上 下
4 / 9

第四話 東雲くんは西枝くんの唇に死ぬほどキスしたい。

しおりを挟む
「うっわ~! 西枝くんのノートってめっちゃ綺麗。女子みたい」

西枝時宗のノートを見せてもらった東雲唯人が、
思わず感嘆の声を漏らした。

「女子って……」

東雲唯人の言葉に、西枝時宗が思わず赤面する。

「僕ってそんなに女々しいかな……? 
って、まあ見た目通りのガリ勉だし、体力はないけどさ」

少し傷ついた様子で、口を尖らせた西枝時宗に、

「いや、西枝くんはその辺の女子より、よっぽど可愛いと思う」

そう真顔で答える東雲唯人の瞳の瞳孔が開いている。


「かっ……可愛いって、僕が?
東雲くん、君、視力が悪いのかい」

面食らったように、大きく目を見開いている西枝時宗に、

「僕の視力は両目とも2.0だよ?」


東雲唯人がにっこりと微笑んだ。

(じゃあきっと、東雲くんは頭が悪いんだね。
かわいそうに)

西枝時宗はそんな言葉を飲み込んだ。


「コピーさせてくれてありがとう。西枝くんの直筆ノートのコピーなんて、
超レアアイテムじゃん。俺、家宝にするよ」


東雲唯人は小躍りせんがごとくに、喜んでいる。

「あっそうだ、西枝くんこの後時間ある?
良かったらカフェテリアでお茶でもどう?
是非お礼をさせてよ」

東雲唯人は西枝時宗の手を取って、
きらきらとした瞳で見つめてくる。

「お礼だなんて、そんなのいいよ」

恐縮して西枝時宗が断ると、
東雲唯人は奈落の底に突き落とされたかのような表情を浮かべる。

「そ……そうだよね、西枝くんは、忙しいよね……。
俺なんかとお茶を飲んでる時間なんてないよね……ハハッ……」

眦にうっすらと涙を浮かべて、がっくりと肩を落とした東雲唯人に、
西枝時宗は一体どういう声をかけていいのかわからず、


口をパクパクさせている。


「ちょっとだけなら……大丈夫かも。
身体の調子が戻るまで、塾は休むことにしているから」

西枝時宗の言葉に、東雲唯人は再びはじけるような笑顔を浮かべる。

「嬉しいっ! 善は急げだ、ほら行くよ! 西枝くん」


テンションが上がった勢いに任せて、
東雲唯人は西枝時宗の手をとって走り出す。

「ふぇ?」

急に手を引っ張られて、西枝時宗はつんのめってしまった。

再び眼鏡がずり落ちて、
瓶底眼鏡に隠されていた西枝時枝の素顔が露わになる。

憂いを帯びた漆黒の瞳は長く濃い睫毛に縁どられ、

白磁の肌には、今はほんのりと赤みが差して、
その唇は咲き初めの薔薇の蕾の様にみずみずしい。

「あっごめん、西枝くん」

東雲唯人は立ち止まり、西枝時宗の眼鏡を拾ってやる。

しかし東雲唯人はそれを西枝時宗に返すのを忘れ、
しばらくの間、西枝時宗の素顔に見惚れてしまった。

「美しい……」

そう呟いて、ためらいがちに西枝時宗の頬に触れる。

「はいっ?」

そんな東雲唯人の反応に、西枝時宗は思いっきり怪訝そうな顔をする。

「俺の女神……」

思わずそう口走った東雲唯人に

「いや、落ち着いて? 東雲くん、僕男だから」

西枝時宗は冷静にツッコミを入れる。

しかし東雲唯人の暴走は止まらない。

「俺の女神よ、どうかこの俺を憐れんで。
そして受け止めてほしい。
君の美しさに魅了された、この俺の巡礼を……」

恍惚の表情を浮かべて、東雲唯人は西枝時宗の手を取って、
その甲に口づける。

「うん……なんか……色々大変そうだよね……」

西枝時宗はそう言って、視線と思考を遠くに飛ばした。

こうしてこの日、
西枝時宗は、この男に対する全てのツッコミを放棄した。

◇◇◇

「ねぇねぇ、西枝くんはどれにする? 俺のお勧めはね、
英国王室御用達のミルクティーに、トゥンカロンはどうだろう?
見た目もとっても可愛いだろ?」

東雲唯人がきゃっきゃとはしゃぐのだが、

「う……うん、僕は……甘いものはちょっと……。
ブラックコーヒーで、いいよ」

嘘である。

西枝時宗は本当は甘いものも、紅茶も大好きである。

可愛くデコられた、トゥンカロンを食べてみたいと思った。

(だけど……だけど……こんな可愛いお菓子を僕なんかが食べていたら、
きっとまた、キモイとか言われるんだ)


そんなことを考えて、しょんぼりと肩を落とした。
そして眉間に皺を寄せて、ホットコーヒーを啜る。

苦い。
何が美味しいのかさっぱりわからない。

「ねぇねぇ、西枝くん、そのコーヒー美味しい?
俺も飲んでみたいな。ほいで、俺のロイヤルミルクティーもとっても美味しいから、
交換しようよ」

東雲唯人がそう言って人懐こい笑みを浮かべると、

「えっ? ええっと……」

西枝時宗がもじもじとした様子で、少し顔を赤らめた。

「食わず嫌いはよくないよ。西枝くん、ほら、これも美味しいから食べてみて」

東雲唯人はそう言って、トゥンカロンを指でつまんで西枝時宗の口元に持って行った。

「んっ」

西枝時宗はそのトゥンカロンを東雲唯人の指から、ぱくりと啄んだ。

その拍子に西枝時宗の唇が、東雲唯人の指に触れた。

東雲唯人が目を見開いて、動きを止める。

「美味しい」

驚きとともに破顔した西枝時宗に、

「っ!」

東雲唯人は無言のままで、カフェテリアの柱に頭突きをかます。


「ひっ! 一体何をしているの? 
東雲くん……東雲くん、ちょっと大丈夫?」

額が割れて、少し血が滲んでいたが、

構うものかと東雲唯人は開き直る。

こうでもしなければ、恐らく自分は衝動的に……。

東雲唯人の欲情を孕んだ視線が、
西枝時宗の唇を追う。





しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

愛人(まなびと)

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

腹の虫がおさまらない

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

【いつも見る同じ夢】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

サンタクロースとあそぼ

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

ボクは星の子。

SF / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:14

訳ありのエセ王太子にワンナイトで抱かれました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:71

処理中です...