俺が王子で男が嫁で!

萌菜加あん

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第十三話 若人の悩み

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「今日、俺仕事休みなんだけど、映画でも見に行かね?」

翌朝の朝食時に、
紫龍は気を取り直してクラウドを誘ってみたが、

「無理。俺、今日商業施設の視察が入っているから」

玉砕した。

「ああ、そう……」

気不味い朝食の後、
クラウドが紫龍とろくに目も合わせずに部屋を出てゆくと、
紫龍はエアリスから手渡された
『王宮出版 夫婦生活の営みバージョンⅢ』を派手に壁に投げつけた。

「全然、役に立ちゃしねえじゃねえか、あのクソアマ!」

そしてリビングのフローリングに横になる。
床の冷たさが、血の上った頭を少し冷静にしてくれる。

「俺……なんかバカみたい」

そう呟いて、
紫龍が瞼を閉じると意識がすっと遠のいた。

(そういや、俺、昨日ほとんど眠れなかったんだっけ……)

やわらかな日溜りの中で、
それはひどく心地の良い微睡だった。

「おい、何やってんの、
こんなとこで寝たらお前、風邪ひくぞ」

覚醒しきらない意識の中で、
紫龍はクラウドの声が聞こえたような気がしたが、
なんとなく悔しかったのでふて寝を決め込んだ。

「ったく……」

クラウドは紫龍の身体を軽々と抱えて、
二階の寝室に運び、ベッドの上に、壊れ物を扱うかのようにそっと置くと、
紫龍の寝顔を愛おしそうに見つめ、その目にかかる前髪をそっと払ってやった。

「ごめんな、お前のこと避けちまって。
でも俺、正直自信がねえんだ。
なにかの拍子に理性が吹き飛んじまって、
お前のこと傷つけてしまうんじゃないかって……それがすげえ恐い」

このころにはもう紫龍の意識は完全に覚醒していたが、
クラウドの声色が、まるで泣き出す前の子供のように
ひどく不安定だったので、紫龍は目を開けるタイミングを逸してしまった。

「好きだ……紫龍……。
自分でも、この気持ちをどうしていいかわかんねえんだ」

紫龍の額にキスが降りてきた。

◇   ◇   ◇

「俺だってどうしていいかわかんねぇよ」

クラウドが去った寝室で一人になった紫龍が呟いた。

(だいたい、俺のこと好きだって言うくせに、
俺が近寄ったら、逃げちまうじゃねえか。
怒っているような、でもすげぇ苦しそうな顔をするから、
そんなとき、俺はお前のことを抱きしめたくなっちまって……。
ああもう! くそっ!)

紫龍はベッドから飛び起きた。

「せっかくの休みに、こんなところに一人でいるから、
余計なこと考えちまうんだ。気分転換。さあ外行こ、外」

紫龍は服を着替えてロッジを出た。

そしてお気に入りのママチャリに乗ると、
初夏の風が優しく頬を撫でていった。

中央門を守る門兵が敬礼し、
ママチャリに乗った紫龍を見送ると、

「ご苦労さん、どうも……」

紫龍も門兵にぎこちなく一礼を返した。

この国には、帝都の中心に政治を司る行政府と王宮が置かれ、
その先に人民のための広場がある。

その広場からそれぞれ商業区や工業区へと続く道が、
きちんと整備されてある。

紫龍はママチャリに乗ったままで、
商業区へと出かけて行った。

その中心地は海外との貿易によって得た
莫大な利益によって建造された迎賓館や、
贅を尽くしたホテル群、
ショッピングモールを兼ねた近代的な超高層ビルが建ち並ぶ。

しかし紫龍はどちらかというと、
そんな都会的な雰囲気があまり好きではなく、
帝都の商業区といっても、そのはずれに位置する下町に連なる古民家を好んだ。

ここには紫龍が愛してやまない、
刀の骨董品なんかの市も立つ。

「あー、これもしかして菊一文字じゃね? あーマジ欲しい」

紫龍は老舗のショーケースに飾られた
名刀の前に張り付いた。

「今の俺の給料だと、何年かかるかな?」

それでも自身で汗を流して働いた金で買うからこそ、
価値があるのだ。

(それでも、いつか)
  
紫龍は眩しげに眼を細めた。

そのとき、店のオープンセレモニーの為にハッピを纏った、
年若い男が紫龍の肩を叩いた。

「あっ、お兄さん、そこの健康ランド、
今日オープンしたばっかりなんだけど、寄ってかない?」

紫龍は客引きの男に、健康ランドの割引券を手渡された。

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