俺が王子で男が嫁で!

萌菜加あん

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第一話 クラウド王子の憂鬱

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大陸最強の国、グランバニアに歓声が響く。

王族のロイヤルウェディングに相応しい豪奢な装飾の施された馬車が、
近衛兵に護られて城へと続く都大路を誇らし気に通り抜けると、
参道に集う国民は、花嫁の乗った馬車に向かって、
口々に祝福の言葉を投げかけた。

一方城にて。

執事が花嫁の到着を告げると、花婿は顔色を無くした。
少し癖のある空色の髪を掻き毟り、王子は絶叫する。

「嫌ー!!!! 無理! 本当俺、無理だから!!!」

そう言って、王子はバルコニーへと猛ダッシュ。
窓の外に身を投げようとしたところを、執事にひっ捕まえられる。

「お気持ちは分かりますが、はやまってはなりません! クラウド様」

「いっそ快く死なせてくれ、アルバートン。
確かに俺はグランバニアの出来そこないの三男だ。
そりゃあ、今まで放蕩の限りを尽くしてきたさ。
その報いを受けろというなら受けてやる。
国外追放でも、幽閉でも何でも来いってんだ。
しかしだ、男と結婚することだけは死んでも嫌だ!」

クラウドは絶叫した。

そもそもなぜこんな状況陥ったのか、
クラウドは冷静さを取り戻そうと、安楽椅子に腰をかけて深く息を吸った。

話は三カ月前に遡る。

◇   ◇   ◇

「君ってさあ、名前なんて言うの?」

クラウドが新参の侍女を口説き落とし、
まさにベッドインしようとした瞬間に悲劇は起きた。

「お待ちくださいませ、王妃様」

先ぶれの侍女を蹴散らす勢いで、クラウドの母である王妃が、
鬼の形相で部屋に入ってきたのである。

もっぱら全裸で彼女にマウント中のクラウドは凍りついた。

「は……母上!!!」

クラウドの絶叫空しく、正座させられること三時間。
一通りのお小言を浴び、足の痺れもそろそろ限界を越えようとしていた。

「あの~すいませんでした! 全面的に俺が悪いです。以後気をつけます。
そんなわけで、そろそろ許してはもらえませんでしょうか? 
母上、でないと俺の足がとっても可哀そうなことになってしまっています」

そう言ってクラウドが王妃を見上げると、
王妃は盛大に溜息を吐いた。

「どうやら反省の色はあまりないようね」

王妃を見上げるクラウドの背に、冷たい汗が伝った。

(やばいよ、真剣と書いてマジと読むほどやばい。
ああー母上、眉毛ぴくぴくしちゃってるよ。
こりゃあ、長引くなあ)

とクラウドが覚悟を決めた時だった。

「結婚なさい、クラウド」

その言葉にクラウドの目が点になった。

「はい?」

「結婚しなさいと言ったのです。
あなたも来年には、十八歳になります。
結婚になんの障りがありますか。
いくらあなたがモテるからといっても、
城中の女官たちに片っ端から手をつけるなんて、
許されることではありませんよ。
それよりも正式な妃を迎え、あなたは落ちつきなさい」

「結婚? 結婚ですか! 
いや~結婚ねえ~ひゃっほう!」

クラウドはジャンプをし、ガッツポーズを決めた。

すでに頭の中で妄想は逞しく膨らんでいる。

「母上、俺の好みは巨乳ですから! 
童顔でとにかくおっぱいの大きい娘が好みです」

ニヤケ顔全開のクラウドを見つめる、王妃の顔が曇った。

「浮かれているようね。
だけどそんなあなたに一つだけ言っておきたいことがあるの」

真剣な眼差しを向けた王妃に、クラウドが背筋を伸ばした。

「あなたの妃は男です」

そう言い放った王妃の言葉に、クラウドの思考回路が停止した。

「母上、何をおっしゃっているのです?」

「あなたも王族として生まれたのなら、
覚悟はできているでしょう。
この婚姻は政略結婚です。
我が国は早急に大陸の西の国、
アストレアとの同盟を結ぶ必要があるのです。
しかし、お前の二人の兄たちは既に結婚している。
アストレアの花嫁は力関係からしても側室として迎えるには、
難しい相手であり、
しかも王族同士の婚姻でなければ国家間の抑止力にはなりえないのです。
ですがアストレアの王族には、お前と年のつり合う姫はいない。
そこで苦肉の策としてお前と同い年の
アストレア国王の次男をお前の嫁として迎えることにしたのです。
幸い我が国は同性婚を認めていますので、法律上の問題は発生しません」

「はい? 何言ってんの? この人。
男同士で結婚なんて無理に決まっているじゃないですか。
だいたい子孫が残せないじゃないですか、どんだけ非生産的なんですか」

あまりのことに、眩暈を覚えたクラウドは安楽椅子に凭れかかった。

「無理でもなんでも、とにかくこの婚姻を成立させなければ、
わが国を戦火で焼くことになるのです。
子孫については、お前の兄たちがすでに子を儲けているので、問題はありません」

王妃の顔はすでに母親の顔ではなかった。
それは国家を護る使命を背負った、一政治家の顔であった。

(死のう)

そしてこれが、クラウドが密かに死を決意した瞬間であった。
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