わがまま王子の取扱説明書

萌菜加あん

文字の大きさ
20 / 72

第二十話わがまま王子の奮闘記⑨『闇との対峙』

しおりを挟む
ミシェルは白けた天井をぼんやりと眺めた。

生を蝕む発作を何度か繰り返し、
看護婦に鎮静剤を打たれたところまでは覚えている。

深い闇に引きずり込まれれば、
もう二度と目覚めないような気がして、
光に手を伸ばし、光を得ようと必死にもがき、あがいている。

そんな自分がひどく滑稽で乾いた笑いがこみ上げた。

薄い微睡みの中で、
バイクのエンジン音が聞こえたような気がした。
はて? これは夢か現か……。

ミシェルは覚醒しきらない意識の中で
確かにそれを聞いている。
このエンジン音には聞き覚えがある。
確かこれは、ミッド・ブライアンの愛車である
ホンダ製CB450セニアだ。
間違いない。
ミシェルは確信する。

夢にしてはやけにリアリティーがある、
とミシェルは思った。

では、これが現だとしたら?

そう仮定してみる。
今は真夜中で、なぜミッドがバイクを走らせる必要があるのだ?
ミッドはどこに行くのだ?
誰かの護衛か?

そこまで思考を巡らし、何かが引っかかる。

誰かの護衛……?

私がここで寝ているとすれば
誰の……?
しかも私物のバイクで?

ミシェルは飛び起き、居間を挟んで隣の部屋に駆け込んだ。

「ゼノア!」

部屋の主がいない。
暗く静まり返った部屋に、ミシェルの声が虚しく響く。

「アレック!」

ミシェルが金切声とともに、執事の執務室に飛び込んでみれば、
アレックがモニター越しに、近衛隊に何やら指示を飛ばしている。

「ディノ、ノア、カムイは引き続き013ポイントを見張れ。
ヴェルファ、アルフは先回りしてパーキングエリアの安全を確認しろ!」

モニターに映し出されている映像に、ミシェルは愕然とした。

「お……大型二輪車の二人乗りだと?」

ミッドの背中にゼノアが抱きついた格好で、
高速道路を走行しているのである。

「ヘルメットも着用しておりますし、
 法律上なんら問題ないと思われますが」

アレックの無機質な声色が、ミシェルのカンに触る。

「そういう問題ではないっ! こんな時間にゼノアを外に出し、
 あまつさえミッドの私物のバイクに乗せるとは何事だ!
 密着度が気に食わん」

「そこですか」

もう諦めたというように、アレックが苦笑する。

「隣国の王太子殿下をこのような時間に外にお出しましたこと、
 その危険性も重々承知しております。
 元より全ての責任は、この私が負うつもりでございます」

アレックが覚悟のこもった眼差しをミシェルに向けると、
ミシェルがその眼差しを一身に受け取った。

「そうか、わかった。ならば今すぐにこの私をゼノアの元に連れて行け!」

事情もよくわからないままに、ミシェルは準備に取り掛かる。
アレックがそこまでの覚悟を持って、禁を犯すには理由がある。
そしてそれはきっと自分の命に関することだったのだろうと、
大方の予想はつく。

「しかしミシェル様、発作の方は」

その後をアレックが急いで追う。

「知らん。治った」

ミシェルは着替えながら、不機嫌に言った。

もともといつ尽きてもおかしくない命なのだ。
発作の原因も、わからない。

いや原因はわかっている。
それはおそらく、かつえたこの心の奥深くにある闇なのだ。
薬や何かで解決できる問題ではない。

「説明は出発してから聞く」

ミシェルがアレックのダークアッシュの瞳を見つめた。
自分と同じ色の瞳。
その中にも、やはり自分が映し出されている。
不思議な光景であり、不思議な感覚だとミシェルは思う。

(果たして私は、その中に闇を照らす光を見出だすというのか?)

ただひとつだけ言えることがある。
私はもうこの闇から逃げてはいけない。

ミシェルの脳裏にゼノアの面影が過った。
今更ながらに思う。
その勇気を与えてくれたのは、まぎれもなく彼だ。
彼に並びたいと思う。
だから私はもうこの闇から逃げない。

車庫に向かい共に歩くアレックの背を見つめ、
ミシェルは思う。

(私の闇は、本当に闇であったのか?)

車庫に鎮座しているのは、ハーレーダビッドソン『Pan America』だ。

「お前、いつの間に……」

ミシェルの呟きを聞きつつ、アレックの機嫌は妙にいい。

(そういえば昔からアレックは、バイクが好きだったな。
 だけど私の体が弱かったから、休みもろくに取らず、
 ずっと私の傍にいてくれたんだ)

「ミシェル様、僭越ながら私の後ろにお乗りください」

独特の三拍子のエンジン音が唸る。

アレックの背中は広い。
ミシェルは暫しその背中の広さに戸惑う。

「ふんっ! 貴様なんぞとツーリングとはなっ!」

つい憎まれ口を叩いてしまう。

(そうじゃない。そうじゃないんだ。
 伝えたいのはそうではなくて)

身体を突き抜ける感情のうねりを、
ミシェルは言葉に表現することができない。
ただアレックの背にしがみつき、その手に力をこめる。

(アレック……あなたの背はどうしてこうも温かい?
 温もりを知らぬ忌まれ子のこの私に、
 どうしてこうも無償の愛を注ぐことができるのだ?)

アレックにそう問いたいと思ったことが何度もあった。
何度も口にしようとして、何度も飲み込んだ言葉がある。

ミシェルは唇を噛みしめた。
ヘルメットの中で涙が視界を歪める。

涙が熱いということをミシェルは初めて知った。
とめどなく流れる熱い涙とは裏腹に、身体は小さく震えている。

(アレック、あなたは一体誰なのか?
 あなたこそが、私の父なのではないのか?)


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

処理中です...