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第三十七話影武者の言い分⑰『ファーストキス』
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そういう感じでなんとか私の首は皮一枚でつながり、余興は大いに盛り上がりました。
ミシェル様はドレスに着替える為に、控室へとさがっていかれます。
それを見届けてから、私はメルお姉さんのもとにいきました。
「あの……大丈夫ですか? 足挫いたでしょう?」
そう声をかけるとお姉さんの頬がぽっと赤く染まりました。
「ぜ……ゼノア君が助けてくれたんだよね……」
うん? どうした? なんだかメルお姉さんの様子が変です。
「そんな……助けただなんて。おこがましいです」
未知な反応で、ちょっと不気味ですが、
とりあえず無難な外交スマイルを取り繕っておきます。
「ううん、ゼノア君がミシェル様の剣から私を背中にかばってくれたんだよね」
熱に浮かされたような、夢見る乙女の眼差しです。
おーい、帰ってこ~い!
現実は単なる成り行きだからっ!
そこに深い意味はないからっ!
私の魂の絶叫は不思議な霧に包まれて
どうやらメルお姉さんには届かなかったようです。
「すごくカッコよかった」
いや、あの……えっと……。
反応に困ります。
本当にその行動に深い意味があったわけではなく、
ただの成り行きですから。
私、今、背中に嫌な汗をかいています。
「ゼノア君って、クリスマスって何か予定ある?」
クリスマス? 予定?
今のところ何もない、ただの通りすがりのボッチですが?
とか言っている場合じゃないです。
優柔不断でチキンな私ですから、メルお姉さんのようにぐいぐい来る
押しの強いタイプには、激弱なんです。
何だか色々押し切られてしまう事必然な予感がビンビンします。
駄目だ、予定作らなきゃ。
今すぐにでも作らなきゃ。
私は頭をフル回転させ、予定を検索しています。
駄目だ、思い浮かばない……。
きぃぃぃっ! ボッチのこの身が恨めしいっ!
「もしよかったら……あたしと……」
駄目だぁぁぁ、このままでは押し切られるぅぅぅ。
この後の面倒くさい展開に、今まで何度泣いてきたことでしょう。
女の子というのは難しい生き物で、決して振ってはならないのです。
そのときは納得したように見せかけて、後で女友達に何を言われるかわかりません。
そのとき、ひな壇にドレスを着たミシェル様が現れました。
天の助けか! なんだかその背後に後光が射してみえます。
「残念っ! クリスマスには、私の相棒を待たせてますから」
そう言って私は悪戯っぽく、メルお姉さんにウインクしました。
そして花瓶に挿してあった深紅の薔薇を一輪とって、ひな壇のミシェル様のもとに
歩いて行きました。
「おお、これは、何と美しい方。月の精かと見紛うほどに」
私は芝居がかった声色でミシェル様の足元に片膝をつきました。
いきなりの私の寸劇に、ミシェル様が固まっておられます。
「私は美しき月の女神に心を奪われた、哀れな巡礼者でございます。
慈悲深い女神よ、どうかこの私に哀れみをしめし給え、
あなたに餓えた、この心に愛の雫を」
そう言って私が薔薇を差し出しますと、ミシェル様がそれを受け取られました。
「よかろう。お前の願いは何か、ひとつだけ叶えてやろう」
おりょ? ノッてきましたね、ミシェル様。
ちゃんと女神口調です。
「クリスマスに私とデートしてくださいっ!!!」
そう大声で言うと、会場が笑いに包まれました。
あれ? なんでミシェル様固まっているんですか?
そこ、笑うところですよ?
おーい!
ミシェル様は無表情で手に持った薔薇の花びらを、凄い勢いで引き千切っていきます。
どうした?
嫌だったのか?
別に後でこっそり断ってもいいんだお?
ただの余興だから、今だけ辻褄を合わせて……?
ミシェル様?
ちょっと、おーい!
いけませんね、薔薇の棘で指先を指したようです。
ミシェル様の指先から鮮血が滴ってます。
私はその手を取って、口に含みました。
するとミシェル様がぎこちなく動きを止めました。
「これは巡礼です。
美しい月の女神に対する巡礼を、どうか咎めないでほしい」
再びお芝居続行です。
「あなたに心を奪われた、この哀れな巡礼者に、
どうかあなたの聖夜を与えたまえ」
ようし、もう一押し!
ちらりとミシェル様を見ますと、魔王モードで
意地悪そうな笑みを浮かべておられます。
「巡礼者とやら、そなたの気持ちはわかった。
では巡礼の誓いは、手ではなくこの唇に誓いなさい」
ミシェル様ってば、何考えてやがる?
唇はさすがにハードル高いだろ。
公衆の面前だぞ?
って思ったのですが、ふっと閃きました。
あっ、そっか。
だからいいのか。
逆にお互い男同士の恰好してるから、深い意味に取られることはなくて、
単なる宴会のお遊びで済まされる。
よし。
私は覚悟を決めました。
舌で唇を濡らして、ミシェル様の肩に手をかけました。
「月の女神よ、これはあなたへの巡礼です。
どうかこの唇をとがめないでほしい」
私の唇が、ミシェル様の唇を掠めました。
場内は大盛り上がりですが、ミシェル様は白目を剥いて倒れております。
白目剥いて倒れるくらいなら、最初から煽らなければいいのに……。
私は小さくため息を吐きました。
これが私のファーストキスです。
そう思うとなんだか切なくなりました。
今は男の恰好をしているから、わざわざカウントしなくてもいい気もしますが、
なんだか心は割り切れません。
男の恰好をして、道化を演じて、だけど相手は好きな人で、
だけどその人は私のことを男だと思っていて、
友人以上には決してなれない人……かあ。
色々報われませんね。
私はミシェル様を回収して、控室にさがりました。
ミシェル様はドレスに着替える為に、控室へとさがっていかれます。
それを見届けてから、私はメルお姉さんのもとにいきました。
「あの……大丈夫ですか? 足挫いたでしょう?」
そう声をかけるとお姉さんの頬がぽっと赤く染まりました。
「ぜ……ゼノア君が助けてくれたんだよね……」
うん? どうした? なんだかメルお姉さんの様子が変です。
「そんな……助けただなんて。おこがましいです」
未知な反応で、ちょっと不気味ですが、
とりあえず無難な外交スマイルを取り繕っておきます。
「ううん、ゼノア君がミシェル様の剣から私を背中にかばってくれたんだよね」
熱に浮かされたような、夢見る乙女の眼差しです。
おーい、帰ってこ~い!
