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第三十話わがまま王子の奮闘記⑫『恋と裁縫とクッキング』
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(ゼノアの他人に向けられた笑顔が嫌いなんだ)
マカロンを頬張るミシェルは自分でも呆れるくらいの粘着質……とは思う。
(自覚はあるんだ、自覚はっ!)
ミシェルはくわっと目を見開いた。
しかしこんな子供じみた独占欲では、いつかゼノアに嫌われてしまうのではないか。
そんな予感をビンビンに感じながらも、その感情を表現する術をミシェルはもっていない。
ミシェルはしょんぼりと肩を落とす。
季節は待降節を迎えようとしている。
クリスマスが訪れると、ミシェルは13歳になる。
子供と大人を行き来するジェットコースターのような
感情のうねりを、正直ミシェルは持て余している。
エントランスのホールに樅木が運び入れられ、
使用人たちがその飾りつけに追われている。
ミシェルの視線が知らず、ゼノアを追う。
ゼノアは使用人たちに紛れて、張り切って飾りつけを手伝っている。
今はどうやら樅木のてっぺんに星をつけようと奮闘しているようだ。
屈託なく笑い、誰に対しても親切に接する。
それは皆が良く知っているゼノアだ。
しかし本当のゼノアはよく笑い、そしてよく泣く。
(だが皆はゼノアの泣き顔を知るまい。
それを知っているのは、私だけだ)
そこにミシェルの密やかな悦がある。
(だから私はゼノアを泣かせたのか?)
そんな疑問が胸を過り、驚きを覚える。
愛おしくゼノアを守りたいという思いと、
傷つけてでも、その心に自身を刻みつけたいという
激しい思いが交差する。
独占欲とは、愛情の枯渇だとミシェルは思う。
しかしこれは父母に対して抱いたものとは、
まったく異なる感情であることを自覚する。
父母からの愛情は、与えられれば満足を
得られるものであるのに対して、
自身がゼノアに抱く感情は、
与えられるのを待てるほどの余裕はない。
そして与えられれば更に渇き、奪いたくなる。
ミシェルは先程ゼノアの指が触れた唇に、指を這わせた。
その感覚はあまりにも艶めかしくて、甘やかに全身を粟立たせる。
その後で決まって訪れる罪悪感。
背徳の暗い闇がミシェルの心を満たす。
(ゼノアよ、お前は決して知るまい。この私の気持ちなど)
そして決して知られてはならない感情なのだと、
ミシェルは自戒した。
友情などという綺麗な仮面の下にある、
自身のひどく醜い感情。
そして男が男に抱く劣情を。
見込みのない恋に、この身を焼く自身の悲しみを。
◇◇◇
「って……思っていたのに……ぐすっ……」
ミシェルは自室で正座し、涙ぐみながら、
一心不乱に手芸に勤しむ。
作っているのは、端切れを縫い合わせて作る
クマのぬいぐるみだ。
何気に可愛いもの好きのゼノアを喜ばせようと、
図案から自ら起こした力作だ。
女王であり一流デザイナーでもあるロザリアを
母に持つミシェルは、手先が器用だ。
その作品は、もはや素人の域ではない。
「ゼノア愛が強すぎてうっかり……
こんなものを作ってしまった。うっ……うっ……うっ」
涙ぐみながらも、ミシェルの手芸の手は止まらない。
ぬいぐるみは恐ろしい勢いで増えていく。
ファミリーから、ママ友まで個性豊かなキャラクターが揃っている。
主人公と決めたクマの母親がママ友とお茶をするための
カフェを造ったところで、ミシェルは我に返った。
「駄目だ。闇が深すぎる」
そして今度は場所を厨房に映した。
ロバート馬場並の料理の腕を持つアレックを父に持つミシェルは、
やっぱり料理や菓子作りが生まれつき得意だ。
気が付けば、ゴディバの限定プレミア商品か
という作品を無意識に作り上げていた。
精巧に作られたチョコの暖炉をスノーマンの親子が囲んでいる。
「一見楽し気な構図だがな、見ていろ。
これを食うやつはな、まずはじめに子供のスノーマンの頭を……」
そこまで考えて、ミシェルは我に返った。
「駄目だ。闇が深すぎる」
そしてミシェルは東宮殿を出て、禁裏の庭園へと歩いて行った。
庭園には白薔薇が咲き乱れている。
品種は白薔薇の代表格『アイスバーグだ』
「見事だな」
そう独り言ちる。
聖母マリアに捧げられたという白薔薇は、純潔を象徴する花だ。
ゼノアに白薔薇を贈る自信が、今の自分にはないとミシェルは思う。
(だって私は穢れまくってるじゃん? 脳の病だよ、変態じゃん)
ミシェルは頭を抱えた。
そしてググる。
「白薔薇の花ことばは純潔、尊敬、『わたしはあなたにふさわしい』……か」
そう胸を張って、ゼノアに言える日が、果たしてくるのだろうか。
「いかん、いかん。甦れ! わたしのポジティブシンキング」
ミシェルは元気になる呪文を唱えた。
向かう先はエリオットが管轄する、草花の研究施設だ。
エルダートンの孫娘、エリオットはバイオ科学の研究者である。
「ゼノアに贈るクリスマスの花の育て方を教えてくれと言ったら、
またエリオットにからかわれるかな」
葛藤と気恥ずかしさにの入り混じるシェルの頬に、初雪が散った。
マカロンを頬張るミシェルは自分でも呆れるくらいの粘着質……とは思う。
(自覚はあるんだ、自覚はっ!)
