10 / 72
第十話陰武者の言い分⑥『強くなりたい』
しおりを挟む
わたしには、毎夜見る夢があります。
それは決まって、炎の放たれた故郷の城へと駆けていく夢なのです。
累々と築かれた屍を越えて、私はひたすらに走ります。
血塗られた手に剣を構え、私は一体どこへ向かっているのでしょうか。
「泣いているのか?」
夢見心地のなかで、確かにその声を聞いて、
誰かに抱き寄せられた気がしました。
父でも母でも、兄でもない。
だけどそれはとても優しい声で、なぜだかひどく安心するのです。
「大丈夫だ、大丈夫。
私がお前を守るから」
心臓の鼓動が聞こえて
それは温かで、その温もりの中で自分の抱える冷たい闇が、
少しずつ溶けていくのを感じました。
『キスが降りてくる』と思いました。
やわらかな感触。
額に、瞼に、鼻先に、頬に……。
あれ? 変だな。
私は目を閉じているのに、なんでこれがキスだと分かるんだろう?
キスは頭にも降りてきて、
その後で何度も繰り返して頭を撫でてくれる、この優しい手は誰?
私は私を抱く何かに手を伸ばして、その胸に顔を埋めました。
胸?
え? 胸?
覚醒しきらない意識の中ではありましたが、
そのワードが妙に頭に引っかかります。
目を開けますと、ぼんやりとした視界の中に、
美形王太子のドアップが飛び込んできました。
「おはよ」
美形王子のドアップが、私を見つめています。
私はその胸に抱かれたまま、激しく瞬きを繰り返します。
そして急速に意識が覚醒しました。
「おは……おはよう……ございます。
そういえば昨夜、添い寝してもらったんでしたね」
ぎこちなく微笑んでみました。
さすがに今の私には、無難な外交スマイルのスキルは使えません。
「あの……私……何か変なこと、ありませんでしたか?」
姿勢を正して聞いてみると、
「気になるか?」
ミシェル様は意地悪そうな笑みを浮かべ、
「教えない」
そういってベッドを降りました。
「またな」
振り返りざまにニヤリと笑って、部屋へ戻って行かれました。
◇◇◇
駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だーーーーーー!
ミシェル様が帰ってしまった寝室で、私は正座しました。
ここは私にとって戦場です。
弱気になっていては、生き残ることはできません。
ミシェル様の優しさはありがたいけど、
ちゃんと自分で自分を律する者にならなければなりませんね。
「よし、強くなろう」
そう決心し、私は剣道着に着替えて、剣を取りました。
早朝の空気は清々しく、朝焼けが眩しいです。
城内の訓練場で素振りを行い、藁の人型を相手に剣技を振るいます。
鈍い音とともに、束が地面に落ちて、藁屑が空を舞います。
剣は嘘をつきません。
切り口が少し乱れてしまいました。
「はぁ~」
ため息がでます。
こんな私を、兄のゼノアが見たらどういうでしょうね。
『未熟者っ!』
とかいって、竹刀が飛んできそうです。
兄のゼノアは双子なのでもちろん同い年なのですが、彼の剣技は別格で、
私なんかよりも遥かに強いです。
齢12歳にして、すでにサイファリアの剣豪十指に名を連ね、
部隊を率いて『請け』を行っています。
『請け』というのはつまり闇のお仕事です。
サイファリアとは、表向きには資源の豊富な弱小国家を謳っていますが、
裏では『請け』という闇の仕事を請け負うことによって、
近隣諸国との微妙な関係を維持し、時には滅ぼして生き残ってきた国です。
生き血をすする蜘蛛、なんて通り名もあるくらいのヤバい国です。
そういうわけで物心ついたときから、まず剣を握らされましたね。
そういう国の王族である限り、いわゆる非常事態はいつでも起こりえるもので、
己を守る術をもたなければ、生き残ることはできないという、
結構シビアな世界を生きなければならなかったので。
美しいドレスを身にまとい、優雅に微笑む外交と、
生き抜くために剣を振るう剣術と、
それは政治においては両輪なのだと諭されて両方身につけました。
おや、ミシェル様もジャージを着用して朝から走っておられますね。
「よ……よう!」
秘密のトレーニングを他人に見られたのが恥ずかしいのでしょうか、
少しぎこちないです。
「ああ、おはようございます。ミシェル様」
ミシェル様のおかげでなんだか色々と吹っ切ることができました。
おかげでとても気分が爽快です。
「昨夜はありがとうございました」
ミシェル様なりの優しさが嬉しかったのです。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。
己の弱さを恥じて、心身ともに鍛えなおそうと思っています」
ミシェル様、私、強くなります。
自分のことも、そして家族と国家を守れるくらいに。
そう決心して、ミシェル様に向き合いました。
病弱であったミシェル様が、食事を完食なさるようになり、
ランニングをなさるまでに回復されて本当に良かった。
ミシェル様のわがまま王子の仮面の下は、優しい心と不憫な不器用さで構成されている
とてもわかりにくいけど、良い人でした。
冷たい強さよりも、私はこの人の温かな優しさが好きです。
この人の持つ白銀の焔が、確かに私の中の何かを変えようとしている。
少なくとも、私の剣が乱れるほどに。
そんな予感をひしひしと感じる朝でした。
それは決まって、炎の放たれた故郷の城へと駆けていく夢なのです。
累々と築かれた屍を越えて、私はひたすらに走ります。
血塗られた手に剣を構え、私は一体どこへ向かっているのでしょうか。
「泣いているのか?」
夢見心地のなかで、確かにその声を聞いて、
誰かに抱き寄せられた気がしました。
父でも母でも、兄でもない。
だけどそれはとても優しい声で、なぜだかひどく安心するのです。
「大丈夫だ、大丈夫。
私がお前を守るから」
心臓の鼓動が聞こえて
それは温かで、その温もりの中で自分の抱える冷たい闇が、
少しずつ溶けていくのを感じました。
『キスが降りてくる』と思いました。
やわらかな感触。
額に、瞼に、鼻先に、頬に……。
あれ? 変だな。
私は目を閉じているのに、なんでこれがキスだと分かるんだろう?