現実は単なる成り行きだからっ!
そこに深い意味はないからっ!
私の魂の絶叫は不思議な霧に包まれて
どうやらメルお姉さんには届かなかったようです。
「すごくカッコよかった」
いや、あの……えっと……。
反応に困ります。
本当にその行動に深い意味があったわけではなく、
ただの成り行きですから。
私、今、背中に嫌な汗をかいています。
「ゼノア君って、クリスマスって何か予定ある?」
クリスマス? 予定?
今のところ何もない、ただの通りすがりのボッチですが?
とか言っている場合じゃないです。
優柔不断でチキンな私ですから、メルお姉さんのようにぐいぐい来る
押しの強いタイプには、激弱なんです。
何だか色々押し切られてしまう事必然な予感がビンビンします。
駄目だ、予定作らなきゃ。
今すぐにでも作らなきゃ。
私は頭をフル回転させ、予定を検索しています。
駄目だ、思い浮かばない……。
きぃぃぃっ! ボッチのこの身が恨めしいっ!
「もしよかったら……あたしと……」
駄目だぁぁぁ、このままでは押し切られるぅぅぅ。
この後の面倒くさい展開に、今まで何度泣いてきたことでしょう。
女の子というのは難しい生き物で、決して振ってはならないのです。
そのときは納得したように見せかけて、後で女友達に何を言われるかわかりません。
そのとき、ひな壇にドレスを着たミシェル様が現れました。
天の助けか! なんだかその背後に後光が射してみえます。
「残念っ! クリスマスには、私の相棒を待たせてますから」
そう言って私は悪戯っぽく、メルお姉さんにウインクしました。
そして花瓶に挿してあった深紅の薔薇を一輪とって、ひな壇のミシェル様のもとに
歩いて行きました。
「おお、これは、何と美しい方。月の精かと見紛うほどに」
私は芝居がかった声色でミシェル様の足元に片膝をつきました。
いきなりの私の寸劇に、ミシェル様が固まっておられます。
「私は美しき月の女神に心を奪われた、哀れな巡礼者でございます。
慈悲深い女神よ、どうかこの私に哀れみをしめし給え、
あなたに餓えた、この心に愛の雫を」
そう言って私が薔薇を差し出しますと、ミシェル様がそれを受け取られました。
「よかろう。お前の願いは何か、ひとつだけ叶えてやろう」
おりょ? ノッてきましたね、ミシェル様。
ちゃんと女神口調です。
「クリスマスに私とデートしてくださいっ!!!」
そう大声で言うと、会場が笑いに包まれました。
あれ? なんでミシェル様固まっているんですか?
そこ、笑うところですよ?
おーい!
ミシェル様は無表情で手に持った薔薇の花びらを、凄い勢いで引き千切っていきます。
どうした?
嫌だったのか?
別に後でこっそり断ってもいいんだお?
ただの余興だから、今だけ辻褄を合わせて……?
ミシェル様?
ちょっと、おーい!
いけませんね、薔薇の棘で指先を指したようです。
ミシェル様の指先から鮮血が滴ってます。
私はその手を取って、口に含みました。
するとミシェル様がぎこちなく動きを止めました。
「これは巡礼です。
美しい月の女神に対する巡礼を、どうか咎めないでほしい」
再びお芝居続行です。
「あなたに心を奪われた、この哀れな巡礼者に、
どうかあなたの聖夜を与えたまえ」
ようし、もう一押し!
ちらりとミシェル様を見ますと、魔王モードで
意地悪そうな笑みを浮かべておられます。
「巡礼者とやら、そなたの気持ちはわかった。
では巡礼の誓いは、手ではなくこの唇に誓いなさい」
ミシェル様ってば、何考えてやがる?
唇はさすがにハードル高いだろ。
公衆の面前だぞ?
って思ったのですが、ふっと閃きました。
あっ、そっか。
だからいいのか。
逆にお互い男同士の恰好してるから、深い意味に取られることはなくて、
単なる宴会のお遊びで済まされる。
よし。
私は覚悟を決めました。
舌で唇を濡らして、ミシェル様の肩に手をかけました。
「月の女神よ、これはあなたへの巡礼です。
どうかこの唇をとがめないでほしい」
私の唇が、ミシェル様の唇を掠めました。
場内は大盛り上がりですが、ミシェル様は白目を剥いて倒れております。
白目剥いて倒れるくらいなら、最初から煽らなければいいのに……。
私は小さくため息を吐きました。
これが私のファーストキスです。
そう思うとなんだか切なくなりました。
今は男の恰好をしているから、わざわざカウントしなくてもいい気もしますが、
なんだか心は割り切れません。
男の恰好をして、道化を演じて、だけど相手は好きな人で、
だけどその人は私のことを男だと思っていて、
友人以上には決してなれない人……かあ。
色々報われませんね。
私はミシェル様を回収して、控室にさがりました。
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