ミシェルはくわっと目を見開いた。
しかしこんな子供じみた独占欲では、いつかゼノアに嫌われてしまうのではないか。
そんな予感をビンビンに感じながらも、その感情を表現する術をミシェルはもっていない。
ミシェルはしょんぼりと肩を落とす。
季節は待降節を迎えようとしている。
クリスマスが訪れると、ミシェルは13歳になる。
子供と大人を行き来するジェットコースターのような
感情のうねりを、正直ミシェルは持て余している。
エントランスのホールに樅木が運び入れられ、
使用人たちがその飾りつけに追われている。
ミシェルの視線が知らず、ゼノアを追う。
ゼノアは使用人たちに紛れて、張り切って飾りつけを手伝っている。
今はどうやら樅木のてっぺんに星をつけようと奮闘しているようだ。
屈託なく笑い、誰に対しても親切に接する。
それは皆が良く知っているゼノアだ。
しかし本当のゼノアはよく笑い、そしてよく泣く。
(だが皆はゼノアの泣き顔を知るまい。
それを知っているのは、私だけだ)
そこにミシェルの密やかな悦がある。
(だから私はゼノアを泣かせたのか?)
そんな疑問が胸を過り、驚きを覚える。
愛おしくゼノアを守りたいという思いと、
傷つけてでも、その心に自身を刻みつけたいという
激しい思いが交差する。
独占欲とは、愛情の枯渇だとミシェルは思う。
しかしこれは父母に対して抱いたものとは、
まったく異なる感情であることを自覚する。
父母からの愛情は、与えられれば満足を
得られるものであるのに対して、
自身がゼノアに抱く感情は、
与えられるのを待てるほどの余裕はない。
そして与えられれば更に渇き、奪いたくなる。
ミシェルは先程ゼノアの指が触れた唇に、指を這わせた。
その感覚はあまりにも艶めかしくて、甘やかに全身を粟立たせる。
その後で決まって訪れる罪悪感。
背徳の暗い闇がミシェルの心を満たす。
(ゼノアよ、お前は決して知るまい。この私の気持ちなど)
そして決して知られてはならない感情なのだと、
ミシェルは自戒した。
友情などという綺麗な仮面の下にある、
自身のひどく醜い感情。
そして男が男に抱く劣情を。
見込みのない恋に、この身を焼く自身の悲しみを。
◇◇◇
「って……思っていたのに……ぐすっ……」
ミシェルは自室で正座し、涙ぐみながら、
一心不乱に手芸に勤しむ。
作っているのは、端切れを縫い合わせて作る
クマのぬいぐるみだ。
何気に可愛いもの好きのゼノアを喜ばせようと、
図案から自ら起こした力作だ。
女王であり一流デザイナーでもあるロザリアを
母に持つミシェルは、手先が器用だ。
その作品は、もはや素人の域ではない。
「ゼノア愛が強すぎてうっかり……
こんなものを作ってしまった。うっ……うっ……うっ」
涙ぐみながらも、ミシェルの手芸の手は止まらない。
ぬいぐるみは恐ろしい勢いで増えていく。
ファミリーから、ママ友まで個性豊かなキャラクターが揃っている。
主人公と決めたクマの母親がママ友とお茶をするための
カフェを造ったところで、ミシェルは我に返った。
「駄目だ。闇が深すぎる」
そして今度は場所を厨房に映した。
ロバート馬場並の料理の腕を持つアレックを父に持つミシェルは、
やっぱり料理や菓子作りが生まれつき得意だ。
気が付けば、ゴディバの限定プレミア商品か
という作品を無意識に作り上げていた。
精巧に作られたチョコの暖炉をスノーマンの親子が囲んでいる。
「一見楽し気な構図だがな、見ていろ。
これを食うやつはな、まずはじめに子供のスノーマンの頭を……」
そこまで考えて、ミシェルは我に返った。
「駄目だ。闇が深すぎる」
そしてミシェルは東宮殿を出て、禁裏の庭園へと歩いて行った。
庭園には白薔薇が咲き乱れている。
品種は白薔薇の代表格『アイスバーグだ』
「見事だな」
そう独り言ちる。
聖母マリアに捧げられたという白薔薇は、純潔を象徴する花だ。
ゼノアに白薔薇を贈る自信が、今の自分にはないとミシェルは思う。
(だって私は穢れまくってるじゃん? 脳の病だよ、変態じゃん)
ミシェルは頭を抱えた。
そしてググる。
「白薔薇の花ことばは純潔、尊敬、『わたしはあなたにふさわしい』……か」
そう胸を張って、ゼノアに言える日が、果たしてくるのだろうか。
「いかん、いかん。甦れ! わたしのポジティブシンキング」
ミシェルは元気になる呪文を唱えた。
向かう先はエリオットが管轄する、草花の研究施設だ。
エルダートンの孫娘、エリオットはバイオ科学の研究者である。
「ゼノアに贈るクリスマスの花の育て方を教えてくれと言ったら、
またエリオットにからかわれるかな」
葛藤と気恥ずかしさにの入り混じるシェルの頬に、初雪が散った。
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