キスは頭にも降りてきて、
その後で何度も繰り返して頭を撫でてくれる、この優しい手は誰?
私は私を抱く何かに手を伸ばして、その胸に顔を埋めました。
胸?
え? 胸?
覚醒しきらない意識の中ではありましたが、
そのワードが妙に頭に引っかかります。
目を開けますと、ぼんやりとした視界の中に、
美形王太子のドアップが飛び込んできました。
「おはよ」
美形王子のドアップが、私を見つめています。
私はその胸に抱かれたまま、激しく瞬きを繰り返します。
そして急速に意識が覚醒しました。
「おは……おはよう……ございます。
そういえば昨夜、添い寝してもらったんでしたね」
ぎこちなく微笑んでみました。
さすがに今の私には、無難な外交スマイルのスキルは使えません。
「あの……私……何か変なこと、ありませんでしたか?」
姿勢を正して聞いてみると、
「気になるか?」
ミシェル様は意地悪そうな笑みを浮かべ、
「教えない」
そういってベッドを降りました。
「またな」
振り返りざまにニヤリと笑って、部屋へ戻って行かれました。
◇◇◇
駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だーーーーーー!
ミシェル様が帰ってしまった寝室で、私は正座しました。
ここは私にとって戦場です。
弱気になっていては、生き残ることはできません。
ミシェル様の優しさはありがたいけど、
ちゃんと自分で自分を律する者にならなければなりませんね。
「よし、強くなろう」
そう決心し、私は剣道着に着替えて、剣を取りました。
早朝の空気は清々しく、朝焼けが眩しいです。
城内の訓練場で素振りを行い、藁の人型を相手に剣技を振るいます。
鈍い音とともに、束が地面に落ちて、藁屑が空を舞います。
剣は嘘をつきません。
切り口が少し乱れてしまいました。
「はぁ~」
ため息がでます。
こんな私を、兄のゼノアが見たらどういうでしょうね。
『未熟者っ!』
とかいって、竹刀が飛んできそうです。
兄のゼノアは双子なのでもちろん同い年なのですが、彼の剣技は別格で、
私なんかよりも遥かに強いです。
齢12歳にして、すでにサイファリアの剣豪十指に名を連ね、
部隊を率いて『請け』を行っています。
『請け』というのはつまり闇のお仕事です。
サイファリアとは、表向きには資源の豊富な弱小国家を謳っていますが、
裏では『請け』という闇の仕事を請け負うことによって、
近隣諸国との微妙な関係を維持し、時には滅ぼして生き残ってきた国です。
生き血をすする蜘蛛、なんて通り名もあるくらいのヤバい国です。
そういうわけで物心ついたときから、まず剣を握らされましたね。
そういう国の王族である限り、いわゆる非常事態はいつでも起こりえるもので、
己を守る術をもたなければ、生き残ることはできないという、
結構シビアな世界を生きなければならなかったので。
美しいドレスを身にまとい、優雅に微笑む外交と、
生き抜くために剣を振るう剣術と、
それは政治においては両輪なのだと諭されて両方身につけました。
おや、ミシェル様もジャージを着用して朝から走っておられますね。
「よ……よう!」
秘密のトレーニングを他人に見られたのが恥ずかしいのでしょうか、
少しぎこちないです。
「ああ、おはようございます。ミシェル様」
ミシェル様のおかげでなんだか色々と吹っ切ることができました。
おかげでとても気分が爽快です。
「昨夜はありがとうございました」
ミシェル様なりの優しさが嬉しかったのです。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。
己の弱さを恥じて、心身ともに鍛えなおそうと思っています」
ミシェル様、私、強くなります。
自分のことも、そして家族と国家を守れるくらいに。
そう決心して、ミシェル様に向き合いました。
病弱であったミシェル様が、食事を完食なさるようになり、
ランニングをなさるまでに回復されて本当に良かった。
ミシェル様のわがまま王子の仮面の下は、優しい心と不憫な不器用さで構成されている
とてもわかりにくいけど、良い人でした。
冷たい強さよりも、私はこの人の温かな優しさが好きです。
この人の持つ白銀の焔が、確かに私の中の何かを変えようとしている。
少なくとも、私の剣が乱れるほどに。
そんな予感をひしひしと感じる朝でした。
1
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる