♡」

俺は語尾に特大のハートマークをつけて答えてやった。

◇◇◇

スーパー望月の人だかりがすごいことになっている。

あたし、望月さくらはごくりと生唾を飲み込んだ。

事情が事情だし、あたしはとりあえず鳥羽さんを、
あたしの家に連れてきたんだけど、

あたしの両親は快く鳥羽さんを受け入れてくれた。

そのあと、鳥羽さんが

「俺もお店を手伝います」

って言ってくれたものだから、恐縮しながらも
店のエプロンを渡して、接客をしてもらったら、

この様である。

「キャー! あのイケメン誰?」

喧しい女子高生たちに囲まれても、
すでに女性恐怖症を克服した鳥羽さんは、
にこやかに写真撮影に応じている。

「俺? 俺はスーパー望月の入り婿さ」

そういって鳥羽さんが、
無駄に眩しい微笑みを浮かべると、

女子高生たちは、
ツイッターやら、インスタグラムやら、
あらゆるSNSを駆使して、

「スーパー望月の入り婿サイコー!」

と、情報を拡散してくれる。

『#スーパー望月』と『#入り婿』が、
人気ワードランキングに掲載されるのに、
さほど時間はかからなかった。

「さくら……さくら、ちょっと来ておくれよ、
店の売り上げが、大変なことになってるんだよ」

母親が目を回さんばかりである。

「過去最高益かもしれない」

鳥羽さん目当てでやってきたお客が、
我先にと店内の品を買っていく。

品物を買ってくれたお客には、
もれなく鳥羽さんとの握手が付いてくるのだ。

鳥羽さんに手を握られた女子たちは、
年齢に関わらず、すべて恋する乙女の秋波を醸し出す。

おそるまじ、イケメンパワーだ。

「さくら、ちょっと。鳥羽さんに休憩入ってもらって?」

母があたしに耳打ちするものだから、

「鳥羽さん、休憩入ってください」

あたしは鳥羽さんのもとに行った。

「おう、わかった。そういうことだから、
また後でね」

そういって鳥羽さんは、
お客さんたちにひらひらと手を振った。

そしてバックヤードに入った瞬間に、
壁ドンの体制に入る。

「とっ……鳥羽さん?」

何事かと目を白黒させるあたしに、

「鳥羽さん、だぁ? 何他人行儀な呼び方してんだよ」

鳥羽さんの瞳孔が軽く開いている。

「しっ……仕事中でしょうがっ!」

小声で囁くが、

「そんなの関係ねぇしっ! 俺、入り婿だし」

開き直りやがった。

「それに……俺とお前は……そのっ……もう他人じゃ……ねぇんだし?」

そう言って鳥羽さんは、
乙女の様にぽっと頬を赤らめた。

妙な空気が、あたしたちの間に流れる。

「それは……そのっ……まあ……そうなんだけど……」

あたしはじっと自分の両手を見つめる。

(しかしなんなんだ、
この付き合いたての中学生カップルのような、
妙な空気感は……)

なんだかいたたまれない。
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